ぷらねっと⭐︎あくありうむ

江崎美彩

第1話

 暑い。


 開け放たれたカーテンから強い日差しが部屋に注いでいた。


 もう昼……か……?


 時計を確認しようとスマホに手を伸ばした俺は敷きっぱなしの布団の上で寝返りをうつ。届く場所にスマホはなかった。仕方なく接触冷感シーツから与えられた束の間の涼しさに身を委ね、再びまぶたを閉じる。


 まぶしい。


 さっきまで寝ていたのに、目が覚めてしまうと、この明るさでもう一度寝るのは困難だ。


 ……っていうか、ま……まぶしすぎる!


 部屋の中が真っ白な光に包まれ、慌てて目をつむる。


 なんだ? 雷? それにしては晴れてたように思うけど……


 まぶたの裏が真っ白な光から薄暗くなったのを確認して、目を開ける。


「くぁwせdrftgyふじこlp!」


 意味不明なことを叫びながらピンクの瞳が俺を覗き込んでいた。



「宇宙人……?」

「お前の暮らす太陽系第三惑星に浮かぶ島国の言葉で言えばそうなるな」

「くぁwせdrftgyふじこlp」


 偉そうにそう言うのは空に浮かぶメンダコだ。意味不明な言葉を喋っているのは姿形は人間だけど、明らかに普通の人間じゃない。

 青い髪の毛とピンクの瞳はまるでテレビから出てきたアニメのヒロインみたいだ。


「同じ宇宙人に見えないけど」

「はっ。お前は『自分』と『海に住む巨大な生物』と『陸に這いつくばる小さな生物』が同じ生物だと思っているのか?」

「……じゃあ宇宙人と宇宙タコ?」

「なんか知らんがバカにしてるだろ」


 目の前の偉そうなメンダコは耳のようなヒレをパタパタとさせた。


「この生物は我が惑星ジャ・ガバ・ラディルの二足歩行の陸生生物ジャ・ユピピラバ・ピヒトだ、太陽系第三惑星の言葉で言えば絶滅危惧種すなわちレッド・リスト──」


 メンダコに紹介されたアニメヒロインみたいな少女は姿勢を正す。

 宇宙人が正座なんてできるんだ。などと関係のない事を考えていると、少女の顔が近づく。


「くぁwせdrftgyふじこlp?」


 海のような青い髪が揺れ、ピンクの瞳がサンゴのようにキラキラと輝き南国の海のようだ。

 事故にあった日から思い出さないようにしていたあの南国の海。

 慌てて少女の顔から視線を下に向ける。

 少女が着ていたのはいろとりどりの海藻のように薄く繊細な布が重なっていた。

 布から覗く真っ白な太ももに視線が止まる。


 って違う! そもそも布面積が狭すぎるんだよ!

 あ。へそが見えた。ってことは胎生動物?

