第2話 私の、一番大切な人だよ
翌日から、特訓が始まった。
村はずれの森で、シエスタが手本を見せる。彼女の炎は流れるように美しく、思い通りの形を描いた。
「まずは火球から。手のひらに意識を集中して、形にしたいものをイメージするの」
「こう?」
パスティーシュが手を掲げると、手のひらサイズの炎が勢いよく飛び出した。木の的の一部が黒く焦げる。
「すごい! パスティ、才能あるよ!」
「へへ、そうかな? シエスタの教え方が上手いからだよ!」
特訓は順調だった。火球を飛ばし、炎の壁を作り、基本的な技術を次々と習得していった。
シエスタは純粋に嬉しかった。パスティーシュが魔法を使えるようになって、あんなに楽しそうで——。
「シエスタ、もう1回見せて! さっきの、炎を螺旋にするやつ」
「うん、いいよ」
ただ、少しだけ心配でもあった。
パスティーシュの目は、炎に釘付けだった。休憩を促しても「もうちょっとだけ」と言って練習を続ける。
——無理しすぎないといいけど。彼女の心配は、その後も続いた。
「パスティ、お昼にしない? 村の広場で——」
「あ、ごめん。もうちょっとやりたいんだ。この感覚、忘れたくなくて」
パスティーシュの目は、自分の手の炎に向けられていた。キラキラと輝く瞳。それは、シエスタがずっと見たかった表情だった。
——でも。
その視線の先に、私はいない。
「……うん、分かった。頑張ってね」
シエスタは笑顔を作った。胸の奥が、ちくりと痛んだ。
パスティーシュは夢中で練習を続けた。上達は自分の時と比べて驚くほど早い。炎の形も、威力も、日に日に洗練されていく。
シエスタはふと思った。
——パスティが魔法を使えるようになって、嬉しい。本当に嬉しいはずなのに。
なぜか、胸が苦しい。
その理由が、自分でも分からなかった。
五日目の夕方。
パスティーシュが炎を灯しているのを、シエスタは少し離れた場所から見つめていた。
オレンジ色の光が、パスティーシュの横顔を照らしている。その表情は——。
——あれ。
シエスタの心臓が、不意に跳ねた。
——この顔、どこかで見たことがある。
記憶が蘇る。幼い頃。シエスタが初めて炎を出した日のこと。
パスティーシュは目を輝かせて言った。「すごい、綺麗……!」
あの時の表情と——今の表情が、重なる。
——ずっと、こうしたかったんだ。パスティは。
胸の奥で、何かが軋んだ。
——もしかして。
パスティが好きだったのは、私じゃなくて。
私の——『炎』だったんじゃないか。
思い出してしまう。パスティーシュがシエスタを見ていた時の目。優しくて、温かくて、でも——どこか、眩しいものを見るような。
あれは、私を見ていたんじゃない。私の中の、炎魔法を見ていたんだ。
——違う。そんなはずない。
首を振る。でも、一度芽生えた疑念は消えてくれなかった。
六日目。
異変が起きた。
「あれ……」
パスティーシュの放った火球が、初日の半分ほどの大きさしかない。
「おかしいな、昨日と同じようにやってるのに」
「疲れてるんじゃない? 少し休もう?」
シエスタの声は優しかったが、どこかぎこちなかった。目を合わせようとしない。話しかけても、返事が短い。
「シエスタ、どうかした?」
「え? 何でもないよ」
そう言って笑うが、笑顔がいつもより硬い。
パスティーシュは不思議に思いながらも、追及しなかった。きっと決闘が近づいて緊張しているのだろう。
シエスタの内側では、疑念に加えて別の感情も渦巻いていた。
——私、本当は……パスティが諦めてくれると思ってた。
炎の魔法は、すぐには使いこなせない。シエスタ自身、ここまで来るのに何年もかかった。
だから、一週間やって無理だと分かったら、「やっぱり私が出る」と言うつもりだった。パスティを危険な決闘に出すなんて、本当はしたくないから。
でも——パスティは諦めなかった。驚くほどの速さで上達していく。
このまま決闘に出たら。怪我をしたら。
もっと酷いことになったら。
——全部、私のせいだ。
最初から自分が出ればよかったのに。断る勇気がなくて、パスティに押し付けて。
