『聖少女』に男の僕が選ばれた件

筧千里

プロローグ

 大観衆の前で、僕は立っていた。


 いや、観衆だけじゃない。この瞬間は全国に中継されている。王都の広場に設置された魔導スクリーン、地方都市の集会場、家々の水晶受像器――その全てが、僕の姿を映しているはずだ。

 何せこれは、儀式のようなもの。

 神聖で、しかし俗物的な、ひどく矛盾のある祭典だ。


「今回、新しく聖少女に選ばれたリンちゃんでーす!」


 僕の隣に立つ女の子が、魔導マイクへ向けて朗らかに告げる。

 その声が響くと同時に、轟音のような歓声が爆発した。そして、各自が手に持っているペンライトが激しく揺れ動く。

 拍手、旗、紙吹雪――観客席の熱狂が、僕にまで伝わってくるようだ。

 空気が震えて、胸にまで圧力を感じる。これが、ステージに立つということ。国の代表として、聖少女という選ばれし存在として、紹介されるということ。


 紹介されたのは、僕だ。

 白銀の衣装に身を包み、煌びやかなリボンと宝石を飾り、僕は顔を上げる。そして後ろに流した長い髪が、小さく揺れた。

 揃いの衣装を着た隣の少女と並べば、どう見ても聖少女と呼んでいい姿だろう。可愛らしい意匠でありながら、しかしどこか神聖さすら感じられるそれは、聖少女としてステージに立つときの衣装の一つだ。僕の知る限りあと七つほどあり、いつかその全てを纏う日が来るのだろう。


 ――そう、僕は聖少女。

 この国が誇る十二の刃にして、災厄に立ち向かう聖なる乙女たち。

 神の力を人の世に顕現させる魔導具――神器を操ることができる、唯一の存在だ。そして、この世界に蔓延る呪いを打ち砕くことのできる、無二の存在。

 その一人として選ばれたのが、僕だ。


「リンちゃんはまだ新人だけど、みんなー、応援してねー!」


「……」


 歓呼轟く前に、足が竦む。

 本音を言うなら、心の底から叫びたい。

 隣のマイクをひったくって、僕の心の内を絶叫したい。

 だけれど――それは言えない。


 聖少女は人類にとって唯一の希望であり、最強の兵士だ。

 かつて、古き時代に存在したといわれている邪神――その遺された呪いによって生まれた災厄、魔物と戦うのがその役割とされている。

 そして聖少女となる者は神託によってのみ選ばれ、どのような権力者の意向もそこには反映されない。


 だが同時に、聖少女は偶像――アイドルでもある。

 最強の兵士でありながらも歌や踊りの映像を人々に流し、ポスターや雑誌を飾り、子供たちの夢になる。聖少女グッズは、小さな子供から大きなお友達まで大人気の品だ。

 国家にとって最大の宣伝であり、国民にとって最大の希望と言えるだろう。

 だからこそ、聖少女は可憐な乙女でなくてはならない。

 清らかな少女でなければならない。


 僕は、その一員となっている。

 つまり僕はこれから可憐な乙女として、清らかな少女として、国民たちのアイドルであり続けなければならないということだ。列に並ぶファンたちと握手を行い、手を振られたら笑顔で振り返す、そんな仕事をこなさなければならない。

 練習した笑顔を引きつらせ、必死に手を振る。

 声援が一層大きくなった。


 だが。

 僕は――男だ。


 見た目は確かに、少女かもしれない。だけれど、中身は違う。僕はこれでも一応、思春期に差し掛かった男なのだ。

 舞台の中央で光を浴びながら、まるで僕だけが異物のように思えてくる。僕一人だけが真実を隠したまま、煌びやかな舞台に立たされているのだから。

 中継されるスクリーンの向こうで、国民は「新しい聖少女が誕生した」と歓喜している。その中の誰も知らない。僕が男だなんて、誰も予想すらしないだろう。聖少女に男が選ばれたなんて、考えもしないのだから。

 逃げ場はない。

 今日、この瞬間、国全体に宣言されてしまった。

 僕――リンが、新しい聖少女であると。


 改めて言おう。

 僕は聖少女。

 けれど、僕は男だ。

 その事実を知っているのは、僕と神だけ。

 観客の歓声に包まれながら、僕は心の中で一言だけ呟いた。


 ――どうして、こんなことになっているのだろう。

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