聖女の力はおしっこ(ポーション)でした

水守中也

おしっこがポーションになりました

 ――よし、無理。野ションをしよう。

 そう決心して路地に入ったあたしの目の前で、魔法陣が光っていた。



「……なにこれ」


 学校帰り。尿意を催したあたしは、潔く諦め普段入らない路地に入った。

 そこは開いた空間になっていて、アスファルトに魔法陣のような文様が描かれていた。しかもなんか光っているし。


「美崎?」

「――ひゃっ」


 背後から声をかけられ、あたしは飛び上がった。

 びっくりしたおかげか、尿意はぴたりと治まった。


「やっぱ美崎か。なんでこんなとこに?」

「……え、川上……くん?」


 まさかのクラスメイトだった。

 普段から「異世界行きて~」みたいなことを言っちゃっている男子だ。

 あまり話したこともないけど、見知らぬ人ではなくて、少しはほっとした。


「それより、これは……」

「ああ。これは異世界転移の魔法陣さ!」

「……は?」


 川上くんの熱弁によると、彼は「神様」と出会って異世界へ転移できる能力をもらったらしい。


「ただ発動には条件があるんだ。転移は人数管理されていて、向こうの事情に合わせて二人一緒じゃないと無理みたいで……」


「あっ、じゃあ――あたしが一緒じゃダメ?」

「え?」

「異世界――行きたいっ」


「あ。ごめん。つい。でもあたしこっちの世界にはあまり未練ないし。漫画で異世界憧れていたから……」


 両親のいないあたしは施設暮らし。高校に通わせてもらっているとはいえ居心地のよい環境ではなく、早く出たいと思っていた。学校でも現実逃避で、それ系の小説ばかり読んでいて、親しい友達もいない。

 なので、別世界に行けるのなら、行ってみたい。


「マジで? いやぁ助かるよ。どうしようか迷ってて」


 川上くんが無邪気に喜びの声を上げる。

 後で考えると、彼の妄想に真面目に乗っちゃったあたしもあたしだったけど、結果的には本当のことだった。 


「じゃあさっそく……戻れないかもしれないけどいいんだよね?」

「うん。おねがい」


 あたしはうなずいた。どうなるか分からないけど、迷いはなかった。

 

 突然、魔法陣が激しく光り出した。

 それはあっという間にあたしと彼の身体を包み込んで。

  

 気づいたら、さっきまでと違う、開けた場所に立っていた。



  ☆☆☆



「おー。これが異世界かぁ」

「……ほ、本当に……来ちゃった……?」


 街の中っぽい。どことなく空気がさわやか。召喚者の王様はいない。

 石畳に石造りの町並み。中世ヨーロッパというより、もう少し文明が進んで、現代に近い感じかな。

 馬車ではない車っぽいものが石畳の上を、人混みを避けるよう走っている。

 

 現代の世界と明らかに違うのは、その人混みの種類。がっしりした巨人みたいな人もいれば、大人っぽいのに子供のような背丈の人もいる。トカゲみたいな人?や、褐色エジプト猫耳ロリもいた。


 あたしと川上くんは、見慣れた制服姿だ。容姿も変わっていない。

 けどこれだけ色々な人がごちゃごちゃしているので、あたしたちも浮くことなく街に溶け込んでいた。


「そうだ。神様がこの世界で生きていくため、ランダムでスキルを授けてくれるって言ってたっけ」

「おお、スキルっ!」


 お約束である。

 あたしもさっそく確認しようとして、心の中で「ステータスオープン」って呟いてみたけど、なにも起こらない。


「……ん、これか。『鑑定士』?」

「かんていし?」


 でも川上くんの方は判明したみたい。


「いわゆるゲームのようなステータスは存在しないのか……美崎は何か見える?」

「ううん。なんにも」

「なるほど、てことはこれ自体が鑑定士の能力かな。普通の人には見えない『スキル』が見えるんだ。この能力のおかげで、この世界のこともなんとなく分かる。あ、レアアイテムドロップスキルも付いてた」

「へぇ」


 街を見渡す。

 看板の文字。明らかに英語でも日本語でもないけど、なんとなく理解できる。皆が喋っている言葉も不思議と聞き取れる。

 けど前の世界の、知識・常識が通じるかどうか分からない。

 そんな異世界で、何が何だか分かるというのは、すごく心強い。


「ねぇ、じゃあ、あたしのスキルは?」

「そっか。自分では分からないのか。えっと」


 川上くんがあたしをじぃっと見つめた。

 ちょっと恥ずかしい。


「あ。見えた。内なる聖女……ユニークスキルっぽいけど」

「聖女? なんかすごくない?」


 でも、内なるって何だろう?


