第22話
教会に止めてもらった翌日、俺たちは子供たちやシスターに見送られながら教会をあとにする。
「巨乳のお姉ちゃーん、バイバーイ!」
「パールです!」
「すっかり気に入られたな」
「そうなんですよー」
ただ乳が気に入られただけだろう――とは言わなかった。
男子どもがエロかっただけだ。
ただ一番いやらしい顔をしているのはロードリーさんで、パールさんの人気っぷりに一人違った意味の笑顔を浮かべている。
子供たちへ手を振りながら、「双極の真珠か……それとも
この人の正体が金の亡者だったとは……。
〇
エリンギン王国領に入って最初の町――スバラに到着した俺たちは、馬車を預かり所に預け町をぶらぶらと探索していた。
「話ではここが女神召喚の中心地だということだ」
ロードリーさんの足取りに合わせやってきたのは、女神大聖堂の呼ばれる聖堂の前だ。
王宮の入り口のような門の向こう側には、白壁に包まれた円堂が見える。
その周囲は花畑だ。
「ここでマサオとかいう異世界人が召喚された訳ですか。異世界ってなんですか?」
「こことは違う別の世界から来たという意味だ」
「別の世界?」とパールさん。「そんなものがあるんですか?」
「あるらしい」
召喚魔法自体はロードリーさんも知っているとのこと。
ただ異界から生物を召喚する術は知らないという。
「エリンギン王国か、もしくは女神大聖堂特有の魔法だろう」
「でも女神が見当たりませんね。パレードも連日やってるって聞きましたけど、町は王都より閑散としてるし」
「町だからな。王都と比べればそうだろう」
人通りはある。
ただギルドで話していたエリンギンからの冒険者が言っていたほど、お祭り騒ぎという訳ではなさそうだ。
「飽きられたのかもしれんな。何しろ、おっさんなのだろう?」
そこでパールさんが「そもそも女神ってなんなんですかね?」と言った。
俺も知らない。
そもそも女神とはなんだ。
「この世の病のすべてを治療すると言われる神だ。太古の時代より、エリンギンでは人にそういった神を宿すことで病に打ち勝ってきたと聞く」
「女である必要ってあるんですか?」
「私もよくは知らん。イメージの問題かもしれない。男よりも我々女の方が病を治しそうだろ」
「そうですか?」
「ではパール。体毛の濃い中年太りのハゲが病を治してやると言ってきてたらどうする? 信じるか?」
「私こう見えて免疫力だけは自信あるんです!」
パールさんは誇らしげに言った。
面倒くさそうにロードリーさんは答える。
「仮定の話だ。お前がもし病弱だった場合どうする?」
「ううん……そうですねー」
「診察されるぞ?」
「診察?」
「そうだ。これ見よがしにお前のそのご自慢の胸は、これまでにないくらいに揉まれ、それはもう原型も失せてしまうくらいに揉まれ」
「揉まれたことなんかありません!」
パールさんは「自慢もしてません!」と付け加える。
強く言い放ったパールさんの言葉に、ロードリーさんは俺へ振り向いた。
俺はロードリーさんを見る。
「パールはまだ純潔派らしい」
「みたいですね」
「ちょっと二人とも!」
「悪い悪い。ついな」
「何が
「とまあ冗談はさておき、私なら遠慮してしまう。まずそんな神々しさの欠片もないようなおっさんに病が治せると思えん。それより、もうここにはいないのかもしれんな。他を当たろう。ギルドにでも行けば何か情報を掴めるかもしれん」
そういった流れで、俺たちは大聖堂前をあとにする。
途中まで来た道を戻ってから、スバラの中で一番長く広い大通りに出た。
しばらく行くと円形広場があり、円にそってにわか作りの露店が並んでいた。
「なんだかお腹が空いてきました」
パールさんがそう言うので、「じゃあ露店か、それかどこかレストランにでも入りますか?」と訊ねた。
「ではレストランに入ろう。町に着いて最初の食事だ。少し奮発して上手いものを食おう」
「――その空腹、俺が満たしたろか?」
店を探し始めようとした途端に、背後から野太い声が聞こえた。
俺たちは一斉に振り返る。
「……誰だ?」
