第二章 旗艦ビッグノーラ1

 時刻は標準時17時。いつもと変わらない錆びた橙の空。塵を含んだ重たい風が潮の香りを運んでくる。全長998メートル、横幅147メートル、高さ150メートル。その面積は旧時代のドーム球場三個に相当し、高さは高層ビル50階程度の高さになる。巨大移動拠点艦ビッグノーラ。N.O.R.A.の拠点にして象徴であるこの艦船の甲板後方、運動をするためのエリアで、今俺は100メートルのレーンを走っている。今はちょうど八往復目、あと四本。全力疾走する必要はないもののさすがにキツイ。

 業務完了報告をそれぞれ提出したドロシー班はその後、外勤局エージェントの局長であるオダカに呼び出されブリーフィングルームに集まった。


「ダハハハハ、そう畏まるな戦友よ」ブリーフィングルームで横並びのドロシーチームの内、オダカは俺とサンドラの頭を後ろから同時に抱えた。意外にも柔らかい太い腕と分厚い胸板に挟まれ俺たちは各々喉を鳴らす。そのままの姿勢でオダカは続けた「組合からオレ宛に手厚い礼状が届いたぞ。なんでも、お前たちの働きぶりをいたく気に入ったそうだ、常駐して欲しいとまで言っている。オレも鼻が高い……謝辞と謝礼も届いている、後で受け取っておけ。だがな違反は違反だ、お前らは処分として俺の考案したスペシャルなトレーニングメニューを受けてもらう、覚悟しろよ」

「応援しているわ、二人とも」

「ハハハ、部下思いなドロシーは、しばらく謹慎だ。許可のあるまでビッグノーラから一歩も出るなよ、以上だ」

「…………えッ!?」

 ニコニコしていた顔が一変、得も言われぬ表情に。まさしく絶句。オヨヨと俺にしなだれかかってきた。薄っすらと爽やかな甘い香りがした。シャンプーだろうか。

「お前にはこれが一番効く。、休暇だ休暇、たまには休め。というわけでご苦労だったなドロシー班。解散」

 ブリーフィングルームを出たサンドラはホッと胸をなでおろした。オダカの判断だけが気がかりだったが手を尽くした甲斐はあったようだ。トボトボと力なく自室に戻っていくドロシーと別れた俺達は運動エリアに上がる。

「普通、礼状なんてないよね、なにしたの?」

「アイツ、ドロシーに惚れたみたいで、色々と」

「あーね、そんな気はしてた。まぁトレーニングとっとと終わらせて、ゆっくりしよう」

「気楽なもんだな、あのオダカのメニューだぞ?」


 ということがあり現在に至る。十二種目からなるスペシャルなトレーニングメニューの十二番目の種目である、走り込み100メートル20本の最中なのである。しかし、昼からこなして今は夕方。これを一日おきに合計五回は骨が折れるな。早々にへばったサンドラは”アダプト”女子用のメニューを用意しろと直談判に向かったきり戻っていない。アダプトというのはメテオーラ能力者の一般的な呼称である。反対に非能力者のことは”ネイティブ”と呼称する。メテオーラ能力者の身体能力は非能力者と比較しておおよそ60~70パーセント程に低下してしまう。これにはもちろん個人差があって幸い俺の持久力と瞬発力は並みの非能力者くらいに落ち着いた。能力者で言えば上位層に位置する。その反面、筋力は例に漏れずで弱く、筋肉もつきづらい。普段からN.O.R.A.基礎体力向上要項のトレーニングをこなしてはいるが非能力者のそれよりも劣っている。もしも普段のトレーニングを怠っていたらと思うとゾっとしてしまう。スペシャルなトレーニングを終えて更衣も済ませた。もう日も沈んでいるしサンドラは戻ってこないだろう。俺の腹の虫が鳴いた。あれだけ動いたのだ腹も空く。この艦船での食事の仕方には二種類ある。完全栄養錠ナリシュキューブを飲むか料理を食べるかだ。とはいえ乗員の大半は料理派である。俺もそうだ。

「さすがにこの時間は混んでるな」

 列に並びトレーを取って、料理を皿に盛りつけていく。メニューは野菜が中心でタンパク源は魚だ。栽培プラントを管理するメテオーラ能力者により栽培された野菜。魚も取れたてで新鮮。肉類もあるにはあるのだが牛や豚は貴重だから食堂にはまず並ばない。では何肉があるのかと言えば鶏肉だ。しかしこの鶏肉というのがまぁ美味しくない。一度食べてみたことがあるが身は固くてゴムを嚙んでいるかのような食感で旨味もなく、昨日食べたフェイスン・ロットの物とは比べ物にならない代物だった。

「あ、ロイ……おつかれ」

「おうサンドラ、どうだった? その顔はダメだったか?」

「ううん、半分になった。でもできる分はやるつもり。明日から頑張る」

「そっか、しっかりな」

「ねぇ、私どうしたら、ちゃんとできるかな」

「ちゃんとって?」

「なんか、迷惑かけちゃったし、その……強くなりたい」

「そうだなー、俺はサポート向きでサンドラは前衛向きだろ。俺は支援役の仕事をしたそれだけ、だから迷惑と思ってない。つっても自分がそう思うってのは変わらないよな」

「頭では解ってるんだけど」

「今回の件は反省して次に活かす方法を考えよう」

「そうだよね、そうする。ありがとう」

「それと、強くなりたいなら強い人に聞くのが良い。自分と同じタイプの」

「同じタイプか……うん、考えてみる。前から思ってたけどロイはいいヤツだね」

 食事を終えたサンドラはトレーを持って席を立った。話し始めた時は背も丸まっていて思いつめた顔をしていたが、今は背筋も伸びている。大丈夫だろう。俺のトレーの料理はすっかり冷めてしまっていた。

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