Last Lesson
駄文のヒロ
プロローグ
荒廃した世界
激しいノイズ音。
心臓の鼓動のような低音。
崩れた高架の影から、突風のように粉塵が吹き抜ける。
空は赤黒く、煙が流れている。
遠くで銃声が鳴り響く。
かつて教科書で見た「都市」という言葉は、ここにはもう存在しない。
ただ瓦礫と、沈黙と、時折遠くで響く爆発音だけが世界を構成していた。
一人の少年が戦闘服姿で瓦礫の陰を走る。
呼吸が荒い。
(――また、この場所だ)
そう思いながら少年は反射的に身を低くし、引き金に指をかける。
少年は、既にこれが夢だと認識し、理解していた。
荒廃した街の匂いを、少年はもう覚えていた。
ここ1か月くらい、眠ると見るようになった空想の世界。
焼けた金属、埃、血。
目を開く前から、次に何が起きるか分かっている。
――ここから、走る。
身体は自然に動き出す。
機関銃の重さも、反動も、初回のような違和感はもうない。
この夢を最初に見たとき、少年は確信していた。
これはVRだと思い込んでいた。
没入型。
現実と区別がつかないほど精巧な訓練ゲーム。
そう考えれば、この理解不能な世界にいる状況に、すべて説明がついた。
だが今は違う。
少年は、この夢を「見る側」でありながら、
同時に、夢の中の自分の視点も知っている。
遠くで言葉にならないような叫び声を上げている。
視界の端で何かが動く。
人影にも見えたが、次の瞬間にはそれが「人ではない」ことを悟る。
瓦礫の向こうから人影が走り出る。
それは“人間”だが、歪んだ輪郭、目が血走り、ぎこちない関節の動きなのに動きが異常に速い。
「……ヴィランか」
自分の声が、意に反してやけに冷静に聞こえる。
少年の頭の中では、彼らは『人間』ではなく”ヴィラン”だった。
その認識が、最初から刷り込まれている。
どうやらこの夢の中では敵のことをそう”設定されている”。
荒廃した地平線の向こうで、黒い雲が渦を巻く。
その中心へ向かって、少年は機関銃を握りしめ、ただ前へと走り続けている。
「来た……!」
そう吐き捨てて、少年は歯を食いしばり、迷わず躊躇なく引き金を引く。
バン! バン!
ヴィランが倒れる。
しかし、その背後から次々とヴィランが現れる。
(……また、ここで出てくる)
舌打ちしながら、少年は立ち止まらない。
少年は再び走り出し、暴走するヴィランたちを撃ち続ける。
少年は、撃ちながら考えない。
考えないように、できている。
次に何が起きるかも、分かっている。
瓦礫の隙間から、崩れたビルの影から、暴走する人間たちが次々と現れる。
目は虚ろで、口は意味のない言葉を垂れ流し、腕や脚は意志とは無関係に痙攣している。
正面から迫ってくるヴィランに、弾を数発撃ち込む。
確実に銃弾は身体を撃ち抜いているが、まるで当たっていないかのように突進をやめない。
なぜか、ここの敵は弾が命中してもなかなか倒れない。
銃声が、連続して空気を裂いた。
弾丸は正確に胸部を貫き、その影は崩れ落ちる。
そう――そして、ここで視界が明るくなって、目が覚めるんだ。
毎回同じ夢だから、躊躇しない、
――はずだった。
やや時間が経っても、視界は暗転することなく、留まっている。
何も起こらない。
見回しても、瓦礫と、赤黒い雲に包まれた世界は依然変わらなかった。
今までにない展開に、少年は驚きを隠せない。
(……覚めない……続く?)
(オレは、夢の続きを見ているのか?!)
初めてだ。
ここから先の夢の展開は、何も知らない。
《考えろ》
え?
驚愕している少年の頭の中に、突如、声が聞こえた。
はっきりとした音声で、鮮明に反響している。
《受け入れろ》
その響く声は、聞き慣れた声をしている。
それもそのはず、
(”オレ”の声だ!)
意味が分からなかった。
《”オマエ”が選べ》
単発で発せられるその声は、それっきり聞こえなくなった。
少年は初めて、心音が高鳴るのを感じる。
(何が起きてるんだ?)
