第48話 ささやかな休日
翌朝、いつもより早く目が覚めて、待ち合わせ場所である温室の前に約束の時間より一時間も早く着いてしまった。これでもじっと部屋で耐えて待っていたのだが、堪えきれずに出てきてしまったのだった。
しかし程なくして、アストさんもやってきた。
膝ほどもある丈の長い白のシャツをワンピースのように着て、水色の薄手の上着を羽織り、脚元は素足にサンダルという恰好。腰には革のベルトが巻かれ、細いウエストが強調されている。
いつもの私服ともまた違う。今日は一段と可愛らしい。
「お、おはようございます。今日もお綺麗ですね」
「え、あ……ありがとう。早いんだね」
一瞬戸惑ったように、照れたように視線を外されたが、彼女はすぐに平常通りに戻る。
「そういうアストさんだって、充分早いと思いますよ」
「……ダメだね、わたしたち。待ち合わせの時間なんて、決めても意味ないね」
たしかに、と笑い合いながら、俺たちは早速商業区へと向かった。
「買い物に行きたいって、何か買う物は決まってるの?」
「ええ。俺の部屋、物少ないですから、アストさんたちが来た時に、せめて何か座れる物でもあった方がいいかなと思ってまして」
「なるほどね。じゃあ、奥から見て回ろっか」
「はい」
アストさんの方から自然に手を差し出される。その手を取っていいものかと緊張して迷っていると、アストさんは小首を傾げて、どうしたの、と尋ねてくる。
さも当たり前かのように振る舞う彼女を見て、迷っているのも馬鹿らしくなり、俺は思い切って彼女の手を取った。
彼女の手に触れたことも、数えるほどしかない。それにこれまでは、触れられても、その感触を確かめる余裕のある時ではなかった。
こうしてしっかり繋いでいると、彼女の手が意外と冷たいことがわかる。相当剣を振ってきたことがわかるほど硬くなった手の皮の奥に、女の子らしい柔らかさも感じられる。
「あんまり女の子らしい手じゃなくて、ごめんね。……がっかりした?」
心の内を読まれたのかと思ったが、俺の視線はいつの間にか繋がれている手に向いていたらしい。
「いえ、アストさんらしい手だな、と思いまして」
「それ褒めてる?」
「褒めてますよ」
「……ありがとう」
そうこうしているうちに、動く歩道の終着点、商業区の一番奥、家具店が立ち並ぶ場所に着いた。
「えっと……こっち、行ってみよっか」
一瞬行きかけた足を止めて、くるりと方向を変えるアストさん。彼女が行こうとしていた方を見れば、どことなくラグジュアリーな雰囲気のファニチャーショップがあった。貴族であるアストさんとしては、こちらの方が一般的なのかもしれない。だが、俺に合わせて店も選んでくれたのだろう。
店に入ってみれば、確かに今 俺の部屋にある家具と同じようなデザインのものが多い気がする。やっぱり、アストさんの見立ては確かだ。
「今日はわたしの支払いなんだから、値札は見ちゃダメだよ。パッと見て気に入ったものを選ぶといいよ」
そういうわけにはいきません、と言おうとしたが、言っても折れることはないだろう。それに、それで彼女の気が済むのならそうさせてあげた方がいいのかもしれない。後々、やっぱり納得いってないなどと言われても困る。
俺は観念して、目当ての座椅子や簡単な座布団、予備の布団を眺め歩く。
「デザイン性よりは、機能性で選びたいですね。あと、丈夫なものですかね」
「クロらしいね。あ、これなんかどう?」
アストさんの指の先を見れば、シンプルなデザインの木製の座椅子が並んでいた。座布団を置いて使うタイプのもののようだ。これなら手入れも楽そうだ。座布団も洗えるものがあるみたいだし、これがいいかもしれない。
「いいですね。これ、三つくらいほしいですね。あと、座布団も」
「うんうん、わかった」
アストさんは値札に端末をかざして、何やら操作し始めた。決済をしているらしい。
ちらと値札を見てしまったが、俺の予想より桁が一つ違う。アストさんが俺に合うようにと選んでくれたとはいえ、さすがのアストさんも金銭感覚は貴族のそれということか。
そんなこんなで家具は一通り買い揃えることができた。一応これで、当初の俺の目的は果たしたわけだが。
すると今度は、アストさんが自分の買い物にも付き合ってほしいと言い出した。
「ミアの誕生日が近いからね。一緒に見てほしいんだ」
「あ、そうだったんですね」
選手プロフィールとして端末から在校生の情報を閲覧することはできるが、ほとんど見てみたことはない。たしか、生年月日や現在の序列、等級、身長くらいは記載があったように思う。
「
大会の性質上、前期生は優勝を経験できる機会が少ない。心身ともに未熟な前期生と、知識も技術も磨いた後期生とがぶつかって、前期生が勝てることはそう多くない。勝てるとすれば、今回のようなペア戦の
学園の最高峰でもある
そういえば、各学年の首席、アンジェリカさんは
我らが三年生首席、ルーツィアはまだ
「俺だって、初めての優勝ですけどね」
当然のように、俺も優勝経験はない。ヘザーと組んだ
「初めての優勝がミアと一緒じゃ不満?」
「そんなことはありません。ただ、自信はあまりなくて」
「大丈夫。二人はわたしの弟子なんだから」
大丈夫――アストさんがそう言ってくれるのが、どれだけ心強いことか。アストさんの言うことならば、何よりも信じられる。何も根拠が示されなくても、根拠なんて実際はなかったとしても、彼女の言うことならば、信じられる。
「わたし、今回の
「クロ、わたしにどんな水着 着てほしい?」
「大会を意識するなら、機能性を重視したものを選ぶのがいいんじゃないですか?」
そう真面目に返すと、ふふっと、アスト先輩は笑みを漏らした。そう言うと思ったよ、クロらしいね、となぜか頭を撫でられる。
「水着はまた今度、ミアと一緒に選ぶよ。楽しみにしてて」
アストさんの水着姿は見たいような、他の男には見せたくないような、いやむしろ他の男にも見せつけてやりたいような、でもやっぱり見られるのは……という無限ループに陥る俺の思考。
「はい……楽しみにしておきます」
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