第21話
ギルドで借りた馬車を走らせること4日。
セロリン王国の国境を越え、俺たちはエリンギン王国へと入り最初の村に到着した。
一面に麦畑の広がる比較的広い村だ。
「泊まれそうな宿は見当りませんねー」
道なりに路地を進み、そうこうしているうちに村の端に行きつく。
そこで教会のような建物が見えた。
開けた野原に机が並んでいて、そこで授業が行われている。
「孤児に勉強を教えているのだろうか」
ロードリーさんは教会で一晩泊まれないだろうかと言った。
俺たちの姿に気付き、勉強を教えていたシスターが出迎える。
「どうかされましたか?」
「宿を探していまして……。ここは教会でしょうか?」
「孤児院です」
孤児の面倒を見ているのだという。
今は魔術の授業を行うところだと説明してくれた。
「ま、魔術の授業ですか!?」
パールさんが食いついた。
「ぜ、是非見学させてください!」
「……それは構いませんが」
冒険者にとっては、教わるに値しない初歩的なものしか教えていないとシスターが説明するも、パールさんは「是非!」とやる気だ。
よほど赤狼戦でのことを気にしているのだろう。
俺たちは流れで孤児たちと机を共にすることになった――。
「今、モダン詠唱について子供たちに説明していたところです」
「モダン詠唱?」とパールさん。
それくらいは俺も知っている。
シスターが離れたところに設置された的に向かって見本を見せた。
「【サンダー】!」
シスターの手の平から黄色い魔法陣が展開され、魔法陣から電撃が飛び出した。
「これがモダン詠唱です」
子供たちから「すげー」「流石シスターだ」などの称賛が送られた。
子供たちに人気のいいシスターらしい。
「今見ていただいたのは初級下位の魔術です」
「初級下位?」とパールさん。
「ご存じありませんか?」
シスターは不思議がった。
それもそのはず。これは魔術においての最も基本的なことだ。
戦術のすべてを駆使して戦う冒険者にとっては、知らない方が珍しい。
俺はパールさんに説明した。
「初級と中級には、それぞれ下位と上位といったランクが二つあるんです」
「な、なるほど。じゃあシンクさんがいつも使っている【ファイアボルト】は?」
「あれは初級上位魔術です」
とはいえ初級は初級。
上位と名がつこうが初級である。
「先生、中級魔術も見せて!」
「見せて!」
「いつものやって!」
シスターは「困りましたねえ」と言いながら中級下位魔術【ライトニング】を披露してくれた。
的が黒焦げになり使いもにならなくなった。
「中級下位までは主にダメージを追求した魔術が主流ですが、中級上位では拘束術や付与といった、また違ったタイプの魔術が登場します。ですがモダン詠唱という簡略化された詠唱法により、魔力されあれば誰でもすぐに使うことができるのです」
その通りだ。
中級までの魔術はそれほど難しくない。
誰でも使うことができる。
なのに俺は初級上位である、この【ファイアボルト】ただ一つしか使えない。
何故だかその下の初級下位魔術【ファイア】も使うことができない。
「では各自、的に向かって初級下位の詠唱から練習してみてください」
子供たちが練習を始める中、シスターに借りた冊子を手にパールさんはさっそく魔術の練習をしていた。
「【サンダー】……」
だが添えた手の平の前でびりびりっとしただけで、何も起こらない。
「パール、魔力を消費する感覚を知らなければダメだ」
「消費する感覚ですか?」
「そうだ。唱えれば出るというものではない。魔術は魔力を消費して起こる現象だからな」
思い悩むように考えながら、また冊子のページをめくり詠唱呪文を読み漁るパールさん。
そして色々な魔術を試した。
「あの、そういえばロードリーさんがいつも使っている魔術ってモダン詠唱じゃないですよね?」
パールさんは思い出したように言った。
「あれは上級魔術だ。上級魔術では基本的に古代詠唱を使う」
「なんですかそれ?」
「魔法文明のすべてが詰まっているとされている。中級上位までのモダン詠唱のように単純ではなく、深い理解が必要になってくる」
そこで会話を盗み聞ぎしていた男子が、
「おばさん上級魔術使えるの!」
「お……おばさんではない。お姉さんと言え。私はまだ24だ」
「お姉さん、上級魔術見せて! 見せて見せて!」
「お姉ちゃん上級みせて」
やかましい男子の声につられて、子供たちが集まってきた。
ロードリーさんは「よかろう」と【艶めかしき火炎】を的に向かって放つ。
また的が使い物にならなくなった。
子供たちは大喜びだ。
シスターも「見事なものですね」と称賛した。
戻って来たロードリーさんは「あれが一章節単眼の上級魔術だと得意気に言った」
上級に至っていない俺には何のことだか分からない。
当然パールさんもちんぷんかんぷんだ。
「上級魔術ではまず【単眼】を最初に覚える。火炎や雷鳴や、つまり単語のことだ。そしてそれ以外の形容詞や動詞など、単眼を強化や変化させるものを【章節】という名で呼ぶ」
だから【艶めかしき火炎】は一章節単眼。
これが例えば極論、【艶めかしき艶めかしき火炎火炎】なんてものになれば、二章節複眼となるらしい。
「じゃあ三眼とかもあるんですか?」
パールさんは興味津々だった。
「基本的には複眼までだ。三眼や四眼もあるにはあると聞くが、使える者は見たことがない」