後退する少年の足が、止まる。
ふと下を見ると、瓦礫の影で、撃ち抜かれたはずのヴィランが、地面に手を伸ばしていた。
指は血と埃にまみれ、必死に何かを掴もうとしている。
「……ま……待って……お願い……」
声がした。
ノイズではない。エフェクトでもない。
はっきりとした、震える声だった。
倒れた男は、少年を見上げた。
恐怖と、安堵と、微かな期待が入り混じった目で。
「……撃たないで……」
言葉が、意味を持ってしまった。
敵とされていたヴィランが、人の声色で懇願するように命乞いをするはずがない。
「助けて……くれ……」
その一言が、胸の奥に刺さった。
次の瞬間、遠くで別の暴走者が叫び、何かが崩れる音が響く。
「……黙れ」
思わず、声が漏れる。
相手に向けたのか、自分自身に向けたのか分からない。
少年は歯を食いしばり、引き金を引く。
銃声が、すべてを断ち切る。
男の声は、そこで終わった。
少年は再び走り出す。
だがその足取りは、ほんのわずかに重くなっている。
撃ったはずの“ヴィラン”の声が、まだ耳の奥で生きていた。
直後、背後で、空気が裂ける感覚があった。
気づいたときには遅かった。
衝撃が脇腹を打ち抜き、少年の身体が横に吹き飛ばされる。
「――っ!」
息が詰まり、視界が白く弾ける。
銃を握ったまま、瓦礫の上に転がる。脇腹から、熱と痛みが一気に広がっていく。
銃弾が、脇腹を撃ち抜かれていた。
(痛い……?夢、なのに……?)
顔を上げた瞬間、影が覆いかぶさる。
次に現れたヴィランだ。
歪んだ表情、焦点の合わない目。それでも、その動きには明確な殺意があった。
「……う、ああ……」
低いうなり声を上げながら、ヴィランは少年の胸元に膝をつく。
重みで息ができない。
片手で少年の喉元を押さえ、もう一方の手を高く振り上げる。
とどめだ。
「やめろ……!」
(やられる!)
そう思った瞬間、時間が妙にゆっくり流れた。
振り下ろされる腕。歪む視界。
その瞬間、銃声がする。
乾いた銃声が、至近距離で炸裂する。
ヴィランの頭部が弾け、赤黒いものが飛び散った。
重みが、突然消える。
少年は荒く息をするが、視界が揺れる。
激しく咳き込みながら、地面に伏したまま息を吸った。
次の瞬間、誰かの手が肩を掴み、強引に身体を引き起こし、低くて落ち着いた声で喋る。
???「大丈夫か? 立て」
少年は引きずられるようにして立ち上がる。
視界の端で、倒れたヴィランの頭部が、完全に破壊されているのが見える。
――ヘッドショット。
完璧な一撃。
だが、それを撃った人物の姿は、まだはっきりとは見えない。
「……今の、味方?」
思わず口をついた言葉は、かすれていた。
???「当たり前だ。ゲームじゃない」
即答。
少年は脇腹を押さえながら、荒い息のまま思った。
(今のは、演出じゃない
――助けられた)
そして何より、誰かが、現実の銃弾で、現実の敵を撃った。
その事実だけが、頭の中で重く鳴り続けている。
「……あ、ありがとうございます……」
少年は、引き起こされたまま、必死に顔を見上げる。
そこには、霞む視界の向こうに、埃にまみれ、銃を構えたままの戦闘服を着た男。
男はヘルメットを外すと、一瞬だけ、悲しそうな目をする。
(知っている?!)
そう思った瞬間、胸の奥が強くざわめくのを感じる。
輪郭。目の位置。声の低さ。
見覚えがある。
???「……今度こそ、間に合え……」
その口が、何かを言った。
(この顔…)
少年の視界が白く滲む。
男が、和真を覗き込む。
???「――」
男の声が遠ざかる。
はっきりとは聞き取れない。
名前のようにも、命令のようにも聞こえた。
あるいは、ずっと前から知っている言葉。
少年は、それを確かめる前に、膝から力が抜けた。
引き金を握っていた指が、静かに開く。
落ちていく感覚。
下も上も分からない。
世界が、暗転する。
闇の中で、規則正しく鳴り始める電子音。
――ピッ……
――ピッ……
――ピッ……
単調で、冷たい音。
戦場の音ではない。
少年は、ぼんやりと思う。
(これ、BGMじゃない)
意識が、完全に途切れる直前。
最後に浮かんだのは、**あの男の「見覚えのある顔」**だった。
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