卒業なみだ

かささぎ峠

卒業なみだ

 三月一日。

 正門には卒業式と書かれた看板が立て掛けられ、その前で記念撮影をしようとする生徒達の列ができている。広々としたはずの校庭も、3年間共に過ごした友人や部活仲間と集まる生徒で埋め尽くされていた。


 いつもと違う雰囲気が漂っている。


 そんな空気に飲まれまいと、彰人は校庭の階段の上からその様子を眺めていた。

 卒業式だというのに雲が空のほとんどを覆っていて薄暗く、暖かくなりきっていない空気が冷たい。

 彰人は思わず首を竦めた。

 いつもは着崩している制服をきちんと着て、ネクタイを首元まで締めている。短く切り揃えられた髪がさっぱりとした彰人の性格をよく表していた。



「あきとー! バスケ部で写真撮ろうよ。皆集まってるよー!」

 よく通る大きな声が校庭から聞こえてきた。聞き覚えのあるその声の主を探すと、部活のマネージャーである甘夏が手を振っているのが見えた。

 彰人は思わず顔を顰める。

 見つかってしまった。

 甘夏がづかづかと階段を登ってくるのが見える。そして彰人はなすすべなく、甘夏に連れられ、自分には関係がないとばかりに見下ろしていた校庭の中の輪の中に連れて行かれたのだった。



「彰人、もう帰るの?」

 みんなとの写真を撮り終え、各々好きなように動き始めている中、甘夏が彰人に声をかけた。

「おん。もう写真も取ったし、することないし」

「えー、もう卒業しちゃうんだからさ。あ、ねえ、この後何かある?」

「ないけど」

「じゃあ来て」

 そう言うと、意気揚々と甘夏は彰人の腕を取り、歩き出した。


 彰人が連れて行かれたのは彰人のクラスメイトが集まっている校庭の端だった。

「あきとぉ」

 彰人を見るなり真っ赤な目をした友人の裕介が飛びかかってきた。水泳で鍛え上げられた裕介の体当たりに彰人は支えきれず、2人は崩れるように地面に倒れ込んだ。

「ちょっ、重てぇ。お前泣きすぎだろ」

「だっで、もう卒業だよぉ」

「ばーか、そんな泣くほどじゃないだろ」

「でもさぁぁ」

「まぁ今までみたいに毎日会えるわけじゃないしね、寂しいんだよ」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった裕介の顔から必死に避けていると、クラスメイトで友達の龍が笑いながらそう言ってきた。龍をよく見ると目元が赤く染まっていた。

「お前まで……。泣くな泣くな、一生会えないわけじゃないんだから」

 彰人はまとわりつく裕介を引き剥がしながら、龍にそう言った。一刻も早く、このいかにも悲しい空間から逃げ出したかった。

「あきどぉーー」

 そんな彰人を見て、裕介は尚更彰人を掴む腕に力を入れた。

「彰人は彰人だな」

 龍はいつもと変わらない彰人に、ホッとしたように、そう溢した。



 命からがらといったように、彰人は裕介と龍から逃げて出し、友達と話す甘夏に話しかけた。

「甘夏」

「クラスメイトと会えた? 次はあっちね」

「え、まだ?」

「もちろーん」

 甘夏は友達に「またね」と声をかけると、スタスタと歩き出す。彰人は気まずまそうに、甘夏の友達に会釈をして、その背を追いかけた。


 2人は中靴に履き替え、校舎に入る。

「なんかスカスカだね」

「おー、みんな外でてんだろ。1、2年帰らされたし」

 キョロキョロと辺りを見回す甘夏に、彰人はそう答えた。

「なんか不思議じゃない? まだお昼なのに静かなのって」

「たしかにな。まぁ、夏休みぐらいじゃね、人のいない校舎って」

 彰人がそう言うと、甘夏は勢いよく振り返った。

「夏の地獄の特訓の時でしょ! あーれはきつかった。立ってるだけで汗びしょびしょだったもん」

 甘夏は顔を顰めて、手でパタパタと顔を仰ぎ始めた。

「俺らは動きっぱなしだったからな。体育館とかもう釜茹で状態」

「みんな溶けてたねー」

「コーチがアイスくれた時は普通に惚れたよね」

「たっかいアイスね、美味しかった。もう1年半経つなんて信じられないよね」

 彰人と甘夏とは思い出話をしながら、人気のない廊下を進んでいく。


 甘夏が突然駆け出して、誰かに話しかけに行った。彰人は呆れながらも、それを追いかける。

「先生! めちゃめちゃ泣いてましたね」

 甘夏が声をかけたのは、彰人の担任の高田先生だった。

「バレてたか。もう年取ったら涙脆くて……。ほんと卒業できて良かったな」

 高田先生はそう言って、彰人の肩をバシバシと叩いた。

「まぁ、一応」

「3年間も担任なんて、本当にどうしようかと思ったぞ」

「俺、真面目にしてたんですけどね」

「ちゃんとして見えないのが彰人だからねー」

「おい!」

 バレないようにサボっている彰人のことを、高田先生はいつもめざとく見つけた。3年間も同じで、次第に彰人は高田先生の前では手を抜かないようになっていた。サボってもどうせバレて怒られるからだ。

