第41話 晩餐会
少ししてミアもやってきて、晩餐会が始まった。
供されたのは、鹿肉の蒸し煮をメインに、パンとサラダ、豆と野菜のコンソメスープ。食後のデザートも用意してくれているらしい。
二人は貴族らしい上品な所作で食事を口に運ぶ。その様子を見ていると、俺とは育ちが違うのだと改めて思い知らされる。
「作法とか気にしなくていいから、とりあえず食べてみて」
アストさんには何でもお見通しらしい。一応これでも、アンジェリカさんに教わったことはある。厳しくしつけられたというほどではないので、おぼろげながら身に付いているかどうかといったところではあるが。
肉をナイフで一口大に切り、フォークで口に運んでみる。
「んっ! 美味しいです! アストさん、料理はお屋敷で習ったんですか?」
鹿肉の蒸し煮は酢漬けにされていたようで、味もさながら、臭みもなく柔らかい。噛まずとも口の中で溶けてしまうようで、噛んでみれば、肉の旨味がソースと絡み合う。こんな食べ物、生まれて初めて食べた。天上の食べ物かと思うくらいの美味に、舌が震えそうだった。
「習ったんじゃなくて、趣味で覚えたんだ。ちゃんと習ったわけじゃないから、お屋敷のシェフと比べられちゃうと全然だよ」
本職のシェフと比べなくても、抜群に美味しい。アストさんにそんな趣味があったなんて、知らなかった。
「そういえばミア、まだその服着てくれてたんだね。わたしのおさがりでごめんね、ほつれたりしてない?」
「いえ、お姉様にいただいた物ですから。今でも大事にしておりますわ」
黒地に白のレースとリボンの装飾がつけられた、半袖のワンピース。これをアストさんが着ていたのは、いったい何年前なのだろう。アストさんがこの可愛らしい服を着ているところは……失礼ながら、ちょっと想像できない。
「背があまり伸びないのでまだ着られますけれど、最近ちょっと、胸元が苦しくなってきまして……」
アストさんは、これには一瞬ぴくっと眉を寄せた。フランさんの部屋に行った時も気にしているようだったから、これはミアの失言だ。
「……ミア、あなたまでわたしを裏切るんだね」
「えっ?! いや、ミアはお姉様を裏切ったりなんか……!」
どうやらミアは、自分の失言に気付いていないらしい。自分が何故アストさんに裏切者呼ばわりされているのか、まったく心当りがないようだった。
アストさんが胸の大きさのことを気にしていることをミアに耳打ちすると、ミアは慌てて言葉を訂正する。
「そんなつもりではなかったんです! ごめんなさい、お姉様!」
「大丈夫、そんなに気にしてないから」
どうやらからかってみただけらしい。あまり表情が変わらないものだから、アストさんの冗談はわかりづらくてかなわない。
「
一人ずつではアストさんから一本取るなんて無理だ。かと言って、二人がかりでもどうだろう。いや、できなければ、上位入賞はない。
「あの……お姉様は、ミアたちがどこまでやれるとお思いなのですか?」
「今の状態では何とも。一人ひとりの力よりも、ペアの息がどれだけ合っているかという方が大事だからね。本番までにどれだけ互いの短所を補い合い、長所を伸ばし合えるかで、変わってくるんじゃないかな」
俺とミアとの間で、それが可能なのだろうか。少なくともアストさんは、可能、いやそうなってほしいと望んで俺たちを組ませたんだ。俺とミアとの相性を良くするのは、アストさんにとってどんなメリットがあるのだろう。何か考えがあるのだろうか。ふと、そんなことも思ってしまう。
「それでもう一つ、わたしから提案なんだけど。ミアは根っからの
「アストさん、気付いてたんですか……」
「クロの本当の適性は
アンジェリカさんの下で暗殺を生業としていた自分を隠し、別の自分でいるために、剣を封じた。それに、俺の剣は殺しの剣だ。エンターテインメントとしての試合で歯止めが利かなくなるのが怖い。
「ですけど、俺の剣術は“あの力”あってのもの。フローターも使っていませんし、期待には応えられませんよ」
「そんなことはないでしょう? 何のために
まさか、この前の一件があろうとなかろうと、アストさんは俺に近々
たしかに
しっかり俺のことを見てくれて、俺のためを思ってくれていたんだと嬉しくなる半面、この件だけは、そう簡単に変われない。
不意に、アストさんが俺を抱きしめる。よしよしと、俺の頭を撫でてくれる。ふんわりと香ってくる、湯煙のような匂い。やっぱりこれが、アストさんの香りなんだ。
抱き締めてくれたのは嬉しいのだが、ミアの前だと何だか恥ずかしい。
「殺してしまわないか、心配なんだよね。優しいね、クロは」
そんなことまでバレていたのか。何でもお見通しなんだ、アストさんは。いや、それだけ俺のことをよく見ていてくれているということなのだろう。
「だからね、わたしと特訓しよう。だってそうでしょう? クロがいれば、わたしは死なない。秘密は守るよ。ミアにも守らせる。最初は加減が難しいかもしれない。だけど、段々練習してできるようにしよう。それにはいくらだって付き合うよ」
俺の
「わかりました。俺の負けです。……恥ずかしいので、そろそろ放してもらえませんか?」
話についていけずにぽかんとしているミアの姿をちらと見たアストさんが、そうだった、と言わんばかりにさっと身体を放してくれた。
「クロード……さんは、何か秘密があるんですか?」
「クロ、良かったら……って、良くはないと思うけど、ミアにも話してあげてほしいんだけど、ダメかな?」
アストさんのその、ダメかな、と小首を傾げる様が愛らしすぎて、ダメだとしても許してしまいたくなる。
本来ならアンジェリカさんに許可を取らなければならないはずのことだが、俺は独断で、ミアにも一部の秘密を打ち明けることに決めてしまった。
「この場の三人だけの秘密としてなら、話してもいいですよ」
「だって、ミア。どうする? 聞けば後には戻れないよ。知らないでいた方がいいことかもしれない。聞いたらミアも巻き込まれる。聞くなら聞くで、秘密は絶対に守らなきゃいけない。……やめておく?」
「……聞かせてください。秘密は絶対に守ると、約束します」
彼女があまりにも真剣な眼差しで見つめるものだから、今更俺も断るに断れない状況になってしまった。ミアも一応、クラルヴァインの者だ。
「わかった、ミアにも話すよ」
念のため、アストさんは部屋の戸締りを確認して、カーテンも閉め切った。この寮の防音性能は信頼できるだろうが、用心するに越したことはないということだろう。
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