神の不在証明

女子高生

全知全能の私



 私は神になりとうございました。

世界に不信を憶える前から、神社や寺なんかへは祖母に腐るほど連れていかれていたものですから、神や仏が私以外の生命体として、或いは空論として在することは承知しておりました。神秘を纏った凍てつく冷気が鼻腔を満たしたとき、境内の砂利を踏みしめる私の先に神が確かに居るのだと本能で感じさせられたものでございます。神と私は分離した生命だったのです。生まれてはじめてあまりに酷なその事実を認識した時には、心の底から根強く生えていた己の自意識が根元からぽっきり折られたことをよく覚えております。世界の頂は、全知全能の神とは、私を称する言葉ではなかったのでございます。


田舎の地主の家に生まれた時から、私は蝶よ花よとそれはそれは大層甘やかされ、可愛がられて心身を肥やし、己が神でない可能性など微塵も疑わずに太々しく育ちました。幸か不幸か、私は生まれつき器用にございました。学業も、書道も、人間付き合いも、三つ上の姉よりすべて上手くできたもので、私が論文やら絵画やらで賞を修める度に姉が夜な夜な一人で咽び泣いていることを私は知っておりました。恨みつらみで湿った空気が壁を伝い、ひしひしと私の部屋に流れ込んでくるものですから。彼女は、己より優れている妹を赦せず、それ以上に不出来な己を赦せなかったのです。人情を察するなんてことも幼き私にはよくできました。姉は月並みで凡庸な努力を重ね、独りで足掻いているというのに、私は生まれてこのかた一度もそんなものを重ねた覚えがありません。少し、己の才能を憎んでみました。無様な姉を不憫に思うが故に。


 私は両親に言われるがまま街の中学校を受験いたしました。国で五本の指に入ると言われる難関校ではございましたが、神本体でなくとも神に愛されている私のことなので何の懸念もありません。しかし神は私を祝福しませんでした。神に愛されるものは労せずとも愛される。故に私は、端から神に愛されてなどいなかったのです。あまりに無造作に、無関心に、無遠慮に、私は生まれてはじめての拒絶を受けました。姉に向けていたはずの侮辱の槍が、嫌悪の矛が、私の喉元を突き破り、己がただの凡人に生まれたことを胃酸の味と共に知りました。


それでも私は泣きませんし、折れませんでした。私の才能は勉学に限った話ではなかったからです。地元の中学校に進学した私は優れた成績を、けれども決して一番にはならない成績を修め続け、学級長や生徒委員長に貪るように手を出し、教師から、友人から、家族からの上っ面の賞賛を求めて独り闘いました。当時の記憶は朧げではございますが、今思えば孤独に泣いた夜もあったと思います。不合格のレッテルを貼られた後も、私は姉を小馬鹿にする嫌味な妹でございました。否、そんな妹を演じておりました。誰から見ても全知全能なはずの私の弱みが見えないよう、バレないよう。でないと、神に愛されない私はとても独りで立つことなどできなかったのです。


 己の無力さと才能に打ちのめされて折れた私が初めて涙を流したのは、姉が世間一般に高学歴と称される大学に合格した春のことでございました。桜前線と共に北上してきた生温い風が頬をくすぐる季節のことです。麗らかな笑みを浮かべる姉からその吉報を聞かされたとき、私は心が抉られました。これは何の比喩でも誇張でもございません。いっそのこと止まってしまえと思うほどの心拍が脳内に響き、冷や汗に濡れた前髪が厭に額に張り付いて不快でした。それでも私は震える指を黙って握りつぶし、歓喜と薄い妬みの入り混じった声で姉を称賛いたしました。幼少期の姉が、私にしてくれたように。これは、私が高校受験にさえも失敗し、反吐の出るような気分を腹の底に抑え込んで過ごしていた暗澹あんたんの春のことでございました。


神に愛されない才能が、月並みな努力に打ち負かされた瞬間です。姉は神からの愛など求めず、己の力で選民となりました。そして姉は、報われることのなかった幼少の自分を己の努力で救い上げ、自分を自分の愛で満たしたのでございます。幼き私は神を敬愛、崇拝し、確かに神に愛されておりました。しかし二度も神に拒絶されてしまえば、私はもう立ち上がれません。諦念、怨恨、私の心は蝕まれているのです。



今でも私は、独りで神にしがみついて泣いている。

神に愛されなかった自分を、未だ愛せずにいる。



ああなんだ。

神とは、惨めな自尊心の別名に過ぎないのか。








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