第13話 『Hangover』
ある梅雨の日の夕方。
私は病欠で穴の空いた
『クリーンマート』の店番に立っていた。
レジに入ってから
すでに2時間ほどが過ぎていたが、
まだ1人も客は来ていなかった。
これまでにも
店番を引き受けたことがあったが、
その度に店では閑古鳥が鳴いていた。
にもかかわらず。
24時間営業を続けていることが、
私には理解できなかった。
俗に言う税金対策だろうか。
23時に交代で来る夜勤は
『クリーンハイツ』の103号室に住む
どこか陰のある、
口数の少ない中年の男だった。
店の時計が17時になる頃。
白いシャツに黒いベスト、
そしてスラックスを穿いた
坊主頭の男が入ってきた。
頭と口髭には白い毛が目立っていた。
くるりとした丸い目が
熊のぬいぐるみのようで愛嬌があった。
これまでにも
何度か見かけたことのある男だった。
男はおにぎりとサンドウィッチを持って
レジに来た。
「君はたまにしかここで見ないね?」
ふいに男が口を開いた。
「は、はい。
私は人手が足りない時の
臨時のアルバイトなんです」
一瞬迷ったものの私は素直に答えた。
「僕は葛城町で
『Hangover』というバーを
開いてるんだけどね。
最近。
アルバイトの子が辞めたんだがね。
なかなか次が決まらなくてね」
そう言って
男は自らの広い額をパンッと叩いた。
「よければ週末だけでもいいから
手伝ってくれないかな?
カウンター席が7つと
テーブル席が3つだけの小さな店だから、
仕事はそれほど大変じゃないし、
給料は弾むからさ」
男の最後の言葉に心が揺れた。
「魅力的なお話ですが・・。
まだ18歳なので
お酒を出すお店は・・」
私は言葉を濁しつつ、
遠回しに断った。
「いやいや。
決して怪しいお店じゃないんだ。
君がお酒を飲む必要はないし、
仕事内容は給仕と洗い物くらい
なんだけどね。
まあ一度店を見に来てくれないかな?
断るならそれからでも
遅くはないだろう?」
そして男は照れたように頭を掻いた。
その仕草が幼い子供のようで
思わず笑みがこぼれた。
1週間後。
私は『Hangover』でアルバイトを始めた。
万が一のことを考えて、
店の客には
20歳のフリーターと偽っていた。
落ち着いた雰囲気の店内は
いつも賑わっていて、
常連客も感じのいい人達ばかりだった。
それはひとえにオーナーである
歌川彦丸(うたがわ ひこまる)
の人柄によるものだと私は思っていた。
50歳という年齢の歌川は
温厚で気さくな人物だった。
店での仕事も楽しく、
そして少しだけ刺激的でもあり、
私は『桐壺亭』のアルバイトと掛け持ちで
平日も『Hangover』に
出勤するようになっていた。
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