2.

 長野駅に着いて、そこからさらにバスで移動する。現在は長野市に吸収されている旧奥深山村まで、一時間と少し揺られることになる。長野駅前はまだいくらか都会と呼べる街並みが広がっていたが、バスが進むにつれてどんどんとその面影はなくなっていく。

 やがてすっかり大自然に囲まれた雪景色の中、バスが目的地に到着した。予定通りではあったが、時刻はもうお昼近くになっていた。こうして実際に移動に半日ほどかかると、いかにここまで距離があったのかを痛感する。バスを降りた村の最寄り駅は、雪姫祭りが終わっても少しの歓迎ムードが残っていて、村人よりも観光客に気を遣った装いが目立った。

 辺りを見回すと、所長が連絡をしてくれていた長野県警の刑事が車で迎えに来てくれていた。迎えの二人とも歳は若くはなく、髪には白いものが混じっている。身長差のある二人は覇気がなくやつれていて、ろくに休息も取れていないだろうことが一目見てもわかった。

「長野県警の竹之中たけのなかです。こちらは部下の山内やまうち。こんな遠方まではるばるお越しくださりありがとうございます。まずは長旅の疲れを癒すために温泉でも……と言いたいところですが、生憎こちらも急を要していましてな。早速現場を見ていただきたいのです」

「いえいえ構いませんよ。最初からそのつもりですから」

 挨拶も簡単に、荷物を車のトランクに乗せてもらい、後部座席に詰め込まれた僕たちは、車内で改めて話を聞くことにした。昨日までは雪がちらついていたが、今日はここ最近では珍しく晴天だというちょっとした世間話から、徐々に事件の話に移行していく。

「〝雪姫の祟り〟というのは、過去にも事例があったんですか?」

 僕の質問には、助手席に座る竹之中警部が答えてくれた。

「いいや、事件性のあるものは今回が初めてだ。元々この村では、雪崩に巻き込まれたとか滑落したとかの不幸な事故で亡くなった方を、「雪姫の祟りで死んだ」と表現することがあったんだと」

 不幸な事故、か。それも本当に不幸な事故だったのかは今となってはわからない。「雪姫の祟りで死んだ」というのが事故死を意味する隠語のようなものだとしたら、今回のケースには当てはまらないはずだ。死そのものを意味するのか、あるいは……。

「それにしても妙な風習があってなぁ。ここじゃあ〝雪姫の祟り〟で死んだら、現場には雪だるまを供えるってことになってるらしいんだ。雪姫伝説になぞらえた風習で、雪姫の怒りを鎮めるためだとか何とかって言われてるが、確かに過去の事故の時も、現場には雪だるまが供えられてたらしい」

「それで今回の事件の被害者は雪だるまの中で見つかりましたが、雪だるま自体は被害者の自宅前に供えられていたから〝雪姫の祟り〟だと?」

 その妙な風習とやらとは若干状況が異なるようにも思える。〝死んだ〟のと〝雪だるまを供えた〟ことは、別々の事象なのか? そう考えると、窒息させて殺害した犯人と、遺体を雪だるまの中に遺棄した犯人とが別々に存在する可能性もあるというわけか。前者に関して言えば、村の外部の人間が犯人である可能性もある。「雪姫の祟りで死んだ」遺体を発見した村の人間が、雪姫の怒りを鎮めるために雪だるまの中に遺体を遺棄した、と考えることもできる。それを踏まえると、一概に村の内部だけが怪しいとも言えなくなってきた。

「村の連中はそう言って聞かないんだよ……。雪姫のための祭りの日にこんなことがあったとなれば、どうやってその怒りを鎮めたら良いのか……とか何とかって事情聴取もまともに取り合ってくれない老人が多くて困る……って、あんた達に愚痴をこぼしてもしょうがないよな。すまん」

 この事件が難航している原因の一つはそれか。〝雪姫の祟り〟を捜査するという行為は、村の人間からすれば雪姫という神を貶める行為であったり、新たな〝祟り〟を呼び込みかねない禁忌だと考えられているのだろう。被害者遺族はたまったものではないだろうが、この村に居ればそういうものだと割り切ってしまえるのだろうか。

