鬼嫁(オーガ)は鬼かわいい。~婚活してたら異世界転移して不遇のオーガ娘を押し付けられたので、知識チートで幸せな家庭を築きます~
他力本願寺
第1話「婚活してたら召喚された」
「あ、あの……透真さん。妻の務め、果たします……」
震える指で、彼女はボロボロの服の紐を解こうとした。
その白い肌は寒さで青ざめ、赤い瞳は怯えに揺れている。
「……非効率だ」
俺はため息をつき、その冷え切った小さな手を両手で包み込んだ。
「え?」
「そんなに震えていたら、風邪を引く。俺たちが優先すべきは生殖行為ではなく、体温の確保による生存率の向上だ」
「は、はい……?」
「だから、今日は寝るだけだ。……ほら、こっちへ来い」
俺が布団の中に引き入れると、彼女はカチコチに固まったまま、俺の胸に顔を埋めた。
そして。
俺は見逃さなかった。
彼女の額にある、不吉と恐れられた『白い一本角』が——ポッと、愛らしい桜色に染まっていくのを。
(……かわいいな)
これは、婚活面談中に異世界へ召喚された俺が、不遇なオーガの少女を知識と理屈で全力で甘やかす、ささやかな抵抗の物語だ。
——————————————
とある新婚夫婦が新婚を迎える数日前。
王城の会議室には、重苦しい沈黙と、胃薬の空き袋が散乱していた。
人間とオーガ族との長きにわたる冷戦状態。国境付近での小競り合いは絶えず、かといって全面戦争に踏み切る体力も双方にはない。
終わりの見えない和平会議は、今日もまた空転していた。
「……ですから、陛下。オーガ側への譲歩案ですが、彼らが要求しているのは北の森林地帯の——」
「あー、もう。長い」
宰相ヴァルツの生真面目な報告を遮ったのは、玉座で頬杖をついている男——ローデリク四世だった。
通称、ロディ王。
この国の頂点にして、国民が愛すべき「名物めんどくさ王」である。
「ヴァルツ、お前の話は長い。要点が死んでる」
「死なせているのは陛下の集中力です! これは国家の存亡に関わる——」
「だーかーらー。仲直りしたいんだろ? だったら手っ取り早い方法があるじゃないか」
ロディ王はあくびを噛み殺しながら、ひらひらと手を振った。
「結婚だ」
「……は?」
「夫婦だよ、夫婦。昔から言うだろ。政略結婚は和平の近道って」
ヴァルツはこめかみを指で押さえた。胃の奥がキリキリと悲鳴を上げている。
隣に控える書記官のエッダは、無表情のままペンを走らせていた。
『陛下、和平手段として婚姻を提案』
議事録に残すな、とヴァルツは目で制したが、エッダは気づかないふりをした。
「陛下。オーガと人間ですよ? 文化も体格も違う。過去に何度か縁談の試みはありましたが、すべて破談になりました。誰もやりたがらないのです」
「そりゃそうだろ。偏見があるんだから」
「わかっているなら……!」
「だからさ、この世界の人間じゃなくていいじゃん」
王は事もなげに言った。
まるで「今日の昼食はパンじゃなくて麺でいいじゃん」くらいの軽さで。
「異世界から呼ぶんだよ。『結婚に前向きな独身男』を」
会議室の時が止まった。
ヴァルツの口が半開きになり、エッダのペンだけがカリカリと音を立てる。
「……陛下、正気ですか?」
「大マジだ。こちらの常識や偏見がない奴がいい。そして何より、結婚したがってる奴なら、多少の無理難題でも『結婚生活とはこういうものか』と納得して頑張るだろ?」
「そんな都合のいい人材が……」
「いるさ。召喚術式の設定をちょっといじればいい」
ロディ王は身を乗り出し、楽しげに指を立てた。
「条件は三つだ。エッダ、書き留めろ」
「はい」
エッダは眼鏡の位置を直し、新しいページを開いた。
王の口から、国の運命を左右する——あるいは一人の男の運命を狂わせる、極めて適当な条件が紡がれる。
「一つ、異世界の人間であること」
「一つ、結婚に対して並々ならぬ意欲を持っていること」
「一つ、現在進行形で『結婚について第三者と面談中』であること」
ヴァルツが叫んだ。
「最後の一つはなんです!?」
「面談中なら、契約の話とかスムーズだろ? こっちの都合も『そういうプランです』って言えば通る」
「詐欺の手口ですよそれ!」
だが、王は聞く耳を持たなかった。
王杖を掲げ、高らかに宣言する。
「決定だ! 儀式班に至急通達せよ。——我らが平和の礎となる、哀れで健気な『花婿』を召喚するのだ!」
ヴァルツは天を仰ぎ、新たな胃薬の封を切った。
エッダは淡々と、歴史に残る一文を議事録に記した。
『結論:異世界より、婚活中の男を抽出する』
◇
結婚相談所「マリッジサロン・ルーチェ」の面談ブースは、パステルカラーの壁紙で覆われた、やけに落ち着かない空間だった。
対面に座るのは、担当相談員の相原カナエさん。三十代半ばと思われる、笑顔のプロだ。
「ええと、では桐生透真(きりゅう・とうま)様。プロフィールシートの確認をさせていただきますね」
「はい。お願いします」
