第27話

 腐浮ふう印飼いんかいとは聖兎飼せいとかいに含まれる治安維持組織だという。

 カミキリさんはそこに所属する一介の兵士であるそうだ。

 あの強さでただの兵士というのは奇妙だが、何か理由があるのだろうと一先ず納得しておいた。

 スバラへと向かう馬車の中、問題はそれではないとカミキリさんは病魔人について説明する。


「すでに人間の中には病魔人の血が流れとる」


 どういうことかとロードリーさんは訊ねた。


「そうでない者もいる。いつからか我ら人間の遺伝子は奴らに侵蝕されていたのじゃ。それに気づかず何世代にもわたり子孫を築き続けた結果、人間の多くはすでに病魔に侵されていると知った。これを取り除くことは不可能。知るすべは感染するしかない。病魔人の血族である人間が感染すると、隠れていた人格が芽生え覚醒者となる。つまり病魔人となるという訳じゃ」

「人間である場合はどうなるのだ?」

「人間のままじゃ。だが確かめようがない。確かめるには覚醒を待たなければならず、しかし覚醒させる訳にはいかない。覚醒者はみなオクムラのように強い。かつてはギドラ人がいたために人間は滅びずに済んだ」


 それで変化した者は殺す以外にないという考えが定着したのだという。

 しかしかつて定着したその考えも、今の世の中では衰退しているとカミキリさんは言った。


「病魔人と人間の戦いが単純な対立構造ではないと気づいたギドラ人と人間は、病魔人の司令塔であるオクムラをあの祭壇に封印し、世間から病魔人の痕跡を消した。戦争をなかったことにしたのじゃ」

「……なぜですか?」


 仮に事実のままに公表していれば、その後の人の世は争いで溢れただろうとカミキリさんは言った。


「バーで偶々隣に座った人間、路地ですれ違う人、店の店員、宿屋の店主……誰もが人間の見た目をしている。だが中身は病魔かもしれん。いや、むしろそれは自分かもしれない。一度疑えばきりがない。答えは感染してみるまで分からん。怯えた人間は得てして何よりも恐ろしいものじゃ。人は環境さえそろえば誰しも人を殺せる。容易に残酷にもなれる」


 知らなければ誰も興味を持たない。

 病魔人が起因する争いは起こらない。

 病魔人の存在は、一部の人の記憶の中でおとぎ話のように受け継がれているという。


「大きな戦いではなかった。期間も短いものじゃった。だが関わった者の数は知れず……完全に取り除くことはできないと悟った。だが病魔人は消え去り、一応の安寧が訪れる」


 カミキリさんは鼻息を漏らす。

 だが「それでは終わらなかった」と言って俺を見た。


「お主とはラニアスが公爵家の執事を任されていた時に知った」

「ラニアス?」と聞き返した。


 カミキリさんは目を細め、俺の父親の名前だと言った。


「覚えておらぬのか?」


 思い出そうとしてみたが、まったく記憶にない。

 俺は首を振った。

 不思議がるカミキリさんは今までどこにいたのかと問う。

 ケイデンスにいたころの話をした。


「孤児院の前に捨てられていたと、小さいときシスターから聞いたことがあります。周りが自分と同じような子供ばっかりだったんで、別に親がないことに疑問は持たなかったし、それ以上を知ろうとも思いませんでした」


 ロードリーさんが「孤児だったのか……」と顎を撫で言った。

 俺と目が合うと慌てたように、前々から出生について気になっていたと話した。


「初級魔術しか知らない割に、戦闘になると誰よりも強くSランクすらもしのぐ。知りたくならない方がおかしいだろ。そんな者に会ったのは初めてだった」

「ギドラ人の間では珍しいことではない。だがその有り余る強さが、平和な世界においては恐怖となったのじゃ」

「どういうことですか?」

「セロリン王国とエリンギン王国は昔から仲が悪い。セロリンが他種族至上主義国であるのに対し、エリンギンは人間の国は人間だけのためにあるべきだという思想を掲げているからじゃ。王都に近づけば近づくほど、その思想は強まっていき人間以外の種族はいなくなる。だがそんな二国も病魔人を前にしたその時は手を組んだ。終戦を迎え、もうこの先に手を取り合うこともないじゃろうと思っておった。儂は平和ボケから、いずれは人と人がなんたらかんらと……口にもしたくないがそんなことを願ったものじゃ。じゃが二国はあくる年、最悪の形でまた手を組んだ。それがギドラ殲滅戦じゃ」