 しかしよく考えると、何故〝雪姫の祟り〟が起きると雪だるまを供えるのだろうか。確か伝説では、供物として捧げたのは男の子を模した人形ではなかっただろうか。雪だるまにされたのは、むしろ雪姫の被害者のはず。雪だるまが男の子を模した人形という見方もできなくはないが、雪だるまの存在は既に伝説の中に雪姫による制裁として登場している。〝祟り〟に対する供え物として雪だるまが選ばれても、それは雪姫の怒りを鎮めるものになるのだろうか。一般的に伝わっている伝説と村に伝わる本来の伝説は、もしかしたら内容が異なるのかもしれない。

 最寄り駅からは二十分ほどで最初の現場にたどり着いた。最初といっても、それぞれの遺体が発見されたのはほぼ同時刻。それぞれの事件現場を回りながら、最後に宿に向かうルートとして最適なルートを竹之中たけのなかさんたちが選んでくれたらしい。

 一人目の被害者は、谷口たにぐち仁悟じんごくん、九歳、小学三年生。彼の家は畑に囲まれた中にある一軒家で、周囲の家との距離は十数メートルは開いている。家の前の道も車がギリギリすれ違えるかという程度。いや、実際にはもう少し広いのかもしれないが、道の両脇に掻かれた雪が盛り上がって道が狭まっている。周囲に街灯はないが、光害も少なそうなので、星明かりや月明かりでそれなりに明るさはありそうだ。踏み固められた上に新たに雪が降り積もり、もはや足跡などの類は確認できる状態にないだろうことは一目瞭然だった。今日は雪が降っていないが、事件発生から今日までは雪が降り続いていたと聞く。地面の様子から、視界も相当悪かっただろうことが容易に想像できた。

「ここに雪だるまがあったんですよ。大きさはこう、私よりもうちょっと幅が広いくらいで、特に下の玉が大きくて」

 高さとしては民家の塀を越えないくらい。幅は太めの竹之中さんよりもさらに太い程度。仁悟くんが閉じ込められていたのは雪だるまの下の雪玉で、ただ雪玉を重ねただけでなく、ご丁寧に石と木で顔や腕まで作られていたそうだ。大きさから考えても、膝を折って丸まった子どもを閉じ込めるには充分だっただろう。ただ、大人一人で持ち上げるには難しいサイズだったに違いない。雪の重さに加えて中に子どもが一人入っているわけだから、三十キロは優に超えたはずだ。

 二人目の被害者は、三井みつい修二しゅうじくん、九歳、小学三年生。彼の家も同じく畑に囲まれた中にある一軒家。仁悟くんの家からは車で十分程度離れている。同じ道沿いにあるわけではなく、少し入り組んだ道を入っていったところにある。雪玉が置かれていた場所は、仁悟くんの家と同じく塀の外で、入り口のすぐ左隣。

 少し日が落ちてくるだけで、陽光が山に遮られて薄暗くなってくる。まだ日没までには早いはずだが、家々の明かりも灯り始めた。事件当日も時間としては夕方でも、実質的に周囲の明るさは夜と言って差し支えなかったのかもしれない。

 三人目の被害者は、山田やまだ里恩りおんくん、七歳、小学二年生。彼の家は村の中でも栄えているところにあり、小学校の近くでもあった。修二くんの家からは車で二十分程度。隣家との距離も近く、他の二人の家の周辺と比べると街灯もあり、辺りをぼんやり見渡せるだけの明るさはある。とはいえ、それでも東京と比べれば灯りはかなり少ない方ではある。

 里恩くんの家に着く頃には、外はもうほとんど真っ暗だった。街灯があっても、車のヘッドライトで照らしてもらわないと周囲の様子ははっきりわからない。都会ではここまで暗くはならないだろう。

