第28話
馬車は行き先を王都から赤狼の森へ変えた。
カミキリさんが知っていたが、ブラッディーウルフの大体の住処はパールさんが知っているほど有名らしい。
部屋の中にはただの沈黙が流れていた。
カミキリさんが黙ってしまったからだ。ありえんありえん、どういうことじゃ。そう言ってソファーにも座らずうろうろしている。
パールさんは話についていけずお手上げ状態だ。時折カミキリさんを恨めしそうに睨んでいた。
ユリちゃんは今更マサオを祭壇に置いてきてしまったことを後悔していた。俺たちには大ごとではない。だが女神大聖堂にとっては、つまり女神は病魔人対策として召喚されたものである可能性が高い。ただユリちゃんの知識は欠落していた。
カミキリさん曰く、女神大聖堂とは病魔人対策として設けられた機関だ。だがユリちゃんは「病魔」という単語は知っていても、「病魔人」という単語は理解していないみたいだ。おとぎ話程度だった。つまり病や呪いにかかってしまった者を表す際の隠語として「病魔人」というのは、これまでに聞いたことがあったかもしれないが覚えていない。
カミキリさんは現時点では女神大聖堂も信用ならないと結論付けた。
なぜなたオクムラは、随分前から遺跡の外に出られた可能性があるからだ。
カミキリさんが「思うに――」と話し始めた。
「ラニアスが不貞を働いた可能性がないではない」
一瞬意味が分からなかったが、「不貞」という言葉が頭に残る。
「不貞ってどういう意味ですか?」
「思い出したのじゃ。実は現在の王妃じゃが、あれは国王の二人目の妻である」
「……一人目はどうしたんですか?」
「丁度12年前に亡くなった。斬首刑でな」
「え、死刑?」
「罪はギドラ人に加担した事だと、当時王自らが告発しておったはずじゃ。セロリンの王は暴君ではないが、王というものはいささか常識の通じぬところがあり、妻をとっかえひっかえする事など歴代の王も慣習のようにやっていたことじゃったから、儂も深くは考えなんだ」
それは丁度ギドラ殲滅の最中だ。
「そして国王の長女にして第一王女レナトゥーレ・セロリンじゃが、彼女は行方不明から死亡扱いになっておる。最近王位継承権第一位にあった長男のシュリンプ王子も行方不明となったらしいが……まあそれはよく分からん。現在、セロリン王の子供は一人――第二王女のアメリア王女じゃ。シュリンプがこのまま見つからずに死ねば、王亡き後はアメリアが王位を継ぐ以外ないな」
「アメリア王女って歳はいくつなんですか?」
「確かお主と同じじゃったはずじゃ……レナトゥーレと5つ違いじゃから、今は17歳か? レナトゥーレは生きておるなら22のはずじゃ」
「……そのくらいの歳だったように思います。少し大人びてましたけど……ちょっと待ってください。ってことは俺って王族なんですか?」
「なんでそうなるんじゃ」
「だってレナトゥーレはセロリンの王女なんですよね? 彼女が俺の姉なら、俺は王子……」
「お主、ちとアホじゃの。お主はラニアスの息子じゃ。ラニアスもお主の母親もギドラ人じゃった。お主は王族ではない、紛れもないギドラ人じゃ間違いない。おかしいのはレナトゥーレじゃ。そもそもレナ王女であることすら疑わしい。だが珍しい名前ゆえ、安易に違うとも言えぬ。じゃがお主の姉というなら、レナ王女はギドラ人ということになる。問題はむしろそっちは」
カミキリさんの推理で一つ思い出した。
「そういえばレナトゥーレも【
カミキリさんは背中から倒れるようにソファーに座った。
まるで角笛のような豪快な溜息をつき、「それを先に言わんか」とソファーに埋もれた。
一体どうしたというのか。
力んでいた顔は急に疲れたようにたるんだ。全身の力が抜け落ちているようだ。
「カミキリさん?」
「【
「……どうしてですか?」
「あのアホが不貞を働きおったのじゃ。それでまず間違いないじゃろう」
「そういえば、さっきも言ってましたね」
「これをお主に話さねばならんとは。墓場に持っていくつもりじゃったのに……息子が生きていたとなれば尚更じゃ。お主も親の下品な過去など知りたくはないじゃろう」
「言っている意味が分かりません」
「ラニアスは昔から手癖が悪かった」
「手癖?」
「女癖が悪かったんじゃ」
喉まで答えが出かかっている。
カミキリさんが呆れた表情で答えを言った。
「レナトゥーレはラニアスとセロリンの第一王妃との間に生まれた子供じゃ」
ギドラ人への加担とは、ギドラ人ラニアスとの姦通。
さらには子を孕んだこと。
よって王妃は死刑。その後。ギドラ人との間に生まれた王女レナトゥーレは行方不明……。
「出来過ぎているがそう考える以外にない。なによりレナトゥーレは【
「間違いないです」
「ということは、そういうことじゃ」
カミキリさんはソファーに横になり「しばらく寝る」と言って目を瞑った。
寝返りをうちこちらに背を向けた。
ロードリーさんと目があった。
「た、たくましいお父上ではないか」
パールさんが必死に難しい顔をしている。
「つまりどういうことですか? なんで女王がシンクさんのお姉さんなんですか?」
俺の目はきっと死んでいる違いない。だが今ばかりはどうでもいい。このまま記憶も戻さずにどこかへ旅立ってしまった方がいいんじゃないか。
ロードリーさんへ返す言葉がない。
レナトゥーレは俺を慕っていたが、かつて俺も彼女を慕っていたのだろうか。
腹違いの姉か……。
