ギャルになった幼馴染は、俺に彼女ができるのを絶対に許さない
Re.ユナ
第1話
目が覚めたとき、最初に視界に入ったのは明るい色の髪だった。
枕元に広がった髪が、俺の顔にかかっている。
その向こうに、きれいな肌が、近すぎる距離にある。
(……おいおい。今日もいるのかよ)
視線を少しだけ下げると、そこには俺のTシャツを当然のように奪い取って寝ている女子が一人。
肩までずり落ちた襟から、見てはいけないラインが覗いている。
いや、見ないけど。見ないけどさ。
ため息をひとつ吐いてから、俺はそいつの頭を人差し指でつんつんとつついた。
「美咲。起きろ。朝だぞ」
「……んー……」
返事になってない声と一緒に、さらにこっちに寄ってくる。
腕と腹に、遠慮ゼロの体温が押しつけられた。
「おい。くっつくな。てか人のベッドだって自覚ある?」
「あるー……。あっくんのだから、いいでしょ……」
寝ぼけた声でそう言って、俺のTシャツをぎゅっと掴む。
こいつはたぶん、この状況を「幼馴染だから」で全部済ませるつもりだ。
(高校二年でこれは、幼馴染の範囲に入んねえと思うけどな)
ベッドの中にいるギャルの名前は、星野美咲。
家が徒歩一分の幼馴染で、俺より二週間だけ誕生日が早い。
小学校までは、文字どおりの「隣の家の美咲ちゃん」だった。
気づいたときには勝手に部屋に上がり込んで、勝手に俺のゲームを始めて、勝手に母さんと晩ごはんの献立を決めていた。
中学で少し距離が空いて、高校に入るころには――
見た目も、立ち位置も、完全に別世界の人になっていた。
今、目の前で俺の枕を占領しているこのギャルが、その幼馴染だ。
「ほら、美咲。マジで起きろ。ホームルーム間に合わなくなるって」
「……あっくんが起こしてくれるなら、ギリギリでいい……」
「俺の名前をあだ名で呼ぶの、やめろって何回言った」
「じゃあ学校では呼ばないもん。偉いでしょ……」
「そういう意味じゃない」
むにゃむにゃ言いながら、腕に頬を押しつけてくる。
そのたびに、胸の柔らかさがTシャツ越しに自己主張してきて、本気で色々と危ない。
アラームはとっくに止まってる。
止めたのはたぶん俺だ。こいつが目覚ましの音で起きたことなんて、一度もない。
「なあ、いい加減にしろよ。俺だって男なんだけど」
「……知ってるよ?」
半分だけ開いた目で、上目遣いにそう返される。
その「知ってるよ」の意味を、考えたくない。
考えたくないから、俺は無理やり布団をめくってベッドから出た。
「とりあえず顔洗ってこい。俺シャワー先」
「やーだ。あと五分……」
「お前の五分は二十分だろ。起きろ、星野美咲」
フルネームで呼ぶと、さすがにうっすら眉が動いた。
「……はいはい。起きるってば、あっくん」
結局最後まであだ名はやめないまま、彼女はのろのろと上半身を起こした。
美咲がギャルになってからもしばらく、俺は甘い期待をしていた。
「家と同じように、学校でも普通に幼馴染扱いしてくるだろ」と、昔は思っていた。
だけど、その期待は何故かずっと裏切られている。
◇
同じ日の教室。
「ねーねー美咲、昨日のドラマ見た?」
「見た見た。あの彼氏の言い訳、マジで無理なんだけど」
教室の真ん中あたりで、さっきまで俺のベッドを占領していたギャルが笑っていた。
胸のあたりまで伸ばしたハイトーンなミルクティーベージュの髪をゆるく巻いて、まつ毛は天然で長い。少し色素の薄い茶色の瞳がいっそう映えて見える。
スカートの丈は校則ギリギリなんてとっくに超えてていて、座ってるだけで脚のラインが綺麗なのが分かるから、そりゃ見てしまうやつは多いだろう。
同じ制服着てるはずなのに、あいつだけ雑誌の中から切り抜かれたみたいに浮いている。
その少し後ろ、窓際最後列。
俺は教科書を立てて、半分だけ外を眺めていた。
(……同じ家から出てきたとは思えねえな)
さっきまで俺のTシャツを着ていたやつと、教卓前で友達と軽口を叩いている女子。
さっきまで一緒に寝ていたと言っても、信じるやつはこの教室に誰もいないだろう。
チャイムが鳴って、担任が入ってくる。
起立、礼、着席。教科書を開く音がばらばらに重なる。
「昨日配ったプリントの右側、まだ出してないやついるぞー。休み時間に職員室持ってこいよ」
担任の声を聞き流しながら、何となく前のほうを見た。
そのとき、ふいに美咲と目が合う。
瞬間、心臓がひゅっと鳴った。
今朝の寝ぼけた顔がフラッシュバックして、条件反射で視線を逸らしかける。
けど、美咲は本当に一瞬だけこっちを見て――そのまま何事もなかったみたいに、隣の女子と話を戻した。
「ねえねえ、数学の小テストやばくない? 絶対赤点なんだけど」
「分かるー、マジで先生うざい」
俺のことなんて、最初から視界に入っていなかったみたいな顔で。
(……はい、これが現実)
俺は小さく息を吐いて、机の上の消しゴムを指でつまんだ。
家では勝手にベッドに潜り込んでくるくせに、学校ではこの距離感。
このギャップが、ここ最近の俺の胃にいちばん悪い原因だと思う。
……まあ、一応言っておくと、あいつは今でも「幼馴染」だ。
だけど少なくとも、この教室で俺と星野美咲の関係を「幼馴染です」と言い張れる奴は、たぶん俺一人しかいない。
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