『星将』を女の子にしたのは誰ですか。あの人、女の子になってからの方が強くなってるんですけど、どうしてくれるんですか。

皐月燎葉

第1話 これ僕が悪いのかな

 心地よい微睡みの中、聞き馴染みのある声の主が肩を揺すってくる。


「ようやっと起きたみたいだね」


 腕を枕にして机に突っ伏すように眠っていた僕が顔を上げると、そこには隣のクラスの学級委員長であり、僕のペアでもある小野おの 蕉雪しょうせつが立っていた。


 机の上には報告書の山が二つ。そうだ、学年主任の長谷倉はせくら先生から頼まれてた仕事を進めてたんだった。


 今日は珍しく任務が入らなかったから、今日のうちに極力進めてしまおうと思ってたんだけど。連日任務に出てたから疲れが溜まってたのかな。いつ眠ってしまったのかも覚えてないや。


 呆れたような笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。これはまた、「無理せず帰って身体を休めろといつも言っているだろう」とお説教を食らうパターンかな。


 そう身構えていたのに、彼の口から出てきたのは予想外のものだった。


「君、見覚えがないから。担任の先生から説明されなかったかい?『星庭せいてい』に入ってはいけないと。ここは中でも二番目に位の高い『星将』の執務室だ」


 口調は優しいものの視線は鋭く、警戒心が剥き出しになっている。一体どうしたというのだろうか。僕のことが分からないのか?認識阻害系統の術でも食らったんだろうか。いや、蕉雪ならばすぐに打ち破ることができるはずだ。


「それに、君が今羽織っている学ランに付いている肩掛けマント。その二つ星の意匠が施された星将衣は、一般の生徒が簡単に身につけられるものではない。この学校において『星庭』を侮辱するような行為は重罪だ。けれど、知らなかったのだろう?今回ばかりは見逃してやる。きっと、彼ならば笑って許してやるだろうからな」


 あら、ちゃんと僕のこと理解してくれてるみたいで嬉しいなぁ。でもね、目の前にいるのがその僕なんだよね。


 うーん、やっぱりおかしいな。


 蕉雪の対応が、僕に会いたくてよく執務室に侵入しようとしてくる生徒たちにするそれと同じだ。


 この星宮ほしみや学院の生徒が目指す三つの称号。


 生徒会長に与えられる『星冠せいかん


 三学年委員長に与えられる『星将せいしょう


 そして各派閥のトップに与えられる『星兵せいへい


 今年度は例外で、春に卒業していった先代星将の赤城あかぎ先輩が後継に当時一年生だった僕を指名したもので、僕はこの学年始まって以来初の二学年委員長にして『星将』の座についた生徒となってしまった。


 お陰で三学年委員長本人や、彼を慕う先輩たちからは目の敵にされるわ、僕と親交を深めることで泊をつけようと考える生徒たちが隙を見つけては奇襲を仕掛けてくるようになった。


 まぁそれほど苦労しないから別にいいんだけど、こう何度も来られるとのんびり出来ないことには困っていた。


 その時に一緒になって対応に当たってくれたのが、今目の前にいる蕉雪だった。



「いや、僕……」



 口を開きかけて、僕はすぐに言葉を止めた。


 今聞こえた、透き通った鈴の音のような声は、僕が出したものか?