 それぞれの家は、彼らが通う小学校からの距離で言えば里恩くんの家が最も近く、修二くんの家が最も遠い。お祭りが開催されていた雪姫神社からは、仁悟くんの家が最も近く、里恩くんの家が最も遠い。車でそれぞれの家を回ったとしても、三十分はかかる。実際には雪だるまとして設置する作業があるから、もっと時間はかかっていたはず。一台の車で犯行に及んだとすれば、すべて設置し終わるまでに一時間くらいはかかっていたのではないだろうか。しかし、もしこれが三台の車を使用して行ったとすれば、作業時間を大幅に短縮できる。そういう意味で、単独犯である可能性は低そうだと考えていた。

 被害者三人の共通点としては、家族構成か。本人と姉、その両親と、父方の両親と暮らしている。被害者の父の一族はこの村に代々暮らしているのは共通しているが、被害者の母はこの村の人間とは限らないようだ。その点はそれぞれの家族で異なる。この村の人間ではなかった母が、よそ者として虐げられていたという可能性も考えたが、今回被害者を出したすべての家族がそうではないというのであれば、その可能性はあまり高くないだろう。今でこそ旧奥深山村は長野市に統合されたが、それまでは谷口家が代々村長を務めていたらしい。実際のところがどうかはわからないが、代々村長を務めていた家系というのは、村の人間からは慕われていたのだろうか。それとも恨まれていたのだろうか。谷口家に関しては、そうした人間関係のトラブルはあったかもしれないが、今のところは他の三井家と山田家にそうした狙われる理由が見つからない。犯行が同時に起きている以上、三人が被害者として選ばれた理由は同一のものだと考えるのが妥当だ。そうなると、家系が理由にはならないのかもしれない。

 今日は晴天だったはずが、一通り現場を回り終える頃には雪がちらつき始めていた。辺りもすっかり暗くなって、竹之中さんたちに所長が予約を取ってくれた宿まで送り届けてもらい、今日の捜査はここまでとなった。

「どうです? 何かわかりましたかね……?」

 車のトランクから荷物を下ろしてくれた山内さんが、あまり期待もこもっていないように尋ねてくる。彼らは解決したいと思っているのかいないのか、どうにも釈然としない。僕らに捜査協力を依頼はしたが、結局何もわからなかったという結果になってほしいと期待している者も、中にはいるのだろうか。この事件を〝祟り〟として片付けたい派閥と、きちんと解決したい派閥が県警内に存在するのかもしれない。そんなことは本来あってはならないが、僕らが知らない何かが、県警とこの村との間にあるのかもしれない。

「さすがに、これだけではまだ何とも……。明日は神社に連れていってもらえますか? 雪姫祭りがまったくの無関係とも思えませんから、一応会場となった場所を見ておきたいので」

「わかりました。他にも何かあればすぐに車を出しますんで、遠慮なく呼んでください」

 山内さんが運転席に乗り込むと、それと入れ替わるように慌てて助手席から降りてきた竹之中さんから、少し厚みのある茶封筒を手渡された。

「危うく忘れるところでした。これ、今朝の時点までで確認できた追加の資料です。こんなもので参考になるかはわかりませんが……何とぞ、よろしくお願いいたします」

 そう頭を下げられて、僕は慌てて彼に頭を上げてもらった。ひかりさんは気まずいのか、僕の後ろに隠れるように立っている。こうして頭まで下げられると、さっきの山内さんの態度は余計に腑に落ちない。一緒に行動している山内さんと竹之中さんでも、それぞれ派閥が違うのだろうか。けれど、少なくとも竹之中さんは、県警の力だけで解決できないのは面目が立たないとわかっていても、僕らを頼りにしてくれた。僕らでダメならそれこそ本当に終わりだと考えているのだろう。

「僕らも全力を尽くします。この事件、ちゃんと解決させましょう」

 そうして二人を乗せた車が去っていき、僕らは宿の前に残された。

 旧奥深山村は温泉でも有名で、所長が手配してくれたこの旅館にも温泉があるらしいことは、風に揺らめくのぼり旗が大々的に主張していた。手配された部屋がどんなグレードの部屋かはわからないが、昨日ひかりさんが切望していた温泉にはありつけそうだ。