「通常の聖女と違って、身体の奥底・深意識に聖なる力が秘められいる――だって。詳しいことはよく分からない」

「そ、そうなんだ……」

「でもこれ、ゲームみたいな設定だよな。本当に今の自分は「俺」なのかな。単にゲームの中に意識があるだけで、現実ではないとか?」


 川上くんが首をひねる。

 でも、はっきりしていることはある。


「ううん。たぶん、本物の世界と身体だと思う……」

「そう? 確かに頬をつねったら痛いけど、そういう設定もできそうだし」

「だってその……おしっこ……行きたい、から……」

「……え?」


 川上くんの目が点になった。あたしも恥ずかしくて頬が熱くなる。

 同級生の男子に「おしっこ」って言うのは恥ずかしい。


 でも余裕もなくなってきている。

 びっくりして尿意が止まったのは一時的だったみたいで、トイレに行っていない事実は変わらない。それが一気に戻ってきたんだ。

 

 意識してしまったら、本当にやばくなって――


「……んっ……やっ」

「美崎……本当に……」

「み、見えるの――?」


 彼は鑑定士。

 尿意レベルも、バレバレなのだろうか。


「いや見えないけど。ただ美崎の様子が明らかにおしっこ我慢している感じだから」

「……」


 ――そっちのほうが恥ずかしい。


「……ど、どうしよう……本当に、あたし……」


 きょろきょろと辺りを見る。でも異世界すぎてどこがトイレか分からない。

 川上くんが街の人に話しかけて何か聞いている。言葉は通じるみたい。


「この先に公園があって、トイレあるって。そこまで大丈夫?」

「う、うん……たぶん」


 あたしはうなずいて、しばらく歩いた――けど。

 公園につく前に立ち止まってしまった。


 もう……歩くこともできない。

 我慢しているんだけど、徐々にその感覚もなくなってきている。力をずっと入れ続けすぎて、出口がひくひくと痙攣しているのだけが伝わってくる。

 足は震えるだけで、動き出すことも、その場にしゃがみ込むこともできない。


「……ご、ごめん……やっぱ、無理……かも」


 ぎゅっと出口を引き締めているはずなのに――

 下着の中が少しずつ、暖かい「何か」が広がっていく。


 もう――無理っっ!


 とっさに前かがみになって、両手でぎゅっとスカートの上から押さえつけた。恥ずかしい格好をしているのは分かる。けどどうしようもなくて……


「やっ、な……なんで……我慢……しているのに……と、止まらない……」


 ひく、ひく、っという痙攣とともに熱い液体があふれ出る。

 必死に押しとどめようとしたけど、太ももまで液体の感触が伝わってきて、現実を受け止めた。


「いやぁ……やっ……み、見ないで……お、おしっこ……漏れちゃう」


 途中で止めようと思っても、もう力も入らない。


 ぽたぽた……ぴちゃ、ぴちゃぴちゃ……しゃぁぁ……

 恥ずかしい水音があたしの耳にも届く。


「……やだ……やだ……いや……ぁぁ」


 あたしは――

 川上くんの、クラスメイトの男子の前で、お漏らしをしてしまった。




「……うぅ……うぅっ」


 最悪だ。

 せっかく異世界に来れたのに、いきなりお漏らししちゃうなんて……


 下着もスカートも汚してしまった。

 足元には、自分でもびっくりするくらいの水たまりが広がっていた。


 なんて声をかけて良いのか分からないんだろう。

 川上くんはただごくりと息を飲んで、あたしを見ている。

 けど急に眼の色を変えると、興奮した様子で近づいてきた。


「か、川上くん……?」


 ほんの一瞬、あたしは身の危険を感じた。


 けど彼の行動はそれ以上のものだった。

 彼はあたしではなく、床に流れ落ちたおしっこに手を伸ばしたんだ。


「やっぱり……」

「川上くん、なにを……き、きたない、から」

「ハイポーション、レベル5.最高クラス。致死量の傷出血をも一瞬でふさぐことができる――」

「なに言って……」

「つまり、美崎のおしっこが、高レベルのポーションってことだ!」

「……は?」


 川上くんが興奮していた。

 あたしのお漏らしに興奮したんじゃなくて、おしっこの方に?

