重信の線、令和の空 ―伊予・重信川を鎮めた足立重信と、少女の継承物語―

@DarthTail

第一話:その鏡は、暗がりを裂く

 その石積みに触れた瞬間、世界の解像度が決定的に狂った。


 指先に触れていたのは、冷たく乾いた令和のコンクリートではなく、粘りつくような、鉄の匂いのする泥だった。


 鼻腔を突くのは排気ガスの臭いではなく、むせ返るような草いきれと、松明たいまつの脂が焦げる獣のような匂い。


「なん、これ。意味わからん。スマホ、おかしなったん?」


 ポケットの中で、スマートフォンが異様な熱を持って震えている。


 私は、時空の摩擦が産んだ虹色のノイズの向こうに、見てはいけないものを見た。


 視界が二重に重なっている。


 透けて見えるのは、いつものマサキモールの巨大な影だ。


 映画やアイスを楽しむ華やかな複合施設。広大な駐車場――


 けれど、その「令和の景色」の下に、今、私が立っている「慶長けいちょうの現実」が、底なしの泥濘ぬかるみとして口を開けていた。


 モールの映画館がある場所は、荒れ狂う濁流の真ん中だった。


 フードコートのジュース屋がある辺りは、死体が流れ着く底なしの沼地。


 きらびやかな看板も、アスファルトも、何一つない。


 そこにあるのは、無慈悲な自然の暴力と、その泥の中に膝まで埋まりながら、必死にくいを打つ「泥まみれの男たち」。


(ここ、マサキモールなん? 嘘やろ。人、住める場所やないやん)


 アイスを食べていたあの場所は、四百年前、人が死ぬ場所だった。


 残酷な落差に眩暈めまいがした。


何奴なにやつだ。天女てんにょか、それとも川の化身けしんか」


 闇の中から現れたのは、泥そのものが服を着ているような男だった。


 足立あだち半助はんすけ重信しげのぶ


 後に伊予の治水の神と称えられる男は、未来から迷い込んだ「紺のブレザー姿の女子中学生」を前にしても、驚きよりも先に、みなとが掲げたスマホの「青い光」を凝視した。その瞳は、狂気に近い執念で濁流を射抜いている。


「その鏡、暗がりを裂く光。貴様、その鏡の中に『この先の川の姿』を隠し持っておるのではないか?」


 半助は私の腕を掴んだ。そのてのひらの熱さと、こびりついた泥のざらつきが、これが夢ではないことを突きつけてくる。


「待て。その格好、その持ち物。ただ者ではあるまい。殿――左馬助さまのすけ様に報告せねばならぬ。小娘、正木まさきへ参れ」


 私は、半助が引く馬の背に乗せられ、夜の闇を駆けた。


 振り返ると、闇の中に、一瞬だけマサキモールの電飾がまたたき――凄まじいノイズと共に、私の意識は暗転した。

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