【読切短編】「私を守れ」と言った王女を即座に敵へ売った。嘘とハッタリで国を欺く、情報屋の十年越しの復讐劇
Lihito
第1話 取引
雨が降っている。
王都の裏路地に構えた俺の店——看板も出していない、知る人ぞ知る情報屋——に、今夜も客は来ない。
いつものことだ。表向きは古物商。裏の顔を知る者だけが、裏口から入ってくる。
そんな夜に、表の扉が乱暴に開いた。
「——っ」
息を切らせて転がり込んできたのは、少女だった。
泥だらけのドレス。乱れた金髪。だが、その碧眼には気品がある。
庶民ではない。一目でわかる。
「……いらっしゃいませ」
俺は帳簿から顔を上げ、営業用の笑みを浮かべた。
「申し訳ありませんが、当店は古物商でして。お嬢様がお探しの店は、おそらく——」
「黙れ」
少女は俺を睨みつけた。
「お前がレイドだな。ヴァルムス伯爵家の生き残り」
笑みが凍りついた。
その名を知る者は、この王都にはいないはずだ。
「……さて、何のことでしょう」
「とぼけるな。調べはついている」
少女は一歩踏み出した。
「私はアリア。現王の庶子だ」
王女。
正妃派閥に存在を疎まれ、宮廷の影で生きてきた——噂だけは聞いていた。
「正妃の手の者に追われている。お前なら私を匿える。そして——」
アリアは俺を真っ直ぐ見据えた。
「私を守れ。そうすれば、お前の家名を返してやる」
家名。
十年前に消えた、ヴァルムス伯爵家の復権。
「……なぜ、俺の正体を?」
「答える義理はない」
傲慢な物言い。だが、目は怯えている。
追い詰められた獣だ。
「……わかりました」
俺は帳簿を閉じ、立ち上がった。
「お嬢様をお守りいたしましょう」
深々と頭を下げる。
「ただし、お願いがございます」
「何だ」
「報酬は前払いで。家名の回復などという不確かなものではなく、今すぐお払いいただける対価を」
アリアの目が険しくなる。
「……金か。下賤な」
「恐れ入ります。情報屋という商売柄でして」
「……いいだろう」
アリアは懐から首飾りを外した。王家の紋章が刻まれた宝玉。
「これで足りるか」
「ええ、十分でございます」
受け取った瞬間——
表の扉が蹴破られた。
「——いたぞ!」
鎧の音。剣を抜く音。
五人、いや六人。店の入口を塞ぐように、兵士たちが雪崩れ込んでくる。
「王女アリアを確保しろ! 逃がすな!」
先頭に立つ男——四十がらみの、神経質そうな顔。
ガモ子爵。正妃派閥の末端だ。
「ガモ……!」
アリアの顔が青ざめる。
俺は両手を上げた。
「やあ、子爵様。夜分に何の御用でしょう」
「情報屋か。今、女を匿っただろう。王女アリアだ。渡せ」
「王女様、ですか」
俺は困ったように眉を下げた。
「それは大変ですね。しかし子爵様、少々お話がございまして」
「話だと?」
「子爵様のお命に関わる情報でございます」
ガモの目が細まる。
「……聞こう」
「では、こちらへ。込み入った話になりますので」
俺は店の奥——小部屋——へとガモを誘った。
兵士たちには、表で待つよう目配せする。
◇◇◇
小部屋の扉を閉める。
振り返ると、アリアが震えていた。
「——何をする気だ」
「お嬢様、申し訳ございません」
俺は素早くアリアの腕を掴み、後ろ手に縛り上げた。
「なっ——」
「静かに」
囁きながら、猿轡を噛ませる。
アリアの目が見開かれた。恐怖と、裏切りへの怒りが混じっている。
「子爵様」
俺はガモに向き直った。
「王女をお渡しするのは構いません。ですが——褒美のご相談をさせていただきたく」
「褒美だと?」
「ええ。情報屋というのは、金がすべてでございますので」
縛られたアリアを、ガモの前に突き出す。
「それと、子爵様のお命に関わる情報。こちらも併せてお買い上げいただければ」
ガモは俺とアリアを交互に見た。
疑り深い目だ。
「……聞こう。まず、その情報とやらを」
「では——」
俺は微笑んだ。
「なぜ正規軍ではなく、子爵様の私兵が派遣されたのか。疑問に思われませんでしたか?」
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