 いやいや。そもそも宇宙人だなんて信じているわけじゃ……


「──つまり種の保全のため、繁殖目的でジャ・ユピピラバ・ピヒトと近似種であるお前のところに来たのだ」

「ん?」


 いま、とんでもない発言が聞こえた気がする


「はんしょく……パン食? 晩酌?」

「何言ってるんだ。繁殖だ。繁殖。お前は太陽系第三惑星の二足歩行の陸生生物であるホモ・サピエンス代表だろ?」

「ん? えっ? ホモ・サピエンスの代表? 俺が?」

「お前の名は『ホモ・サピエンス賢い人間』なんだろ?」


 メンダコの耳みたいなヒレが自信満々と言わんばかりにピンと立つ。


「違うっ! 俺は『はざま賢人けんと』だぁっ!」


 俺の大絶叫が終わるか終わらないかで、アパートの壁がドンと叩かれた。



「なんの騒ぎなの! このアパートは貴方一人が暮らしているんじゃないですからね!」


 隣人からのクレームで呼ばれた大家の婆さんは曲がった腰に手を当てて怒っている。


「はい。すみません」


 明るい光は俺のせいではないと言いたいところだが、大絶叫してしまったのは事実なので頭を下げる。


「それで、間さんは独り暮らしのはずよねぇ?」

「はい」

「そこの女性は? 随分とくつろいだ格好をしてるみたいだけど……もしかして、いま同居してるなんてことはないわよね?」


 大家の婆さんは俺の後ろに立つ人物に視線を移す。俺のTシャツを着てタコのぬいぐるみを抱いた黒髪の少女は俺の背中にぴったりとくっつく。


「随分と仲の良さそうな様子だけど、結婚の予定があるとかならまだしも、同棲とかルームシェアはトラブルが多いから許可なくされると困るのよねぇ」

「えっと、その婚約者です! 今後こちらに引っ越す予定ですが、今日は泊まりに来ただけです!」

「あら。あらあらまぁ。そうなの? それはおめでたいわねぇ」

「ありがとうございます! 近いうちにご挨拶にお伺いしようとしていたのですが、こんな形のご挨拶になってしまってすみません」


 俺の言葉に合わせて申し訳なさそうに少女は頭を下げる。


「そう。まあ、結婚して引っ越してくるなら許可しますからちゃんとしてくださいね」

「わかりました! よろしくお願いします! 本日はお騒がせしてすみませんでした! 以後気をつけます!」


 大家を見送り、ドアの鍵を閉める。


「はぁぁ」

「能力の低い下等生物の割には上出来な擬態だ」


 振り返ると、少女の黒髪は青い色に変わり、身動きせず固まっていたメンダコがウニョウニョと動き出した。


***


 その日から宇宙人と宇宙タコは勝手に住み着いてしまった。

 文句を言っても「ジャ・ユピピラバ・ピヒトを婚約者だと紹介したのはホモ・サピエンスだろう」とタコは聞く耳を持たない。

 あの時は、大家の婆さんに話を合わせただけなのに。


「ケント! もう買い物の時間よね? うみは準備これからだから待っててね!」


 そう言って宇宙人『うみ』は鏡の前に立つ。

 『うみ』という名前は俺が考えた。宇宙タコが言うには宇宙人『ジャ・ユピピラバ・ピヒト』は惑星『ジャ・ガバ・ラディル』に住む二足歩行の陸生生物を指す普通名詞であって、個別の名前はついていないとのことだ。

 俺のことも『ホモ・サピエンス』と呼ぶ宇宙タコにとっては同行する宇宙人に名前がなくても困らないらしい。

 俺の付けた名前を気に入ったのか、目の前の少女『うみ』と自称するようになっていた。

 子供っぽいその発言も美少女だと違和感がない。


 そう。うみは可愛い。


 鏡の前で青いサラサラの髪の毛をポニーテールに結ぶと真っ白なうなじがあらわになる。見慣れた俺のトレーナーはうみが着るとブカブカで。ジーンズもロールアップして履いている。

