0003.抑えきれない衝動心

 


 翌日の朝。


「昨日話したことは内緒ですわよ!?」

 

 そう言いながらリリーは俺達に見送られ、

 城へ戻っていった。


 昨日の騒ぎが嘘のように、

 ストーム家はいつもの生活の音に包まれている。


 父ゲイルは朝早くに出勤。

 母アウラは朝食を作り、

 期待の魔法剣士 姉ウィリィは一人で訓練。

 使用人たちは忙しなく掃除して回る。


 家は平和そのものだ。


(……だけど俺だけは落ち着かんのよ)


 心臓だけが昨日の熱を引きずったままだ。


《火山の中! 海の底! 空の果て!》

《十の未踏ダンジョンよ!》

《ヴェン、あなたも冒険者になりますわよ!!》


 リリーの声が頭の中でずっと跳ねている。


(行きてぇ……!)


 昨日は騒ぎすぎて無理だったが、

 一晩経ってもテンションが下がらない。

 むしろ上がり続けている。


「……ちょっと、外を散歩するだけ」


 自分に言い訳をしながら裏庭に向かう。


 裏庭は広く、普段から人通りが少ない。

 見張りなんているはずもない。

 王女が泊まったとはいえ、

 帰った以上は完全に日常だ。


 草の香りを吸い込みながら進むと、

 古い物置の横にある排水路の鉄格子が見えた。


(よし……まだ緩んでるな)


 錆びた鉄格子は押すとギシと音を立てて動く。


(……通れる)


 五歳児の身体は小さい。

 これくらいなら余裕で通り抜けられる。


「ちょっとだけ……見るだけ」


 冒険者気分の高まりに押され、

 俺は排水路の中へ潜り込んだ。


 


 排水路は暗い。

 湿っぽい。

 大人なら怖がる場所だ。


 だが、なぜか俺は恐怖を感じない。


(……右に曲がってる)


 “道の形”が分かる。

 この世界に来て度々感じる違和感だ。


 よく聞く異世界転生のお約束能力があるなら

 随分としょぼい能力ではあるが、

 どうやら俺は空間がうっすら読めるらしい。


 いや、だから読みたいのは空気なんだけどな。


(この先、外の風……)


 湿度や空気の密度が変わる感覚が、

 まるで地図のように頭の中に広がった。


(まぁ、こういうときしか役に立たないけどな)


 理解はできない。だが不安はない。

 やがて排水路から外に出た。


 目の前には――森。


 朝日を浴びて、木々が風に揺れている。


「ちょっとだけなら……いいよな。へへっ」


 誰に言い訳してるのか分からないが、

 足は勝手に森へ向かっていく。 


 森の中は、静かなはずなのに騒がしい。


 風の流れ、鳥の羽ばたき。

 葉の擦れる音。

 湿った土の匂い。


 全部がやけに“立体的”に聞こえた。

 色々な感覚がフル稼働で刺激されている。


 そのとき――


(……あれ?)


 胸の奥がひゅっと凍った。


(なんだ……?)


 振り返ろうとした瞬間。


「おい」


 低く、押し殺した声が耳元に落ちた。


「っ……!」


 腕を掴まれ、口を塞がれる。


 振り向けば、粗末な皮鎧の男。

 刃物の匂い、汗の匂い、湿った獣のような匂い。


(やばい……!)


 脳が真っ白になる。


「おい、こっちだ!」


「お? 捕まえられたか?」


「王女じゃねえ。でも服がいい。

 貴族のガキかもしれねぇな」


「ガキなら売れる」


(売れる……?)


 理解した瞬間、心臓が痛いほど跳ねた。

 抵抗する暇もなく、森の奥へ運ばれていく。


 そこにはボロ馬車があり、盗賊が三人いた。


「おい、縄」


「子供なら扱いやすい。売りやすい」


 縄で縛られ、馬車の中に押し込まれる。


 口の布だけが外され、盗賊のひとりが言った。


「……名前は?」


(名前……?)


 怖すぎて、呼吸すらうまくできない。

 だけど“答えなきゃ殴られる空気”だけは分かる。


(どうしよう……)


 反射で口が動く。


「ヴェ──」


 言いかけた瞬間、背中がざわりと逆立った。


(……違う!!)


 理由なんてない。

 ただ、本能が叫んだ。


 慌てて言葉をねじ曲げる。


「──ヴェル!!」


 出まかせ。

 とっさの音。


「ヴェル? ……そうか、ヴェル。

 悪いがお前の服や持ち物は全部売り飛ばす。

 そして、お前ももうこの国には戻れねえ」


 盗賊は愉快そうに笑う。

 冗談じゃねぇよ。

 だが、おれにはどうしようも出来ない。


 すると、更に二人盗賊の仲間がやって来た。


 

「どうやら王女はもう城に戻ったらしい」


「なら長居する理由もねえ。出るぞ!」


 

 こいつら、リリーを狙ってたのか?


 そんな俺の考えなんて関係なく出発。

 馬車がギシギシと動き始める。


 揺れに合わせて、

 森の風の方向、

 馬の足音のリズム、

 左右の木の密度、

 地面の傾斜。


 全部が頭に流れ込むように“見える”。


 恐怖と揺れの中で息を吸ったとき、

 遠くの空気の動きまでもが、分かった気がした。


(……どうなるんだ、俺)


 馬車に揺られ、昼と夜の区別も曖昧なまま、

 どれほどの時間が過ぎただろう。

 

 気づけば景色は森でも街でもなく、

 土と岩に囲まれた“穴”のような場所だった。


 行き交うはボロボロの衣服を着た男たち。

 老人になりかけた者も入れば、

 俺くらいの子供もいる。


 共通していることは、

 男達はここで働かされてるらしい。

 

 リアカーのようなものに大きな石を乗せ運ぶ者。

 遠くから聞こえるツルハシを振るうような音。


「ヴェル……と言ったか?

 今日からはここがお前の家だ。

 自由はない。死ぬまでここで働け!」


 そう言って変な手枷をつけられ蹴り出される。


 なんてことだ。

 衝動的に動いたらこんな目にあった。

 前世とやらでもそうだったのに。

 

 余計な行動をして最悪の事態に落ちる。

 何も変わらねぇじゃねぇか。


 こうして俺の二度目の人生。

 短かった俺の平穏は終わった。



 

 

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