 性的というより――性能?


「って、ポーションってなにっ?」

「よし。試してみよう。たぶん、これだけ漏らしたら、パンツもぐしょぐしょだよね? ちょっと貸して」

「か、貸せるかぁぁっ!」


 あたしはとっさに叫んだ。

 けど川上くんは興奮した様子で、何を思ったのか近くの柵に目をやると、その尖がった部分に、思いっきり彼の腕を突き立てたんだ。


「ちょ――か、川上くん?」

「……っっ、あぁ、やっぱ現実的に……痛い」

「そ、そりゃそうだって!」


 うわっ。ち、血がすごく出てる。

 川上くんは顔を痛みで歪めながら、その傷ついた手をあたしに伸ばした。


「ご、ごめん。ちょっと触れるね」

「やっ、きゃぁっっ」


 こんな状況とはいえ、さすがにスカートの中に手を突っ込まれたら、悲鳴を上げてしまう。

 けど川上くんはそれ以上あたしの身体に触れることなく、傷ついた腕におしっこで濡れたスカートを巻くようにしていく。

 ぐっしょりとしたスカートに吸われたおしっこが、彼の腕に染み込んでいく。


 そのとたん、さっきの魔法陣のような光が発生し、包まれて……

 

 おしっこに濡れていたスカートが、嘘のようにカラっとなって、彼の腕の出血も傷もなくなっていた。


「ほら、これがポーションの力――」

「ほ、本当に治っちゃった……」


 さすがに実感する。

 けど。


「あ、あの、スカートから手を抜いてほしいんだけど」

「あ、ごめんっ」


 さすがに川上くんにも羞恥心があるようで良かった。

 と思ったら、なにやら近くのゴミ箱を漁りだした。

 そして持ってきたのは小瓶。栄養ドリンクの空き瓶みたい。


「まだパンツが濡れてるよね。絞ってこれに入れてくれる?」

「…………」


 やっぱりどつこうか。


「もちろん見ないから」

「あ、当たり前でしょっ!」


 ぱっと奪うようにとって、植木の影に移動する。

 そりゃお漏らししちゃったんだから下着はぐっしょり冷たいけど。

 恐る恐るスカートから下着を抜き取ると、全然おしっこ臭くなく、うっすら青い液体でぐっしょり濡れていた。


 本当にあたしのおしっこがこれになっちゃったんだ。

 てか、何なのよ、これ?


 さすがにツッコミを入れつつ、脱いだ下着を絞って小瓶に液体を垂らしこむ。

 小瓶におしっこ――じゃなくてポーションが満たされた。

 乾きやすい液体なのか、パンツの方も濡れもなくなったし、まぁいいか

 いまいち納得いかないけど。


「……はい。これ」

「おお、すげぇ。やっぱこれ、ポーションだ! そうか内なる聖女の「内」ってそういう意味か」

「……」


 本当に何なの、その恥ずかしすぎるスキル?


「助かった。これでしばらくは何とかなるよ」

「……なにが?」


 あたしが白い目で聞き返すと、川上くんが真顔で言った。


「お金」

「……あ、そっか」

「うん。俺たちはこの世界のお金を持っていない。まずはそれをどうにかしないといけないんだ」


 こういうときって、男の人が浮かれて女性が冷静で、ってのが普通だけど、どうやらあたしの方が「異世界」に浮かれていたみたい。川上くんの方が真剣に考えていたんだ。


 ここが現実なら食事もしなくちゃいけないし寝る場所も必要だ。

 それにはやっぱり、お金が必要。


「でもポーションってお金になるの?」


 元はおしっこということは頭の中から放り投げるとしても、RPGでポーションを売ってお金にするような機会はあまりない。


「うん。ピンキリだけど、このレベルのポーションなら、スキルで見た感じ、小瓶程度1本で、1000ゴールドにはなる。日本円の感覚で10万円」

「10万? す、すごい。これが?」


 この世界の相場は分からないけど、かなりの大金だ。

 でも確かにあんな血がたくさん出た傷を一瞬で治しちゃうくらいだし、入院治療感覚で考えると、妥当な金額かも。


「この世界に慣れるまでは危険な冒険に出ることもないし、これさっそく換金していいよね?」

「うん」


 けど、こっちの世界もそんなに甘くはなかった。

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