「そうですか……私もいつか、使えるようになりますかね?」
「使えないとは言わない。だが上級は、中級以下の魔術とは次元が違う。さっきも言ったが唱えればいいというものではない。使用には経験が必要だ」
「経験ですか……今魔術を知ったばかりの私には難しいですね」
「そういう意味ではない。【火炎】なら、火に焼かれる際の痛みを知る必要があるということだ」
「え……」
パールさんは嫌な顔をした。
俺としてもそれは初めて聞く話だ。
パールさんが「なんか痛そうですね……」と引き気味で問う。
ロードリーさんははっきりと答える。
「もちろん痛い。痛くなければ意味がないからな」
俺は思わず聞いた。
「え、それって火の中に飛び込むとかそういう話ですか?」
「単純に言えばそういうことだ。だがそれでは死んでしまうだろ?」
「ですねえ」
「だから普通はムウに頼むのだ」
「ムウ?」
「夢
パールさんは「なるほど。納得ですぅ」と感心していた。
戦争経験者の中には帰還後、上級魔術の使い手になる者が多いらしい。
それは戦場で残酷な経験をするからだそうだ。
ロードリーさんは余談でそんな話をしてくれた。
「だがより強い上級魔術となると簡単ではない。生の経験が必要だ。夢には限界がある」
一言そう付け足した。
だが大抵の上級魔術はムウの腕前によって習得が可能だそうだ。
「――【ライトニングレイン】!」
その時、轟音が鳴り響いた。
上空より降り注ぐ雷の槍が、的の一つへ集中的に落下した。
「すげー姉ちゃん!」
「巨乳の姉ちゃんすげー!」
「どうやったの、私にも教えて!」
「ここに魔力がつまってるの?」
子供たちに寄りつかれながら、硬直した表情でパールさんがこちらに振り向いた。
「あの……なんかできました」
ロードリーさんは「案外、才能があるのかもしれんな」と感心する。
まさか中級上位をこんなにもあっさりこなしてしまうとは。
つまりパールさんは高等部レべルはあさえたことになる。おそらく中級上位以下の魔術もすぐに使えるだろう。
「俺が無能なのか、パールさんに才能があるだけなのか…・…」
「シンク?」
「なんでもありません」
高等部の頃を思い出す。
エルマーとリナリーが上級魔術を始めて披露して、二人は同級生たちに囲まれていた。
論外な俺はその輪にすら混ざれず、離れたところから見ていた。
羨ましいとかは思わなかった。
そんなことは思わないし悲しいとかも思わないけど、ただ不幸感とでも言えばいいのか、そんな気分ではあった。
幸せの絶頂にあるかのような表情でパールさんは言った。
「ロードリーさん、この調子でいけば私、上級魔術も使えますかね?」
「才能に
「す、すみません……」
「しかし、そうだな……可能だろう。町へついたら次はどこかで剣の授業も受けるとしよう」
「はい!」
俺は不思議に思い訊ねる。
「あれ、パールさんは魔術師にするんじゃないんですか?」
「ん、私はそんなことを言ったか?」
「言ってませんけど。ここまでの才能なんだし、てっきり魔術師するんだとばかり思ってました」
「剣士や魔術師に拘る必要はない。我々は冒険者だろう」
すると隣からニヒヒという嫌な笑い声が聞こえる。
ロードリーさんは邪悪な笑みを浮かべながら「シンク、もしかするとパールは化けるかもしれんぞ」と言った。
「化ける?……それより、その手はなんですかその手は」
まるで何かの支配者のように、体の前で広げられた両の手の平をにぎにぎと、開いたり閉じたりするロードリーさん。
パールさんの乳を揉みこんでいるようにしか見えなかった。
それでロードリーさんが一層魔女のように見えてきた。
この人にとってパールさんを支配することは、乳を揉みしだくことに等しいということだ。
「これで剣も使えなど使えた時はどうなるだろうか? シンク、どうなると思う?」
わくわくする悪女。
「さあ。どうなるんですか?」
「あのボインだぞ?」
「ボイン?」
「やはりあの巨乳は人の目をひく。見てみろ、あのマセガキたちのいやらしい笑みの数々を!」
男子たちがニタニタして笑顔がとろけていた。
女子はそれを見てドン引きしている。
「その時はパールを広告塔にしよう、パーティーの看板に掲げるのだ」
「え、まさかこのパーティーを組織かなんかにしようとしてます?」
「パーティーとはそういうものだろ? いずれはデカくせんとな。有名になれば指名が入るなどして依頼料が上がる」
「な、なるほど。知りませんでした」
「そうだ、パーティー名だ! シンク、いいのが思いついたぞ」
「……じゃあ、一応聞いときますよ。期待はしませんけど」
「双極だ」
「そ、双極?」
「双極の真珠だ!」
「……その、どういう意味ですか?」
「だ か ら!――」
ロードリーさんは自らの乳を使ってパフパフと揉んで見せた。
それに合わせて「双 極 の 真 珠 だ !」と抑揚をつけて言った。
「アホですか」
なんでこんな人の旅なんかしようと思ったのか。
今になって自分がよく分からなくなってくる。
その後、パールさんは【ライトニングレイン】の他に、中級以下の魔術をいくつか使えるようになっていた。
高等部の学生が3年かけてやっと使えるようになるものを、たったの数時間で習得したということだ。
末恐ろしい。
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