カミキリさんが寝返りを打たないまま「もう一つ思い出したことがある」そう言った。
「……なんですか」
できればこれ以上何も聞きたくなかった。
「お主が腰にたずさえておる、その仕込み杖じゃがな」
「父親の物だそうですね」
「……知っておったのか」
しまった――とでも言うようにカミキリさんの声がしぼんだ。
「オルギエルドさんから聞きました」
「会ったのか?」
「お知り合いですか?」
「弟子じゃ。ラニアスと同じ公爵家に仕えておった。特にラニアスとオルギエルドは公爵家に好かれておった。その黒鞘は次期当主から送られた者じゃ」
カミキリさんはやはりこちらへ振り向かない。
「奴は元気にしておったか?」
「人喰いでした」
「……」
「当時からそうだったんですか?」
「……当時は人間じゃった。おそらく儂の書斎から書物を盗んだのじゃろう。あれほど言うたはずじゃが……」
それ以降カミキリさんは喋らなくなった。
よく分からないが、俺の父親もその周囲の奴らもめちゃくちゃな奴らだったようだ。
〇
エリンギン王国領からセロリン王国領へ入り、そこから数日かけて赤狼の住処であるらしい森へ到着した。
通常で馬車でさえ森へ入ることはできないというのに、女神専用の巨大馬車で通れるはずはなかった。
馬車を下りた俺たちは馭者を残し森へ足を踏み入れた。
ケイデンスの森を思い出す。あのころは森だけが誰にもバカにされない唯一の空間だった。
カミキリさんは少々乗り気ではない。
「女王が全くの別人であることを祈る」
ラニアスという人物の記憶がない以上、俺に親はいない。
だがカミキリさんは違う。
その足取りは遺跡でみせた身のこなしを失っている。このメンタルが弱そうだ。一歩一歩が不服そうに感じた。
そこから何時間と歩き続け、俺たちは森の最奥へとたどり着く。
気配が変わると目の前に一匹のグリムが立っていた。
全員が足を止めた。俺たちは無言で対峙する。
カミキリさんが堂々と対応した。
「女王に会いに来た。儂の隣におるのはシンク。女王の肉親だ」
「話は聞いている。だが女王は留守だ」
「留守とな?」
「人喰いと共にケイデンスへ向かわれた。直に我らもそちらへ向かう」
カミキリさんが俺を見た。
おそらく同じこと思ったはず。その人喰いとはオルギエルドさんではないだろうか。
カミキリさんは丁寧にお辞儀した。俺たちは背中を向け立ち去ろうとする。
グリムが呼び止めた。
「記憶が戻ったことを確かめよとの命を受けている」
グリムは俺を見ていた。
「何も思い出せない」
「では遠慮願おう」
「そうはいきません」
「女王の命令は絶対だ」
「状況が変わっても?」
「何の話だ」
「病魔人が蘇りました」
グリムの目が強く見開いた。
カミキリさんは話を付け足す。
「エリンギン王国を中心に広がっておる。スバラの町は食われた。直に周囲の町や村も食われ、被害は王都に及ぶであろう。セロリン王国も無関係ではない。被害はすでに起きたと聞いている。ここもそのうち」
「分かった」
グリムは言葉を被せ納得した。
そしてブラッディウルフの背に俺たちを乗せ、このままケイデンスへ向かうと言った。
その方が早いのだという。
ユリちゃんは下で馬車を待たせていると言うと、ロードリーさんが俺にどうするか決めろと言った。
「……乗せてもらいましょう」
「では私は馬車に戻ります」とユリちゃんが言った。「私はエリンギンの王都に行きます」
カミキリが険しい顔を向けた。
「戻らぬ方がよいぞ」
「分かっています。ですが本部へ戻らなければなりません。他の修道者と合流しなければなりません。女神を失ってしまったことも伝えないと……」
たった一度の依頼での付き合いだ。
だが道中色々と話しもして、それなりに距離も縮まった。
名残惜しい部分はあったが、俺は少しでも早くケイデンスへ行かなければいけない気がしていた。レナトゥーレに会わなくてはいけない気がする。
ひとまずの別れを告げ、ユリちゃんは下山した。
グリムに連れられた先には4人分のブラッディーウルフが待っていた。
それぞれ、人を一人乗せられるくらいに大きい。
失礼しますと挨拶して跨る。グリムが遠吠えを響かせると、さらに数体のブラッディーウルフ、グリムが姿を現した。
「これよりケイデンスに向かう。女王の客人を護衛しろ」
人型だったグリムたちはもりもりと姿を変え、ブラッディーウルフを優にこえる大きな狼となった。
ロードリーさんがパールさんに「振り落とされるな」と注意を促した途端、ブラッディーウルフは走り出した。
俺たちが歩いてきた反対方向の林道を抜け、体感にしてものの数分で森を抜け広野に出た。
徐々に慣れてきたパールさんが手を振っている。
ロードリーさんが笑みを浮かべている。
カミキリさんは慣れた風に物静かな表情をしていた。姿勢がいい。
馬車なら三日かかった道のりだ。
それを一日半かけて、ブラッディーウルフたちはケイデンスへと辿り着く。
パールさんが喜びを表すように指差した。
「見えてきました!」
だがその直後には、笑顔は困惑していた。
ロードリーさんや俺も戸惑った。ブラッディーウルフやグリムたちは足を止めた。
カミキリさんが「忘れておった」と語り始める。
「ケイデンスは、病魔人の生まれた地じゃった」
ケイデンス全域から火の手が上がっていた。
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