 きっと事情を知らない他人からは彼氏の服を着ているみたいに見えるだろうな。


 口元を緩めてじっとうみを見つめてしまっていることに気がついて慌てて真顔になる。


「ようやく繁殖する気になったか?」

「どわぁっ!」


 そむけた先に空に浮かぶタコが現れた。さっきまで塩水を張った水槽で泳いでいたと思ったのに。


「なっなに言ってんだよ!」

「ホモ・サピエンスこそ、なにを言っている。我は種の保全のためにここに来たのだ。あれは繁殖適齢期だ。お前の星で考えるなら二十歳になるかならないかだ。早くつがえ」

「うるせえ! タコの都合なんて知るか!」


 タコを捕まえ、水槽に戻すために立ち上がる。


「ケント! うみ準備できたよ!」


 さっきまで青色だった髪の毛とピンク色の瞳は黒髪と黒色の瞳に変わっている。

 うみの特殊能力である擬態だ。今いる場に馴染むように見た目を変えられる。特殊能力なのか知能が高いのか、うみは日本語まで習得してしまった。


「ケント! 買い物行こう!」


 うみは俺が捕まえたタコを抱えて玄関に向かう。タコは外に出るときにはぬいぐるみに擬態する。

 メンダコのぬいぐるみを持ち歩く美少女は、いまや近所のちょっとした有名人だ。

 メンダコを抱え空いた手は俺に差し出す。

 握った手は小さい。

 目が合うと嬉しそうに笑う。俺もつられて口元が緩む。


「あら、うみちゃんこれから買い物かい?」

「はい! 大家さん、何かお使いありますか?」

「今日は大丈夫だよ。気が利いていい奥さんだねぇ」

「きゃー! 奥さんだなんて、まだ気が早いですよぅ!」

「間さん。あんたうみちゃんのこと大切にしなさいよ」

「はっ。ははっ。そうですね」

「うちの孫娘も、うみちゃんのこと可愛い妹みたいって言ってるから遊びに来てね」

「はーい!」


 アパートを出てすぐ会った大家と雑談をして、駅前の商店街に向かう。顔馴染みになった店をいくつか巡る。

 ずっと住んでいたにも関わらず、昼間の商店街がこんなに活気があるのはうみが来るまで知らなかった。

 しかも安い。助かる。


「ケント! ジャガイモおまけしてもらったよ」


 八百屋の店主からおまけをたくさんもらって嬉しそうなうみ。重そうな荷物を預かる。


「ありがとう。ケントは優しいね」


 嬉しそうな顔がはにかんだ笑顔に変わる。うみは頬を赤らめ、俺を見上げる瞳はキラキラと輝いている。

 可愛いなぁ。おい。


「あっ、あっ、そうだ! 今日はケントの好きなひき肉いっぱいのコロッケをたくさん作るよ! いっぱい食べてねケント」


 うみは料理を覚えて俺の好物ばかり作ってくれる。

 うみといると心が浮き立つ。

 タコの言う繁殖はさておき、好意を向けてくれるうみと暮らすのは悪くない。


「えっ……ケント……って賢人?」


 そんな事を考えてる俺の背中に声をかけられた。振り返るとそこにいたのは大学時代の友人だ。あの日まで同じ夢を追いかけていた。


「よかった! 外に出られるようになったんだな!」


 俺に向けられた明るい声に、浮き立った気持ちは底まで沈んでいった。



 俺は就職してすぐ交通事故にあった。頭を打って手術はしたが命に別状はなかった。


 言葉にすればそれだけだ。


 その手術が原因で潜水士として海に関わる仕事をする夢が断たれるとは思わなかった。

 退院後他の部署に回されたけれど、夢と異なる仕事に俺は馴染めずに退社し大学時代から住んでいるアパートに引きこもった。事故の慰謝料で細々と食い繋いでいるだけだった。


 現実離れした出来事に翻弄されて考えないようにしていただけで、俺は社会人失格だったのを思い出した。

 


 うみが来てから片付けるようになった布団は再び敷きっぱなしになった。

 うみから買い物に行こうと声をかけられても、買い物はうみに任せきりで俺は外に出ることもなく、ずっと横になっていた。

 タコはもう繁殖しろと言ってこない。


 ドアが開く音がする。


 買い物に出掛けていたうみとタコが帰ってきたのだろうか。


「ケントー! 帰ったよ」


 目は覚めていたものの返事をする気力がない。


「寝てるのかな?」


 独り言のように呟いたうみは、買い物を冷蔵庫にしまうために玄関入ってすぐのキッチンに留まり、部屋には入ってこない。


「おい。ジャ・ユピピラバ・ピヒト。わかってるのか」

「ジャ・ユピピラバ・ピヒトって呼ばないで。うみにはもう『うみ』って名前があるんだよ」

「そんなのはホモ・サピエンスが勝手に付けた名前だろ」

「ケントのことホモ・サピエンスって呼ばないで」


 俺が寝ていると思い込んでいるのか、うみとタコが揉めている。うみはタコに言い返すようになっていた。


「いいか。ジャ・ユピピラバ・ピヒト。お前は絶滅危惧種だ。この旅は遊びではない。お前らの繁殖が成立しない間に別の星にお前の近似種がいるのが見つかったんだ。そちらの星は水に覆われていて、お前の繁殖地としても適している。いつまでもそこのホモ・サピエンスにこだわる必要はない。他の星に行くぞ。わかったな」


 寝たふりをしていた俺の体はタコの言葉に反応する。掛け布団の衣擦れに、うみとタコの話し声が止まった。

 変な沈黙に嫌な汗が吹き出る。


 お願いだ。他の星には行きたくないって言ってくれ。


「わかったよ」


 俺の願いを打ち砕くうみの言葉に胸が苦しくなった。


 そうだ。うみはタコに連れてこられただけだ。

 うみから感じる好意は俺の独りよがりな思い込みだ。

 俺にだけじゃなく、大家の婆さんにも商店街の店主たちにも愛想がいい。

 俺にだけ向けられた笑顔じゃない。


 だからって、いいのか? このままだとうみは別の星に連れて行かれるんだぞ。

 重たい体を起こす。


「うみ……」

「ケント……」

「うみ、別の星に行くのか?」

「聞いてたの?」

「うみ──」


 バタンとドアが閉まる。

 うみは俺の言葉も聞かずに部屋から出て行ってしまった。



「ただいま」


 うみが帰ってきたのは翌日の朝だった。

 夜中なかなか帰ってこないうみを探しに行ったが、うみの行く場所なんてわからない。それなのにタコは「我はあのジャ・ユピピラバ・ピヒトが居る場所はわかるし危険があれば情報が届くから問題ない」と気にも留めない。特殊能力なのか、それともGPS的なものでもつけているのだろうか。宇宙のことはよくわからない。

