相棒の利き手

依近

1.鏡



 うどんを啜る音が重なった。前傾姿勢からわずかに上げる目線。低い位置で、視線がかち合う。


 不思議な違和感が、呑み下せずに残る。

 目の前の相手は他人なのに――まるで、向かい合った自分を見ているような気持ちになる。

 昼時ピークの学生食堂。周囲のざわめきは止むことなく、勝手に流れていく。相手と自分だけが静止してしまったようだと、さわ悠斗ゆうとはそんな非現実を思った。


「なんやねん」


 相手の口から束になったうどんが千切れて落ちて、汁に沈む。


「いや、あー」


 つられて声を出すと、悠斗の口からも千切れたうどんが落ちた。


 同時に身体を起こす。瀬島せじま陽太ようたと正面で視線を交わした悠斗は、シンクロを続ける軌道からズレるように首を傾げた。


「お前、左利きやったっけ?」


 対面に座る自分の正面にある手。つまりは、陽太は悠斗の利き手とは反対の――左手で食事をしている。


 鏡を見ているような違和感の理由が、ようやく腑に落ちた。


 陽太は箸を持つ手を軽く持ち上げて、ニィと笑う。特徴的な八重歯が、照明を反射して微かに光る。


「俺は両刀遣いや。知らんかったんか?」


「……ヤラしい言い方すなや」


「座学の時も左手使つこうたろか? どさくさで肘どついたるわ」


「嫌がらせか」


「嫌がらせに決まっとるやん」


「アホか。真面目にやれや」


 不機嫌そうにうどんにがっつく悠斗を見て、陽太は調子合せてうどんを啜った。


「……んで、何で真似すんねや」


「お互い食べるタイミング合わせたらしゃべらんで済むやろ」


「なんでやねん。お前しゃべっとけや。2人で向かい合うとんのに無言やったら気まずいやろ」


「デート中のカップルかいな。キモイわー」


「ああん? なんやと?」


「むしろ無言の方が初々しくてリアルでええと思わん?」


「もうええわ」


 悠斗は箸を止めなかった。陽太は一拍分笑った後で、また悠斗に調子を合わせる。


 ズズズと重なるうどんの音。

 妙な調和は耳底に貼り付いたように、ずっと残ったままだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る