「空腹は病と同じや。そやさかい俺が治したろかって」
「だから誰ですか」
「だ、誰なんですか!」
その男のビジュアルに、パールさんがロードリーさんの背に隠れた。
男は短パンに白いタンクトップといった、放浪の絵描きのような恰好をしていた。
体毛が濃く肥満体形で腹がぶくっと出ている。
歳は40か50か……分からん。
無精ひげで顎が真っ黒だ。
「やっぱりや!」
男は急に宝でも見つけたかのように目を光らせた。
「俺の目に狂いはなかった。まあ、そないデカいもん見間違うはずあらへんけどな」
まるでさきほど冗談で話していたことが現実となったかのように、男はこう言った。
「たゆんたゆんか、たっぷんたぷんか、どっちや? 俺が診察したるわ、その巨乳ちゃんを」
その瞬間「嫌ぁあああ!」という断末魔の叫びがパールさんの体より発せられた。
と同時に「【サンダーレイン】!」という詠唱があり、無数の電撃が男へと降り注いだ。
「なんや明るっ……ぬおわぁあああああ!」
蜂の大群に襲撃されたかのように男の姿が一瞬見えなくなった。
あとには湯気を漂わる黒焦げの男の姿だけがあった。
「――ブブリブリブリブブリブリ、合わせてブリブリブブリブリ!」
気色の悪い歌声が聞こえたかと思うと、そこには無傷の、素っ裸の男が立っていた。
パールさんの悲鳴が聞こえた。
〇
白衣の助手の傍で白衣に着替えるブ男は、名をマサオといった。
妙な話だ。
まるで最近女神大聖堂で召喚されたという異世界人――マサオと同じ名前じゃないか。
噂に聞く汚い見た目まで同じだ。
そう思っていたら、マサオは紛れもない本人だった。
「お前が女神かよ」
「そうや、なんか文句あるか?」
「いや別に」
「まあ、あるやろうなあ。こんなおっさんが女神と聞いて文句の一つも出えへんかったら心が死んどるわ」
そこは畳と居間が隣接する大して広くもない部屋だった。
女神というからてっきり広々とした、いかにも富裕層が済んでいそうな部屋を想像したが、そこはアパートの一室だった。
「先生、急患です」
「ほいほい」
引き戸を開けると、まるで空間が入れ替わったかのように奥が診察室になっていた
包帯ぐるぐる巻きの患者が仰向けに寝かされていた。
マサオは患者の顔にかかった布をぴらっと取り、一瞬顔を確認した。
「美人やーん?」と気色悪くにやついた。
「なにかの呪いにかかっているようです」
「ほいじゃあ、いつものノリでやるで?」
「お願いします」
「――ブブリブリブリブブリブリ、合わせてブリブリブブリブリ!」
マサオの意味不明な言葉のあと、診察室を埋め尽くすほどの光が急に発生した。
それは居間と和室にまで及ぶ。
光が静まると、マサオは「はい終わり」とそう行って助手と共に戻ってきた。
「もう先生、詠唱はちゃんとやってください! なんですか、あのいい加減な呪文は!」
助手はキュートなボンキュッボンを兼ね備えた
ほっぺをふくらませて怒っている。
「ちゃんと発動しとるんやからこれでええがな、何が問題なんや?」
「治癒の魔術にはピピンピピン・エポフォイフォイという、素晴らしい呪文があるんです!」
「なんやユリちゃん、頭おかしなってもうたんか?」
「これが正しい呪文なんです!」
「ブブリブリブリ・ブブリブリがかいな?」
「そ、そんなこと言ってません!」
「合わせてブリブリ・ブブリブリ」
「ちーがーいーまーすー! ピピンピピン・エポフォイフォイです!」
「そなんことより、さっき患者は当たりやからって伝えてきてくれる?」
「またですか?」
「何度でもや。当たりの時の交渉は惜しまん。それだけがこの世界での生き甲斐や」
助手のユリちゃんは機嫌を悪くしながら部屋を出て行った。
「待たせてもうて悪いな」
「いえ」
マサオは和室に腰を下ろすなりお茶をすすった。
「ユリちゃん、ええ女やろ?」
「まあ、はい」
ロードリーさんとパールさんは警戒していた。
出されたお茶に手を付けない。
「あれでもユリちゃん大聖堂の人間やさかい、あんたらも話す時は気を付けや」
何を気を付ける必要があるのか、俺にはそれが分からなかった。
二人も何も言わない。