「ギドラ殲滅戦?」


 ギドラ人を一人残らず滅ぼすための戦いであったらしい。

 今から12年前にあったそうだ。つまり俺が5歳のときだ。


「元々はセロリンの一部に暮らすギドラ人じゃったが、終戦を期に二国の平和を願い架け橋のような役割としてエリンギンとセロリンに散らばり暮らしていた。じゃが虐殺された。彼らは戦闘以外では温厚であったから、その隙をつかれたのじゃろう。二国の共同作業に対し、すべてのギドラと意思の繋がったギドラ王は呆気なく降伏した。戦おうともせず、全ギドラ人に自決するよう命じたのじゃ」

「なんでそんな……・」

「分からぬ。死の間際、儂はギドラ王の隣にいた。最後に王の首を刎ねたのは儂じゃ。だからすべて知っておる。じゃがそれだけはいまだに分からん」

「カミキリさんが殺した?……俺の父親は」

「ラニアスは虐殺の最中にお主を連れて逃げたと聞いた。その後どうなったのかは分からんが死亡扱いとなっておる。母親は殺されたそうじゃ」


 俺の知らない俺の記憶。

 だが何か腑に落ちない。

 かつて人間を救ったギドラ人。彼らは温厚な種族だったとカミキリさんは言った。きっと人間に対して有効的だったはずだ。王の命令だからと言って、そんな英雄的な種族を殺すっ……それも皆殺しになんてできるのだろうか。


「誰も、何も疑わなかったんですか? ギドラ人は英雄だったんですよね? だって病魔人は、ギドラ人にしか相手ができない訳で……」

「お主の言いたいことは分かる。当時、儂は聖兎飼いではなくエリンギン王国に仕えておった。儂にも同様の指令が下った。儂と同じように虐殺の命を受けた愛国者たちの表情はいまだに忘れん。誰もが目を見開きギンギンにたぎらせておった。そこに見えたのは恐怖じゃ。

「恐怖……なんで」


 覚える必要なんかないはずだ。

 むしろギドラ人は人間にとって英雄だ。


 俺はいつのまにか自分のことのように思い、話に夢中になっていた。

 体が熱い……。


「人間がギドラを殺せた理由はシンプルじゃ。ギドラ殲滅の命を受けた者は儂を含め、誰もが病魔との戦争から生きて帰還した者たちばかりじゃった。召集を受け、戦争の英雄たちが夜の広野に集まった。するとそこに王自らが顔を出した。同時刻、セロリン王国でもここと同じ光景が広がっているだろうと前を置きし、王は儂らに問うた――なぜギドラ人の目が赤いか知っているか、と」


 エリンギンの王と同じように、セロリンの王も人間の英雄たちに同様の質問をしたのだろうとカミキリさんは言う。


「それはギドラ人が病魔そのものだからだ――王は儂らに言った。戦いは終わっていないと」


 そしてギドラ殲滅戦は始まったそうだ。


 ロードリーさんに声をかけられ、はっとして顔を上げた。

 目が赤くなっていたらしい。


「顔が怖いぞ」


 ロードリーさんとパールさんが苦笑いしていた。

 記憶がないのに怒りだけが湧いてくる。

 カミキリさんと目が合うと逸らされた。


「ゾンビはただの人間じゃったもの。覚醒してこそ病魔人となり、覚醒後、瞳は白目が消えタールのように黒くなる。それが病魔人の目じゃ。赤は病魔人のものではない。むしろ人間のものと言える。それにギドラ人の瞳は単純な赤ではない。瞳の中にはっきりと魔法陣が浮かんでおる。よく見れば誰がゾンビで誰がギドラ人か分かったはずじゃ。じゃが恐怖が鈍らせた。それほどに病魔人は人間にとって恐怖だったのじゃ」


 それからしばらくして馬車はスバラの町の傍で止まった。

 馭者の困惑した声が聞こえた。


「旦那様方、町から煙が上がっております!」


 俺たちは馬車の屋根に出た。

 バカでかい馬車の屋根には全員が上がれるだけの余裕があった。

 防壁が低く町の様子は比較的分かりやすいものだった。

 町の至るところから火の手が上がっている。煙が一つ見えるどころの騒ぎではない。町の正門から逃げ惑う人の姿が見えた。その後ろからずらずらと出てきたのはゾンビの大群だ。


「終わりじゃ……」


 遺跡にいたときカミキリさんが言った。

 町に戻ったらマサオが治療した患者の名簿をあらって、病魔に感染した者はただち殺す必要があると。もちろんユリちゃんは反対した。

 ユリちゃんは思い出したように「そんな……」と口を押さえた。


「聖堂の者、お主のせいではない。女神の力は感染に通用したはずじゃ。それはお主自身その目で見たからそう思ったのじゃろう?」

「……はい。マサオ様の力は本物でした」

「じゃがその中に覚醒者がいたのかもしれん。もしくは治療していない患者から広がったか……いずれにせよ、覚醒者がいると見た方がよさそうじゃ。ただのゾンビがこの数時間でここまで規模を拡大したとは思えん」