疑念と、罪悪感。2つの感情が絡み合って、シエスタは自分でも何に苦しんでいるのか分からなくなっていた。
七日目——決闘前日。
炎の威力は、さらに落ちていた。
「調子悪いなあ」
パスティーシュは明るく言った。いつものように笑う。焦りを顔には出さない。
「もう遅いし、今日はこれくらいにしよう」
シエスタが練習を早めに切り上げた。
「シエスタ」
「何?」
「……ううん、やっぱり何でもない」
何かが、すれ違っている気がした。でも、それが何なのか分からない。
その夜。
パスティーシュが自宅で炎の練習をしていると、扉が叩かれた。開けると、シエスタが立っていた。
「……話があるの」
いつになく真剣な表情だった。パスティーシュは黙って彼女を部屋に招き入れた。
ベッドに並んで座る。あの夜と同じように。けれど、空気は全く違っていた。
「パスティ、ごめんね」
シエスタが俯いたまま言った。
「私のせいで、炎の威力が落ちてるんだと思う」
「え?」
「自分でも分からないの。嬉しいはずなのに……パスティが魔法を使えるようになって、本当に嬉しいはずなのに……」
声が震えている。
「パスティが炎を見てる顔、昔の私の炎を見てた時と同じだった」
「……シエスタ?」
「もしかして、パスティが好きだったのは私じゃなくて……私の『炎』だったんじゃないかって」
シエスタの目から、涙がこぼれた。
「最低だよね。パスティがやっと手に入れたものなのに、こんなこと考えて」
パスティーシュは言葉を失った。シエスタがそんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。
「それだけじゃ、ないの」
シエスタは唇を噛んだ。
「私……本当は、パスティが諦めてくれると思ってた」
「え?」
「炎の魔法って、すぐには使いこなせないの。私は何年もかかった。だから……一週間やって無理だって分かったら、やっぱり私が出るって言うつもりだった」
シエスタの声が震える。
「パスティに決闘を代わってもらうなんて、本当はしたくなかった。でも断る勇気もなくて、パスティに押し付けて……。最初から、自分が出ればよかったのに」
涙が頬を伝う。
「嫌だって言えない。誰かを傷つけるくらいなら自分が我慢すればいい——そう思ってたのに、結局一番大切な人を傷つけようとしてる」
パスティーシュは何も言わなかった。
ただ、黙ってシエスタの手を握った。
そして——いつもの明るさを、静かに下ろした。
「……私ね」
いつも明るく振る舞う彼女の、本当の声だった。
「ずっと怖かったんだ」
シエスタが顔を上げる。
「魔法がないって分かった時から、ずっと。みんなが遠くに行って、私だけ置いていかれるんだって。笑ってごまかしてたけど、本当は怖くて怖くて、どうしようもなかった」
「パスティ……」
「魔法に夢中になってたのは……ずっと何もなかった私に、やっとできる事が見つかったから」
握った手に、力を込める。
「でもね、シエスタのことを忘れてたわけじゃない。シエスタがいたから、私は笑っていられたんだよ」
パスティーシュは、シエスタの目をまっすぐに見た。
「私が好きだったのは、炎じゃない」
言葉が、静かに紡がれる。
「炎を使うシエスタが、綺麗で、眩しくて——憧れだったんだよ」
シエスタの瞳が、大きく揺れた。
「あなたの代わりなんて、いない。私にとって、シエスタは——」
言葉が詰まる。でも、伝えなければ。
「私の、一番大切な人だよ」
シエスタの目から、涙が溢れた。
「パスティ……私も……私も、パスティが……」
二人は抱きしめ合った。長い間、離れなかった。
やがて、パスティーシュは自分の手を見た。
小さな炎を灯す。
それは、この一週間で見た中で最も明るく、力強い炎だった。指輪も眩しいほどに輝いている。
「……戻った」
「ううん」
シエスタが涙を拭いながら笑った。
「前よりも、ずっと強くなってる」
次の更新予定
KISSkill Hunter ~キスキル・ハンター~ inami。 @inami_
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