『ろう者の母親と息子の心温まるお話』かと思って読み進めていたら……
∑(゚Д゚) 違ったーーッ!(震え!)
でも、手首だけになっても息子のお世話をするお母さんに深い愛情を感じます。
(あと、アダ◯スファミリーを思い出しました!笑)
こんばんは。
家宅捜索が行われず、僕一人で暮らしているのは、どうだろうとか、突っ込みどころはもう置いておきましょう。
僕はまだ人の死について知らないのかも知れない。もちろん死についての恐怖そのものも欠落しているのかも知れない。
それだけに、そんな泥臭いことは他所に、僕とお母さんの手、と言う優しい世界に浸れるのかな、これが妄想だろうと現実だろうと、ここにひとつの幸せのカタチがあるのであれば、願わくば体が僕のもとへ返還されることを祈ります。
編集済
ケーキの手話の表現が少し違うように感じたのですが、おそらくこれは意図的なものなんだろうなと思いました。その家族だけで通じる手話みたいな、方言みたいな、ホームサインみたいな。もしくは別のことを伝えるための。
手話を「意味」ではなく「記憶の痕跡」として使っている、そのように考えると、これはお母さんであるとしか断定できないわけで、それはめちゃくちゃ辛い。
追伸】ケーキを手話辞典で確認致しました。文章中の手話表現は切り分ける前提である「ホールケーキ」を現す手話でした。方言は私の方でした…申し訳ありませんm(_ _)m
因みにケーキの表現、本当にたくさんあります!時輪様の作品を機に興味を持っていただけたら凄く嬉しいです。
作者からの返信
応援コメントありがとうございます。お読み頂いて嬉しいです。
>ケーキの手話の表現が少し違うように感じたのですが、おそらくこれは意図的なものなんだろうなと思いました。
好意的に受け止めて下さってありがとうございます。以前、手話にも方言のようなものがあると読んだことがあります。私が調べて行きあたった結果が方言であった可能性があります。
しゃもこ様は手話を習得されておられるので、拙作を読まれて、違うと思われたのではないでしょうか。ご迷惑でなければ、「ケーキ」の手話を教えて頂ければ幸いです。
仰るように、拙作の場合、手話がお母さんの記憶の痕跡なので、指輪+手話で、お母さんの手だと断定できます。
お読み下さってありがとうございました。また、素敵なレビューを頂きまして、ありがとうございます。重ねてお礼申し上げます。
主人公があくまでも「お母さんの死」を認めようとせず、「手首を切り取られてる」とかの凄惨な状況も無感動に受け止めるところが悲しいですね。
それでも「何か」には気づきそうになっていたり、この日常をいつまで続けられるのか、というのがすごく切ないです。