 カミキリさんは下に戻り、大声で馭者に引き返すよう指示した。

 全員が戸惑いながら部屋へ戻っていきカミキリさんを問い詰めた。


「カミキリ、町を見捨てるつもりか!」

「あの町には大聖堂があるのです!」

「ひどいですよ!」

「ひどいのはお主らの方じゃ。危機を前に人はもっとも単純な発想に陥る。もう一度聞くが、お主らそれで誰かを救ったつもりか? ん、どうじゃ、あの町へ飛び込んで誰かを救えるつもりか? 教育機関で教わった形骸魔術のような道徳を儂に押し付けるな。ゾンビの大群を相手にしながら覚醒者を相手にする恐ろしさをお主らは知らぬ。祭壇ではオクムラ一人じゃった。いま町に飛び込めばその比ではない。ロードリーと言ったな? お主の質問に答えてやろう。そうじゃ、儂は町を見捨てろ言うておる」

「今ならまだ救えるかもしれないだろう!」

「一か八かで救おうとするその精神を儂は偽善と呼ぶ、もしくはお人よしか。親切は余裕があるときにするものじゃ」


 歪んだ道徳観に唖然とするロードリーさん。

 カミキリさんは馭者へ早く馬車を出すよう怒鳴る。

 ひきつった返事がかえってきた。


「それから聖堂の者。女神大聖堂の本堂は王都にある、支部の一つや二つ壊れたところで何ともないわい」

「そんな……」

「それから巨乳のお主! 回廊から祭壇までずっと見ておったが、何かあるたびにこの魔女の背に隠れておったな。胸が隠れておらなんだぞ」

「はひっ!」

「頭隠して乳隠さずとはよう言うたもんじゃ」


 そんな言葉は聞いたことがない。


「乳と怖がりな性格をどうにかせよ」


 Uターンした馬車が町から離れていく。

 嵐のような説教が止み、カミキリさんは馭者に「王都へ迎え」と言ってソファーに腰かけた。

 3人は疲れたように同時にソファーに着いた。


 ふとあることを思い出し考えが過った。

 俺はカミキリさんを呼んでいた。


「ん、どうした?」

「王都に行くんですか?」

「国王にオクムラが外に出ていたと教えねばならん」


 俺は漠然ともっと優先すべきことがあるように思えていた。

 一連の騒動は随分前からエリンギン国内で問題になっていた。それはカミキリさんが二人の冒険者を利用して遺跡調査の依頼に潜り込むほどに。

 国は調査隊や職員を何度も派遣していた。

 ということは国王はある程度認知していたのではないだろうか。

 エリンギンの王は確かここ何十年変わっていない。

 戦争経験者なんだし、病魔人については、それを利用してギドラ人を裏切ることができるほどに詳しいはずだ。最悪の事態も考えているはず。


「姉に会いにいきませんか?」


 俺は何を考えているのか、そんなことを口走っていた。


 カミキリさんは神妙な顔をし、「姉?」と呟やくように言った。

 イライラと俯いていたロードリーさんが顔を上げ、「赤狼の女王のことか」と言った。


「前に言っていたな、女王が自分はシンクの姉だと言って迫ってきたと」

「迫ってはきたないです」

「え、シンクさん、あの女王の弟だったんですか!?」と驚くパールさん。


 そういえばパールさんに話していなかった。

 実際のところどうなのか真相が分からず、ロードリーさんに少し相談したっきりだった。


 カミキリさんが困惑した様子で言った。


「待ってくれシンク、姉とは何の話じゃ?」

「ですから赤狼の女王のことですよ。俺の姉らしいんです。そうだ、俺カミキリさんなら何か知ってるんじゃないですか?」

「それは……ブラッディーウルフを従えとるという人間の話か?」

「そうですけど……」


 カミキリさんの目がきょろきょろと宙を彷徨う。

 まるで何か考え事をしているかのように無口になった。

 しばらくして「そんなはずはない」と漏らす。


「お主には姉などおらん」

「え?」

「間違いない。ラニアスはお主を一人息子じゃとそう言うておった」

「……でも」


 確かに赤狼の女王は言った。

 それも切迫した様子で。俺にはあれが嘘だとは思えない。カミキリさんの話を聞いたあとだからなのか、記憶の中の女王の声がより真実味を帯びている。


「女王は言ったんです……私はレナトゥーレだ、覚えてないかって」

「今なんと言った」


 振り向くとカミキリさんがこれまでにないくらいに驚き震えていた。

 何か言いかけた言葉を忘れたように口をぽかーんと開けている。


「レナトゥーレと、そう申したのか?」

「……はい。そうですけど」

「それはセロリン王国の第一王女の名じゃぞ?」


 話が余計に分からなくなった。

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