第2話 街のシスター

サンレイン王国、ハルフォンソの街からこんにちは。ティファレトです。

偶然にも人間を捕食し、人間に擬態した私は、文明が面白そうだとこの街へとやって来たのです。

人間の常識や掟を知り、神の声を聞き、居場所を作り、いつの間にか5年の月日が経ちました。

今私は、ここ、ハルフォンソの街の唯一の教会の管理人として過ごしています。

我らが神は広く信仰をされていますが、奇跡を賜れるほどにまで信仰をしているという人間は少なく、それほどの信仰者は【信徒】あるいは【シスター】と呼ばれます。

日常の知恵や道徳にまで浸透していると、教えが当たり前になって信仰が広く浅くなるという事なのでしょうね。

そんなシスターである私の主な仕事は子ども達に教えを説く事と、もう1つ......。


「あら?」


なんだか随分と入口が騒がしいですね。

これは、もう1つの仕事の出番かもしれません。


「急患だ!」


「ティファレトさんはいるか!?」


「はいはい、こちらにいますよ」


勢い良く教会の扉を開けて入ってきたのは男性が2人と女性が1人。

女性が痙攣していて、男性が抱えているといった状態です。


「モツグイバチに寄生されたんだ....頼めるか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


【モツグイバチ】

ハルフォンソの街から東にある、トルンの森に生息する巨大な蜂の1種です。

上空から襲い、卵管を獲物の口に突っ込んで卵を胃に産みつけ、産みつけられた卵はゆっくりと動いて胃に癒着。

癒着した卵が孵化すると幼虫が獲物の内部を食い荒らして成長するという虫です。

本来は別の猿に寄生するのですが、誤って人間に寄生させてくる事もあるらしく、こうして年に何回かは犠牲者が現れるのです。


「神よ.....我が願いを聞き届けたまえ....」


私は跪き、神へ祈りの言葉を口にします。

私の仕事の1つである、奇跡を行使する時が来ました。

私達と言うとややこしくなりますが、人間には2つの特殊な技能があります。

それが【魔術】と【奇跡】です。

魔術は己の生命力を源として、様々な不可思議な現象を引き起こすもの。

奇跡は神への祈りにより、様々な現象をこの世にもたらすもの。

もちろん、それぞれに利点と欠点があります。

魔術は己のみで行使可能であり、回数制限はありますが素早く発動も出来る。

奇跡は祈りさえ届けば幾らでも行使可能ですが、神から拒否されれば使えませんし、時間も魔術に比べればかかります。


「報せよ.....」


奇跡の行使、その開始の台詞を告げると、遂に神から賜りし恩寵がこの世に影響を及ぼします。


「芳香〈おとない〉」


私の全身、特に指先から爽やかかつミルク臭の混じった匂いが立ち昇ります。

そしてそのまま、私は女性の喉奥へと手を突っ込みます。


「!?....うげっ、げぇ〜〜〜〜!」


出ました出ました、口から鼻からモツグイバチの卵と幼虫です。

多くの虫はこの匂いが大の苦手で、強い虫下しの作用があるのです。


「や、やった!」


この奇跡の良い所は、長く体を拭けなくても臭さを誤魔化せる事と虫下し。

良くない所はお気に入りの香水が無駄になる事です。


「ティファレトさん、ありがとう」


「いえいえ、間に合って良かったです」


「こいつ、鉄階級に昇進したてでよ。見学だけなら大丈夫かと俺と一緒に森に潜ったら、油断しちまった」


なるほど、慣れた頃が一番危険だと言いますものね。

今話にあがった鉄階級というのは、国営の何でも屋である冒険者の階級です。

ようは危険な外仕事を含めての日雇い人材ですね。

階級が上がれば貴族と変わらない財を持つそうですが、そんな人は一握りでしょう。

石、鉄、銅、銀、金の順に階級があり、銅になると経験を積んだ一流冒険者と言えます。

自慢ですが、私も銅階級の冒険者資格を持っているのですよ。えへん。


「暫くは刺激の強い食事は控えてくださいね」


「ああ、分かった。こいつは改めて注意しておく。今度、水ブドウを使った菓子を贈らせてもらうよ」


「あら、ありがとうございます」


良い事をすると気分が良いですね。 ご褒美があるとなおのことです。


「お大事に」


先程の人達を玄関まで送り、手を振ります。

さて、暇になりましたし読書でも......。


「あら」


先程とは違う人達が、教会へと走ってくるのが見えます。 今日は忙しい日になりそうですね。

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