「ご職業はメーカーの物流管理。土日休み。年収は平均より少し上……素晴らしいですね。安定感があります」
「地味なだけです」
俺はホットコーヒーを一口飲んだ。
緊張していないと言えば嘘になるが、俺のメンタルは基本的に「凪」だ。インドアで陰キャ寄りだが、それを卑下もしていなければ、無理に変えようとも思っていない。
「で、ご趣味の方なんですが……『読書』と『暗記』?」
カナエさんの笑顔が、コンマ数秒だけ固まった。
「はい。乱読です。ジャンルは問いません。実用書、歴史、サイエンス、DIY、料理……読んだ端から内容を覚えるのが好きで」
「あー……博識でいらっしゃるんですね」
「いえ、ただのデータ集積です。休日は家で本を読んで、頭の中の棚卸しをしています」
「……なるほど。インドア派、ということですね」
オブラートに包まれたが、要するに「会話が弾まなそう」という評価だろう。自覚はある。
俺は社交が得意ではない。人の感情の機微を読むより、マニュアルの行間を読む方が性に合っている。
それでも、ここに来た理由は単純だ。
(家庭が、欲しいんだよな)
モテたいわけじゃない。ただ、誰かと「生活」がしたい。
家に帰って、「ただいま」と「おかえり」がある暮らし。一人で完結する趣味も楽しいが、それを誰かのために役立てる場所が欲しかった。
だから、結婚相談所というシステムは俺にとって合理的だ。条件を提示し、合致する相手を探す。感情の探り合いをショートカットできる。
「桐生様のお考えはわかりました。地に足のついた生活をご希望、と」
「はい。家事分担も苦になりません。効率的な手順を組むのは得意なので」
「頼もしいです! では、具体的な希望条件のすり合わせに入りますが……」
カナエさんが手元のタブレット端末をタップしようとした、その時だ。
ブース内の空気が、急に重くなった。
気圧が変わったような、耳鳴りがするような感覚。
「相原さん?」
「——条件、照合」
カナエさんの声が変わった。
営業用の高めのトーンから、抑揚のない、まるで自動音声のような低い声へ。
視線も俺の顔ではなく、虚空を見つめている。
「対象:桐生透真。ステータス:独身。現在、第三者と結婚について面談中」
「は? え、何ですか?」
「第1回和平実験、被験者として適格と認定。これより転送プロセスへ移行します」
カナエさんの口が勝手に動いている。まるで何かに乗っ取られたみたいに。
俺は冷静に「新手のドッキリか?」と考えたが、テーブルの上の書類が物理的に発光し始めたのを見て、思考を修正した。ドッキリにしては予算がかかりすぎている。
「なお、現地での生活においては『同衾』は任意ですが、信頼関係の評価指標として推奨されます」
「どうきん? 一緒に寝るあれか? いや、何の話をして——」
「では、良いご縁を」
カナエさんが、ニッコリと営業スマイルに戻った瞬間。
俺の足元の床が、光となって消滅した。
「は————?」
重力が仕事を放棄する。
俺の体は椅子ごと真下へ落下した。
パステルカラーの天井が遠ざかり、代わりに視界を埋め尽くしたのは、極彩色の光の渦。
俺はパニックになりかけつつも、脳の片隅で冷静にツッコミを入れていた。
——クーリングオフ、これ間に合うのか?
ドスン!!
強烈な衝撃が尻に走る。
椅子は見事に粉砕されたが、奇跡的に骨は折れていないようだ。
土埃が舞う中、俺は咳き込みながら顔を上げた。
そこは、石造りの広い部屋だった。
床には幾何学模様の陣が描かれ、周囲を囲むのは、槍や剣を持った鎧姿の男たち。
どう見ても、日本の結婚相談所ではない。
「召喚成功!」
「おい、五体満足か確認しろ!」
「男だ! 独身の男が来たぞ!」
兵士たちがわらわらと俺を取り囲む。
俺は割れた椅子の破片を手放し、ゆっくりと立ち上がった。
状況は不明。情報は過多。だが、一つだけ確かなことがある。
俺の婚活は、とんでもない方向へハネたらしい。
兵士の列が割れ、豪奢な服を着た役人らしき男が歩み出てきた。
彼は俺を値踏みするように見下ろし、高らかに告げた。
「ようこそ、異世界へ。——貴様はこれより、人間とオーガ族の和平のための『実験体』となる」
―――
次回予告
次回、第2話「捨て駒の説明会」
「成功すれば王の功績、失敗すればお前の責任だ」
理不尽な説明会で、透真は自分が単なる「捨て駒」だと知らされる。
唯一まともな宰相ヴァルツですら止められない暴走。
絶望的な状況下、透真の武器である「読書と暗記」が静かに起動する——。
あとがき
お読みいただきありがとうございます!
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カクヨムコンに間に合わせるため、毎日2話更新予定です。
何卒よろしくお願いいたします!
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