第8話

 第一階層・西の海岸。

 この浜では、カニが取れる。


 治安維持隊の遠征隊が旧市街を出発してから、一週間が経つ。

 そろそろ、レイさんたちは最前線に着くころだろうか。

 今思い返してみても、俺には3人の考えがわからない。

 いい人たちなのはわかっている。場所が場所だし、ただの人数合わせで誘ってくれたわけではないはずだが……。


「レイさんたち、どういうつもりで俺を誘ったのかなあ」

「デイモンのお力が必要だったのでは?」

「お力って、アンゼやディアのことをレイさんたちは何も知らないんだ。あの人たちは、僕が見習いの、平凡な冒険者であるということしか知らない」


 アンゼが首をひねった。


「デイモンは、十分お強いではありませんか。だからわたくしたちを使うことができているのですし」


 ディアが言葉を被せる。


「デイモン。我はまだデイモンに一度も使ってもらったことがないのだ! 久しぶりに力を振るいたいのだ!」

「振るいたいって……その、使うって言い方やめてくれよ。二人ってさあ、人の形をしてるし、人語も喋るし、結局、俺と変わらない人間なんだろ?」

「我は人ではないぞ? 剣だ」

「そうですよデイモン。わたくしたちは、すでに人間をやめています」


 ディアとアンゼが、なぜだか横目で見つめ合った。

 バチバチっとしたものを感じた。


「どうでもいいけど、かに、捕りにいかないの?」


 蟹といっても樽蟹バレル・クラブだ。

 たるのように大きいからそう呼ばれている。


「デイモン、あ奴らは何をやっておるのだ?」


 ディアが言っているのは、集団で海に潜っていく冒険者たちのことだ。


「あれは、多分より大きな蟹を狙うつもりなんだよ。ただの樽蟹バレル・クラブなら、ここで待機してるだけでいいよ、海から上がってくるし」

「デイモン! 我らもデカい蟹を狩りにいくぞ!」

「狩るって……無理だよ、俺は魔術が使えないんだ。海に潜るには、水の中でも呼吸ができるようになる魔法と、水圧に耐えられる魔法が必要だ。俺は魔法を知らない」

「ありますよ」


 アンゼがそう言った。


「え?」

「水の中で呼吸ができればよいのですよね、ありますよ?」

「アンゼって魔術使えるの?」

「はい」

「我も使えるぞデイモン! 破壊から身を守ればよいのだろう?」

「そうだけど……ディアも使えるの?」

「もちろんだぞ!」

「当然です」


 アンゼが右肩に、ディアが左肩に手を置いた。

 初め、半透明の白い球体に包まれ、次に半透明の黒い球体に包まれた。

 半透明の、白と黒が入り乱れる球体に包まれた。


「いくぞデイモン。今夜は食い放題なのだ!」

「蟹を打ち上げるのは得意ですから」

「得意って……うわ!」


 瞬間、もの凄い勢いで足が浜を離れる。俺は、空高く飛んでいた。

 上空を飛び、弧を描きながら落下し着水する。

 海の中へ潜った。

 澄んだ海は遠くまで見渡せたが、上空を飛んだ際と同じ速度で潜り続け、辺りはすぐに暗くなった。


「海の底につきますよ」


 しばらく潜り続け、ようやく足がついた。

 深海の闇に心が攫われそうになるも、隣を見るとアンゼとディアがいる。押し寄せかけた恐怖が、すーっと引いた。

 息ができた。深海にいるのに、地上にいるみたいだ。耳が痛いってこともない。


「デイモン、いたのだ!」


 ディアが指差す方向に、とんでもなく巨大な蟹が歩いていた。

 教会の屋根くらいの高さがありそうだ。

 アンゼが言った。


「デイモン、あの蟹を地上へ打ち上げます」

「う、打ち上げる?」

「はい。地上に出たら、お願いします」

「お願いしますって言われても……」


 あんな大きな魔物モンスター、俺に倒せるかどうか……。


 アンゼのかざした手の平から、白い光が飛び出た。

 光線は、まっすぐに蟹へ向かって飛んだ。足元から真下に入り込み、蟹が見る見る海上へと持ち上がっていく。


「デイモン、行きますよ」

「我がとどめを刺すのだ!」


 両肩に二人の手を添えたまま、俺の体は海上へと蟹を追いかけていく。

 しばらくして海に出る。

 光線が、蟹を浜に運んでいく。そのあとを追う。


「ディア、デイモンを頼みますよ」


 アンゼが光に変わり、俺の右手に収束し白い剣になった。

 視界から白い球体が消え、ディアが形作る半透明の黒一色となった。

 浜に向かって落下している蟹に向かって飛んだ。振り向くと黒い稲妻の道筋が見えて。

 右手の剣が震えた。アンゼが、剣の振るい方を教えてくれているように感じた。

 落下する直前に、蟹に追いついた。剣は、白い光を纏っている。ディアの生み出す勢いにのせて振り下ろした。

 蟹は真ん中で両断され、浜に漂着する。砂埃が舞った。


「我がやると言ったのに! アンゼばっかりずるいのだ!」


 浜に下りると、アンゼが人型に戻る。


「デイモン、すべて持って帰りますか?」

「アンゼ!」


 怒るディア。アンゼは、溜息をつく。


「深海は闇の世界。この蟹は闇を帯びています、ディアの稲妻では斬れなかったのでは?」

「……確かに」

「蟹が闇を帯びてる?」

「大した話ではありません。この蟹はどうしますか?」

「……この量は持って帰れないだろう。少し早いけど、ここで夕飯にしよう」


 俺たちは手分けして鍋の準備を始めた。

 浜で夕飯を食べることを想定して、持ってきていたものだ。



 ▽



「美味なのだ!」


 ディアが豪快に蟹の身を食す一方で、アンゼもおしとやかに「おいしいですね」と食べている。

 多分、足一本くらいでお腹いっぱいになるだろう。

 ほどほどにして、真二つになった蟹の頭をどう調理しようか考えていた時のことだ。


「デイモン、海から誰か上がってきます」


 冒険者が3人、海から上がってくるのが見える。

 さっき海に入っていった人たちだろう。急に足早になり、こちらに近づいてくる。


「な、なんだよこのデカい蟹は!……って、デイモン?」


 俺のクラスメイトだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る