 しかしここで、ひかりさんが遠慮がちに声を掛けてきた。なかなか宿に入ろうとしないと思ったら、何か言いにくい事情があるらしい。

「すごく今更で申し訳ないんですが…………怒らないで聞いてくださいね?」

 その前振りは、僕が怒りそうな話をするということなのだろうか。何を言うのかと思って聞けば、宿は一部屋しか手配されていないのだと言う。そしてそれは、どうやら手違いというわけでもなく、意図的に・・・・そうなったのだということも察せられた。

「すみません、隠すつもりじゃなかったんですが、どのタイミングで言えば良いかと……」

「えぇと……とりあえず、部屋に入りましょうか。ここで話すにも、寒いですから」

「はい、すみません……」

 すっかりしおらしくなってしまったひかりさんを連れて、僕らは宿に入る。外観からは年季の入った和風旅館という印象を受けたが、中は思ったよりも綺麗で設備も新しい。観光客を想定してか、内部設備は新しくしてあるのだろう。電子決済にも対応している旨を示すステッカーや、フリーWi-Fiの案内、各所に見られる監視カメラなど、電子的な設備も整っているらしい。

 予約情報はひかりさんが所長から預かっているらしく、スマホを使って予約確認を行い、部屋に案内された。全部屋がそうなのかはわからないが、少し広めの和室でありながらも、襖で隣の部屋と繋がっているというわけでもない完全個室。木製と思われた扉は電子錠で、表面にだけ木材が使われているのだろう。障子を開けてみれば、その奥の窓の外に月が見えるという景観の良さもあり、なかなかのグレードの部屋を手配されたのではないかと思った。これだけのグレードの部屋を手配するために一部屋にしたのだろうか。このレベルの部屋を二部屋手配したら、結構な費用になるのは間違いないだろう。確かに、この出張にかかる費用は経費で出ているはずで、都外への出張で費用がかさむとは思う。しかしながら、予算がないとも思えない。どうせ所長のことだから、捜査協力の要請を受けるにあたって長野県警から経費の負担をするように言ってあるだろうからだ。県警でお手上げの事件を解決に導いてやるのだから、掛かる費用は全て県警持ち、と条件に入れていてもおかしくはない。だとすれば、このグレードの部屋を二部屋手配することだって、できたはずなのだ。

 荷物を置いてコートを脱ぐと、ひかりさんは畳の上に正座して、すっかり怒られるものと身構えていた。そう硬くならずに楽にしてほしいと言っても、もはやそれを聞き入れる様子はなかった。仕方なく、僕も彼女に倣って向かいに正座する。

「それで、えっと……これは誰の判断で?」

「……私が、所長に提案しました」

 ひかりさんが提案したと言っても、最終的に許可を出すのは所長だ。所長もこれを了承したのだから、ひかりさんが全責任を負うわけでもないと思う。だから、彼女がそこまで怒られるかもしれないと考えるに足る理由が、他に何かあるのだろう。

「八壁さん、言い訳をさせてください」

「はい、どうぞ」

 神妙な面持ちで、一息吐いてから、彼女はゆっくりと話し出した。

「あのですね、ここは殺人事件が起きた雪山の村なんです。村ではその事件を〝祟り〟だと信じてしまうような因習に縛られた雰囲気があり、そんなところに東京から警察官がやってきたら、どう思われるでしょう。少なくとも、歓迎はされないと思います。最悪を考えれば、〝祟り〟として消してしまおうなどと考えるかもしれませんよね」

 少々話が飛躍し過ぎている気がしないでもないが、概ね同意できる意見ではある。今は〝祟り〟のことで村の中には緊張が張り詰めていて、地元警察でも手を焼いているというのに、彼らのテリトリーを土足で踏み荒らすような東京の警察官なんて、敵視されても仕方ないのかもしれない。それに、これまでに起きた〝雪姫の祟り〝も故意によるものだとしたら……僕らが〝祟り〟の新しい犠牲者になるという可能性も、まったくないとは言い切れない。