 うみの行方がわからず心配で寝られなかった俺は、一つの計画を立てていた。


「おかえり。その、帰ってきて早々に悪いんだけどさ。出掛けないか」

「え? 買い物?」

「いや。その……デートだ」

「デート?」

「行くぞ」


 俺は帰ってきたばかりのうみの手を引いて家を出ようとする。

 善は急げだ。


「待ってケント!」

「あ、ごめ……うみの気持ちも聞かずに先走って」

「違うの! ケント、待って! 着替えるから」


 十分後、現れたのはスカート姿のうみだった。



「昨日大家さんちに泊めてもらったの」


 電車に乗り込む。うみには昨日帰ってこず心配していた事を伝える。


「そうか」

「大家さんからいつものお手伝いのお礼って大家さんのお孫さんが着なくなった服をもらったの」

「そうか」

「大家さんの家族とファッションショーをしたんだよ。これが一番似合う服だったの」

「そう……」


 なにかいいたげに見上げる瞳はよく見ると真っ黒じゃなく、ピンク色が光る。


「似合うよ」

「よかったぁ」


 弾けた笑顔を見て、俺はうみの手を握り締めた。



「着いたよ」

「ここは?」

「水族館だ」

「すいぞくかん……」


 怪我をした後、海に関するものから離れたくて一度も来ていなかった場所だ。

 チケットを買って中に入る。


「懐かしい……」


 いくつかの水槽を回ったあと、たどり着いた大水槽の前からうみは動かない。客の少ない平日でよかった。

 ぬいぐるみに擬態したタコも耳のようなヒレをピンと立て、興奮しているのがわかる。


 以前タコから、うみたちは水に覆われた星に僅かにある小さな陸地の沿岸に住み、水に潜って魚を捕まえて暮らしていたと聞いていた。


「ジャ・ガバ・ラディルは水に覆われた星なんだろ? 似てるんじゃないかって思ってさ」

「うん!」


 予想通り水族館はうみにとって故郷に似ている景色だった。


「だから、ここに連れてきてくれたの?」

「ああ」

「ありがとう。ケントはやっぱり優しいね」


 はにかむようなうみの笑顔が俺に向けられる。

 たまらず俺は大水槽の前でうみを抱きしめる。


「えっ! なに? ケント! どうしたの?」

「うみ。他の星に行かないでくれ。地球にだってうみの故郷に似た場所はある。うみのためなら水族館でも海でも連れて行ってやるから……だから……」

「えっ」

「うみ好きだ。その、俺ちゃんと働くから、だからその、俺と結婚してくれないか?」


 耳元で囁く。


「えっ? ええっ⁈」

「やっぱり水に覆われている星の方がいいか? それともまだ働いてもないくせに結婚なんて無責任に思うか?」

「ちょっと待ってケント! どういう事?」

「昨日タコが他の星に行くって言ったら、うみがわかったって……だけど、俺はうみが他の星に行くなんて耐えられない。だから結婚するしか方法はないと思って」

「あの……」


 抱きしめたうみは真っ赤な顔で俺を見上げている。


「昨日他の星に行くって言われて……ケント以外は嫌だから、その……」

「ん?」

「だから、ケントを誘惑しようと思って……」

「ん? ん?」

「いつもお世話になってる大家さんちのお孫さんに、どうしたらいいか相談しに行ってたのっ!」

「……えっ。ええっ!!」


 真っ赤なうみは小声で叫んだ。


「おーまーえーたーちー。俺を潰す気か?」


 真っ赤になった俺たちの間で潰されて、茹でダコみたいに真っ赤になった宇宙タコがいた。

 



 ──そうして俺は今も、うみと暮らしている。


「ママ、水族館たのしみだね! はやく行こう!」

「待って! ママのお腹には赤ちゃんがいるから手を引っ張ったら危ないよ!」

「あっ! そうだった!」


 走り出そうとした子どもに注意をすると、慌てて立ち止まる。


「ねぇ、パパ。今日はタコさんいるかなぁ」

「どうだろうなぁ会えたらいいけど」


 宇宙タコは水族館の大水槽に地球と『ジャ・ガバ・ラディル』をワープゲートで繋ぎ、たまに俺たちを観察しに訪れている。

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