手だけの女幽霊との恋

白鷺雨月

第1話 手だけの女幽霊

 午後八時に僕は自宅マンションに帰宅した。

 僕のマンションの部屋の間取りは1LDKで、典型的な独身者向けだ。

 仕事で疲れた体を引きずるようにして、部屋に入る。

 そして僕は部屋の中を見て、驚愕した。

 驚きすぎると悲鳴はでないのだと僕はこのとき、初めてしった。

 僕は喉から空気だけを吐き出す。

 リビングのちいさなテーブルに何か白いものが二つ置かれている。

 それは両の手だった。

 細くて、美しい女の手だった。

 手首から指先までの手であった。

 僕は何故かその手の指の数を数えた。

 当り前だけど、ちょうど十本ある。

 その女の手は指を広げた状態で、テーブルの上で置かれていた。


 どうしてこんなものが、僕の部屋にあるのだ。

 疑問が脳内を駆け巡るが、答えなどでるはずもない。

 僕が困惑しているとその手はゆっくりと動きだした。

 アダムス・ファミリーでこんなシーンを見たことがある。

 手は物理法則を無視し、空中に浮く。

 手は何かをつかむ形をとる。

 それは鉛筆を持つポーズだと思われる。

 僕は仕事用のカバンからメモ帳とボールペンを取りだし、恐る恐るテーブルにおく。

 その白く、美しい手はボールペンを握るとメモ帳になにやら書き出した。

 そこには「美優紀みゆき」と書かれていた。


「あなたは美優紀という名前なのですか?」

 僕はその女の手に訊いた。

 思ったよりも冷静な自分に驚く。

 そうです、とメモ帳に書かれる。

 手だけなのに、僕の声が聴き取れるのは不思議だ。

 それが怪異である証明なのかも知れない。

「僕は田中孝宏たなかたかひろといいます」

 僕は手に自己紹介した。

 このあまりにもふざけた状況に笑いがこみ上げてきた。

 今のところ、この女の手には敵意とか害意はないようだ。それはこの手が女のものだから、僕はそう思ったのかもしれない。

 この手が男のものだったら、僕は全力で排除したに違いない。

 この両の手は、僕の警戒心を解くぐらいには美しかった。


 田中さんにお願いがあります。

 美優紀を名乗る手はさらさらとメモ帳に文字を書く。書道の先生なみの達筆だ。


「な、なんでしょうか」

 僕は美優紀に訊く。

 この手に出会ったばかりなのに、普通に会話している。いや、この場合は筆談といった方がいいか。


 私はこの世に未練があり、こんな姿になりました。どうか、あなたの所に置いてくれませんか。

 さらさらとメモ帳に文字が刻まれていく。

 表彰状の文字ぐらいに綺麗な字だ。


 僕は美優紀の手をじっと見つめる。

 その手は、手だけのモデルとしても通用するぐらいには美しかった。

 手フェチというわかではなかったが、この手をみているうちに新しい性癖が目覚めるのを自覚した。

「わ、わかった……」

 僕と美優紀の同居生活がこうして始まった。

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