 彰人は高田先生とのやりとりを思い出し、迷惑をかけたことをほんの少し反省した。

「今度会う時を楽しみにしてるよ。次は同窓会かな」

「先生ちゃんと元気にしててくださいよー」

「おー」

 甘夏が高田先生に手を振る。甘夏が歩き出すのを背に、彰人は高田先生に向き直った。

「ありがとうございました」

 そう言って頭を下げると、甘夏を再び追いかける。後ろから聞こえる鼻をすする音に、2人は気づかないふりをした。



「そういえば1回も同じクラスならなかったね」

「そうだな。まぁならなくてよかったけど」

「何それー! おっ、着きました」

 そんなやりとりをしていると、見慣れた場所についた。

「私たちの体育館、とその横の部室棟っ!」

 言葉に合わせて、甘夏が指をさす。

「そして、これなーんだ」

 甘夏がポケットから取り出したものをみて、彰人は不思議そうに首を傾げた。

「え、部室の鍵じゃん。なんで持ってるの」

 甘夏が持っていたのは、見覚えのあるマスコットのついた部室の鍵だった。

「マネージャー権限」

「もう引退してるのに」

「気にしなーい気にしなーい」

 ツッコむ彰人をよそに、甘夏は部室のドアを開けた。

 ドアを開けると、誇りがフワリと舞い、なんとも言えない匂いがした。

「汚ったない! いくら片付けてもこれなんだから」

 甘夏はあまりの汚さに怒りだす。彰人はいつものことだと、怒る甘夏を横目に、部室を見回した。

「あ、これ俺のだ。持って帰んなきゃ」

 彰人は棚に引っかかっていたタオルを取る。

「まだ持って帰ってないの? もう学校来ないんだよ」

「そっかー、お、これ」

 彰人は部室の椅子の下に転がっていたカップを拾った。甘夏が彰人が持っているものを覗き込む。

「ん? って、それさっき言ってたアイスのゴミじゃん。汚すぎる。名前書いてある…あ、き、彰人のじゃん!」

「俺の? あぁ、捨ててなかったのか」

「汚さの元凶」

「掃除はしたい時にするんだよ」

「一生部屋汚そう」

 甘夏は汚いものを見るように彰人を見る。彰人はそんな甘夏の目線を気もせず、部室の中を物色する。

「あ、これも持って帰らないと。これもか」

 シューズやタオルや服など、彰人の手の中に荷物が増えていく。

「持って帰るものありすぎでしょ」

「おん、思ったよりあった」

 甘夏はそんな彰人をみて、呆れたように首を振り、ため息を吐いた。



 部室探索を終えた2人は、部室棟の横の階段から校庭を見渡した。

 部室が埃っぽかったせいなのか、彰人は妙に清々しい気分だった。

「あー、なんか終わりって感じがする」

 甘夏が腕を空に突き出して背伸びをした。

「卒業式だからな」

「見て、裕介まだ泣いてるよ」

 甘夏が指を指した方には、遠くから見ても分かるほど泣いている友達の姿があった。

「どんだけ泣くんだか」

 彰人は呆れるようにそう言った。


 甘夏は彰人をチラリと見て、また校庭の方を向いた。

「彰人はさ、泣かないんだね」

 甘夏の質問に、彰人は少し悩んで答える。

「泣かないって言うか泣けない?」

「あはっ、彰人らしい」

 甘夏が笑う。そして、ポツリとつぶやく。

「今泣くのはね、お得だと思うんだけどね」

 彰人は甘夏のつぶやきに、首を傾げた。泣くのに損も得もあるのかと不思議に思った。

「なんで」

「なんでって言われてもね」

 甘夏は少し悩んでから、答える。

「高校ってさ、毎日学校に行って、毎日友達に会うでしょ」

「うん」

「でも卒業したら、毎日学校に行かなくなるし、友達とも会わなくなる」

「そうだな」

「面白いことがあって、明日彰人に言おうとか思っても、会えないから言えないしさ」

「連絡すればいいじゃん」

「そゆことじゃないんだよ、なんかね」

 甘夏はまた少し悩んで、言葉を続ける。そんな甘夏の後ろ姿を彰人は眺めていた。

「裕介と彰人と私は大学に行くでしょ? でも輝とか真央とかは働く。みんな変わっちゃう。高校という場所で揃っていただけで、そこから離れると、生活も生き方バラバラになっちゃう気がする」

 気がするだけのかもしれないけど、そう甘夏は呟いた。

「だから、バラバラになる前に、楽しかったーって一緒に笑って、寂しいねって気持ちを出しちゃったら、気持ちよく終えられそう」

 彰人は少しだけ甘夏の考えに納得していた。


「おはよう」から始まる朝の雑談も、意味のないバカな会話も、休み時間のバスケも、放課後のカラオケも、帰り道の買い食いも。

 今までなんてことなかったことが、今日から日常ではなくなる。

(楽しかったな)

 彰人は高校生活を思い浮かべて、ふとそう思った。


「ね、寂しくない?」

 その場でぼんやりと考えている彰人に、甘夏がどうだと言わんばかりに、詰め寄る。


 甘夏は彰人の後ろに回って、その背を彰人の背に預けた。

「まー、でもまた遊んでよね。お酒飲めるようになったら一緒に飲んでみたいし」

「彰人は彼女できるかな。はたしてこんな冷たいやつに彼女ができるのか」

 甘夏はそうあきとをからかった。


「彰人?」

 返事のない彰人に、甘夏は不思議そうに彰人をのぞき込む。

 そして、甘夏は笑みを浮かべた。


「あれ、泣いてるじゃん」

 彰人の目から涙がこぼれ落ちる。彰人はそれを隠すように乱暴に顔を拭うが、目に溜まる涙は止められなかった。

 そんな彰人を見て、甘夏も我慢していた寂しさがこみ上げてくる。

「みんなー、彰人が泣いてるよー」

 校庭に向かって甘夏が大声でそう言った。

「おい、ばか、言うなって」

 逃げようとする彰人を引っ張って、階段を駆け下りる。



 校庭にはひっつく裕介から逃げる、目を赤くした彰人の姿があった。

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