「しかもですよ、そんな状況でよそ者の若い女が一人で宿の部屋に泊まるとなれば……あとは何が起こるか、想像に難くないですよね?」

 ごくりと唾を飲むひかりさん。しかし想像に難くないと言われても、僕にはいまいちピンとこなかった。

「……何が起こるんですか?」

「言わせないでくださいよ……いやらしいこと・・・・・・・に決まってるじゃないですか」

 何を言っているのかと、呆れてため息も出ない。いや、言いたいことはわかる。確かに若い女性としては、この状況で一人で泊まるのは不安かもしれない。ましてや土地鑑もないし、すぐに誰かに助けを求められる状況でもない。助けを求めたとして、その人が自分を助けてくれる保証もない。これは確かに、いやらしいことでなくても、〝祟り〟として殺される場合でも同じことが言える。

「こんなありがちな設定が、まさか自分の身に降りかかるなんて思いもしませんでしたよ……。八壁さんは、私がそんな目に遭っても良いんですか?」

「そりゃあ、良くはないですけど……。何かの読み過ぎじゃないですか? 僕も一緒なんですから、そこまでの心配は無用かと思いますが。それを言ったら、出張先で異性の同僚と相部屋というのもありがちな設定だと思いますけれどね」

「あら、そうなんですか? 随分お詳しいんですね」

 ここでそんな鎌をかけている余裕があるのなら、それほど深刻に捉えているというわけでもないのだろう。

「あくまで一般教養の範疇ですよ」

 ひかりさんが自分の身を守る術として僕と同じ部屋に泊まることを選んだのなら、少なくともその方がマシだと思ってくれているということだ。その信頼を裏切るようなことになるとは思えないが、彼女が僕をどう認識しているのかは、少し気になった。けれどもそれを聞いてしまうと、答えによってはこれまで通りの関係で接することができなくなるかもしれないし、彼女自身もそれを望んではいないだろう。だから僕は、都合の悪い方へ話題が広がる前に、それはさておき、とさっさと話を切り替えることにした。

「食事の時間や大浴場の利用可能時間は決まっているんですよね? なら、先にお風呂に入りますか? それとも夕食の時間までこのまま待ちますか?」

 夕食は午後七時、朝食は午前七時、大浴場の開放時間は午前五時から午後十一時と書かれた〝ご利用の手引き〟という書類が、綺麗にラミネートされて座卓の上に置かれていた。現在時刻は午後五時半ごろ。何をやるにしても少し中途半端な時間だ。

「それはあれですか、お風呂にする? ご飯にする? それとも……ってやつですか?」

 それは僕が言う側なのか。しかしながら、本気にされたらされたで嫌なくせに、自分からこういう話題を振ってくるのはどういう了見だろう。

「バカなことを言ってると、置いていきますからね」

「嫌ですねぇ、ちょっとした冗談じゃないですか。ごめんなさい」

 置いていかれてはかなわないと、ひかりさんは素直に謝罪する。一人部屋に残されては、わざわざ僕と相部屋にした意味がなくなってしまう。彼女としては、できる限り宿の中では僕と行動を共にしておきたいのだろう。

「では、先にお風呂に行きましょうか。八壁さんも行くんですよね?」

「……先に言っておきますが、一緒には入りませんよ?」

 僕がそう言うと、呆れたような顔をされる。やはりそうだった。一応探りを入れてみて良かった。万が一にも彼女が僕に好意を持っていたら……などと勘ぐってしまったのが恥ずかしくなる。

「当たり前じゃないですか。何言ってるんですか?」

「案内を見ると、混浴もあるそうだったので」

 〝ご利用の手引き〟には宿の案内図も一緒に掲載されていた。そこには大浴場の他に貸し切り風呂があり、混浴で使用可能と書かれていた。

「まあ、どうしてもと言うのであれば、考えてはあげますよ」

「時間も限られてますから、バカなこと言ってないで行きましょう」

「言いだしたのは八壁さんじゃないですか」

 ぶつくさ文句を言いながらも、ひかりさんは自分のお風呂セットを抱えて僕の後をついてきた。部屋の鍵は一つしかないのでひかりさんに預け、大浴場の前の休憩スペースで落ち合うことになった。僕の方が先に出ることになるだろうし、彼女一人を待たせることにはならないだろう。

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