「交渉とか、当たりがどうとかって言ってましたけど、なんですか?」
「ん?……ああ、あれか。あれはやなあ、美人の時は治療代の代わりにアレを要求する時もあんねん」
「アレ?」と俺は問う。
「なんや兄ちゃん、お盛んな年ごろやろうに、分からんか? 美人ちゃん二人も連れてるくせに。アレや、アレ」
マサオは親指と人差し指で輪っかを作り、そこに人差し指を何度も出し入れしてニヤついた。
「一回でええからさせてくれってな。医者にかかるっちゅうのは金がかかるやろ、やから大抵の女は泣いて喜ぶんや。治療代は無料、俺は感無量。どや、ステキな話やろ?」
「パール、このドスケベくそ野郎にもう一度【サンダーレイン】を――」
「――やめいっ! 痛みは感じんねん無敵でもなあ!」
マサオの必死の訴えたにパールさんはとどまった。
「貴様、本当に女神か?」
「俺自身はそうは思っとらん。でも大聖堂の連中と民衆はそう思っとる。たるい話やけどな、これが色々と特典があってええ時もあるねんで?」
「特典?」
「まあ主に女やな。神には昔から生贄が必要やろ?」
「貴様ぁ……恥ずかしいとは思わんのか! それでも男か!」
ロードリーさんが凄い剣幕で怒った。
マサオはあっけらかんとした表情で言った。
「むしろ男なんかこんなもんやろ? それかこの兄ちゃんよっぽど欲ないんか? 俺が女神パワーで治したろか、下半身の方を?」
「やめてください! シンクさんに触らないでください!」
何故かパールさんが前に出て俺をかばう。
「……初々しいわー。まるで熟れて柿のようやん、じゅくじゅくやん。ええなー若いって。昔、キヨミっちゅう名の彼女が欲しいと思ったことがある」
部屋が沈黙に包まれた。
誰もなにも聞いてあげないから俺が代わりに言った。
「それで、どうされたんですか?」
「どうもしとらん。欲しい思うただけや」
「なんの話ですか」
「貴様の冗談はさきほどから一つも笑えん」とロードリーさん。「冗談はその見た目だけにしろ」
「きついこと言うやーん? やけどな、俺がここにおること自体が冗談みたいな話なんやで? 気が付いたら円堂の真ん中におってな。周りには白い修道服着た女がずらーっと並んどったわ。俺の姿を見るなり、なんて言うたと思う?」
「……さあ」と、これにも俺が答える
「失敗や」
「はい?」
「失敗や……一言そう言い残して、まるで台本かのように一斉に泣き崩れよった」
「それは、なんというか……」
「想像できるか兄ちゃん! その時の俺の気持ちが! 大勢の女が俺の姿に落胆するんや、想像できるか!」
「いや、はい、その、なんというか……」
「なんのこっちゃ分からん俺は何も思わんかった。それで今に至る」
「え、傷ついたんじゃ……」
「傷なんかついてへんよ。心はばっちしや。それよりも大聖堂の女は美女ぞろいでな。大勢の美女が自分を中心にして泣き崩れとんねん、そんな光景見たことある? ないやろ? あのときは感動したね」
「ダメだシンク。冒険者としてこいつはここで
「――
マサオが立ち上がった。
「言っとくけどな嬢ちゃん?」
「嬢ちゃん……」と絶句するロードリーさん。
「俺を殺すということは、この国を相手にするということやぞ? 女神召喚は女神大聖堂とエリンギン王国との総意や。嬢ちゃんが気に入らんかってもなあ、俺はもうこの国にとって女神なんやで」
そこで部屋の戸が開き、さっきの助手が現れる。
マサオに「また急患です」と言った。
「今日はやけに多いな」
「最近、原因不明の呪いが流行しているみたいで」
「そうなん?」
部屋を出て行こうとして立ち止まり、マサオは俺たちに言った。
「この部屋は好きに使ってどうぞ。ナンパしようとした詫びや。でもこれ以上俺に関わってもなんもないで」
「あの、なんでこんな狭い部屋に住んでるんですか? 女神なんですよね?」
俺は思わずそれだけ訊ねた。
「聖堂は俺には広すぎるから」
そう言ってマサオは部屋を出て行った。
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