 慌てて喉元へ手をやってみたものの、何度も探っても喉仏の出っ張りが感じられない。


 それに、手を動かしたことで気がついた。腕を上げても袖から手が出ていない。袖が長くなっているのはどういうことなのだろうか。


 普段は肩の位置に止められてある星将の肩掛けマントも、今や上腕の辺りにもたれるようにずり落ちてしまっている。


「…………?なんだこれ?」


 この制服、ほんとに僕のだよね。いや、着替えをした覚えもないし、そもそも星将衣はこれ一つしかないんだから、僕のじゃない訳がない。


 ちょっと一旦脱いでみるか。


「んなっ!?!?」


 机の上にバサリと広げてみると、なんだかいつも見ているよりも、一回りくらい大きくなっているように見える。


 あれ、制服だけじゃなくて机も大きくなってないか。気のせいかな。


 そして、さっき蕉雪が聞いたことないような声をあげていたけれど、何かあったのだろうか。


 机の上の制服から目の前の蕉雪へと顔を戻すと、蕉雪は頬から耳まで顔を真っ赤に染めて、こちらから目を逸らしていた。


 ただ、ずっと視線を外しているという訳でもないらしく、時折こちらに目を戻しては、また慌てて視線を外しを繰り返している。


 なにやってんだろう。


 そう思いつつ、彼の視線が僕の顔よりも少し下の方に向けられていることに気がついて、僕もその視線を追って下を向いてみた。


「ん……?なにこれ、どうなって……」


 しっかりとブラウスを持ち上げているふっくらとしたその膨らみに、第二、第三ボタン辺りが今にも弾け飛びそうだと悲鳴を上げている。


「ねぇ蕉雪。なんで僕におっぱいがあるんだろ」


「なっ!?よ、寄せ上げるな!!そんなもの知るか!てか呼び捨て……いや、今はそんなことは良い!星将付きとして特別に今回ばかりは私が許可するから、さっさとその上着を羽織りなさい!!」


「えぇ……急にどうしたの」


「いいから!!」


「はーい」


 なんか、こんなにも慌てふためく蕉雪の姿もなかなか見られるもんじゃないから、ちょっと楽しいな。


「まったく、波音なみねのやつはどこをほっつき歩いているんだか……星庭への侵入をそう何度も許すなとあれほど……今回ばかりはもう許さん。戻ってきたらこってりと絞ってやる……」


 なんかブツブツと怖いこと呟いてるんだけど。でもその本人はどこにも行ってないんだよ。なんなら目の前に居ます。いぇーい。気づいて。


「…………なにピースしてるんだ」


 あ、まずい。これ以上やると本気で怒られそうだからそろそろ巫山戯るのもやめておこう。


 でもなぁ、起きたら女の子になってたんだ。僕が波音本人だよ。なんて言ったところで信じて貰えそうにないし。


 実力行使……蕉雪相手に力技でこの部屋から脱出しようとするのは流石に骨が折れるよね。互いに力を使えば、それこそこの部屋が吹っ飛びかねない。


 ……もう仕方がないか。


 ここは蕉雪の誤解に乗っかって、星将に近づきたくて勝手に部屋に侵入してその制服を勝手に着ちゃってるやばい子を演じるのが最善か。


「待て、君。その左手を唇に当てて考え込む癖……まさか本当に?いや、しかし……」


「ん〜?」


 顔を上げると、戸惑ったような表情を浮かべている蕉雪と、パチリと目が合った。


「君、単刀直入に聞くが、君は宮海みやうみ 波音なみねかい?」


「うん。そうだよ」


 ぐっ……と唇を一文字にキュッと結んだかと思えば、「即答しやがった……」と不快そうに眉を顰めた。


 なんだよ、本人なんだから即答するだろ。そっちが聞いてきたんだぞ。


「……ふぅ、君が本当に波音なのか、いくつか質問させてくれ」


「いいよ〜」


「この間の抜けたような返事、本当にあいつのような気がしてきて調子が狂うな。まぁいい、では質問だ。君は……」


 蕉雪は何か考え込むように、少し間を開けてから口を開いた。


「君は、自身が『星将』の地位に相応しい人間だと思うかい」


 良い質問だね。


 僕が本物なのか、憧れや好意が変な方向に向かいすぎて僕になりきろうとしている子なのかを判別するには最適だよ。


「思わないよ。でも、なったからにはその格を下げないようには心がけてるつもり。僕がみんなの前に立って引っ張っていくタイプじゃないってことは、蕉雪が一番理解してるんじゃない?」


 どういう訳か、学園のみんなは僕に夢を見すぎてる。『星冠』と唯一肩を並べることが出来る『星将』であるというフィルター越しに見ているからだとは思うんだけど、僕はみんなが思っているほど完璧じゃないし、人望がある訳でもないと思う。


 むしろ、威厳があって仕事もテキパキとこなしている蕉雪こそ、この『星将』の地位に相応しいと思ってるんだけど、君はどうしてかそれを頑なに拒むよね。


「…………!では、次の質問だ。私たちは二人まとめて『双星』と呼ばれることがあるが、最初から最高のタッグだったと言えるかい?」


 これも同じ。


 僕と蕉雪はだいたいペアで語られることが多い。任務関連であったり、戦闘面に関しては殊更だ。


 僕以上に実力のある人物であるのに、蕉雪に対しての称号が無かったことに不満を抱いていた僕としては、『双星』って呼称はかなり気に入っていた。


 けど――――


「ふふっ、最初からは良くなかったんじゃない?最初の頃なんて、僕が迷惑かけっぱなしで、蕉雪はいつも足を引っ張るなって怒っていたもんね〜」


 小学生の頃からこの世界に身を置いてきた、いわばエリートである蕉雪と、この学院の中等部に入ってきてからこの世界の事を知った僕とでは大きな差があることは歴然だった。


 けれど、僕に力の制御の仕方を教えるために必要なことだと言って、担当教員が僕と蕉雪をペアにした。


 どうしてこんな素人と自分が組まなければいけないんだって、当時は相当キレてたからなぁ。


「でも、去年の長期合宿の辺りから蕉雪の当たりが優しめになってきて……そういえばなんで?僕としてはなんか優しく接してくれるようになって嬉しいなぁ〜って思ってはいたけど」


「そ、それは……!い、今はいいだろ!今は君が本当に波音なのかを判別するのが優先だ。だが、まぁ今のやり取りでだいたいは分かった。信じ難いが、君は本当に波音なんだな?」


「そうだよ。僕だってこれでも驚いてるんだから。いつの間にか寝落ちしちゃって、気がつけば身体が女の子になってたんだよ?」


「寝落ちする前に誰か来たりとか、何かこの部屋に異変があったりは……いや、愚問だったな。あればお前はすぐに対応してしまっていただろうし」


「うん。寝落ちする前は特段変わったことはなかったと思うんだけどね〜」


「ひとまず、長谷倉先生へ報告しに行こう。こうして二人であれこれ考えていたところで仕方がない。先生たちであれば、何か微かな痕跡が無いか確かめられるだろうし。そして長谷倉先生への報告を終えたら、そのまま保健室へ向かい、福本先生に診てもらおう。あの人、確か医師免許も持ってたはずだ。どうせお前、この後そのまま帰ろうとしてただろ」


「ありゃ、バレてるや。ほんと、蕉雪は頼りになるね〜」


「君がのほほんとしすぎているだけだよ」


 多少毒を吐きつつも、傍らまで来てそっと手を差し伸べてくれる。


 いつもはここまで過保護ではないんだけど、きっと身体が変化してしまった僕のことを気遣ってくれているのだろう。


「ありがと。なんだかんだ優しいよね、蕉雪は」


 袖に隠れたままの手を蕉雪の大きな手の上に乗せると、彼はグッと自分の方へ引き寄せるようにして僕の手を引いた。


「あ」


 そうして立ち上がり、一歩踏み出そうとしたその瞬間。足元に何かが巻きついたかと思えば、その直後、僕は顔面から床にダイブした。


「だ、だいじょ……ぶっ!?!?」


「いたたた……もうなに……」


 足首の辺りを見やれば、そこにはずり落ちてしまったのであろう制服のズボンとトランクスが……トランクスが……?


「こ、これはお見苦しいものを……」


 待って。流石の僕もこの歳になって友人の前でお尻丸出しになるのは恥ずかしい。


 すぐさま体勢を立て直す。


 女の子座りをして、ブカブカの上着ですっぽりと隠した。


 身体全体が脈打ってるみたいに心臓の音がうるさいし、顔にも一気に熱が集まってくる。どうしよう。たぶん今顔真っ赤になってるよ、それ見られるのも恥ずかしいな……。



「そ、その……見た……?」



 恐る恐る目の前で立ち尽くしている蕉雪の顔を見上げると、彼の顔は僕以上に赤くなっていて、今にも湯気が出てきそうだった。


 しばらく口をパクパクさせていたかと思えば、「み、見てない!私は何も見ていないぞ!!」と叫び、「ジャージを取ってくるからそこで大人しくしていろ!!いいか、それまで絶対に誰もこの部屋に入れてはダメだからな!!」と念押ししてから廊下へと飛び出して行った。

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『星将』を女の子にしたのは誰ですか。あの人、女の子になってからの方が強くなってるんですけど、どうしてくれるんですか。 皐月燎葉 @mozu67

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