雪姫の祟り
斎花
1.
東京都内某所――組織内部の人間しか場所を知らされていないこの場所には、警視庁の頭脳の一端を担う、最新鋭の支援施設が建てられている。二階建ての建物は、鬱蒼とした周囲の木々に隠されるようにひっそりと佇み、入口には強固なセキュリティシステムと警備員の二重体制による厳重な警備が敷かれている。建物の入口に表札はないが、この場所は警視庁刑事部の管轄組織・捜査支援分析センター、頭文字を取って、通称〝SSBC〟と呼ばれている。
センターの東棟一階の、奥から二番目の部屋・第四支援室は、この時間ではまだ昇り切っていない朝日が斜めに強く差し込んでくる。僕がわずかに目を細めたのに目聡く気付いたのか、同僚の
「
一つ小さく息を吐いてからそう切り出した彼女は、いやに真剣な顔つきだった。普段は愛嬌のある微笑みを浮かべているか、疲れ切って覇気が失われているか、稀に眠そうに瞼が下りるのを堪えているかしているその顔は、今は凛々しく引き締まり、どこか強張っているようにも見える。
同じセンターに所属しているとはいえ、細かく言えば僕と彼女の部署は違う。ただ、役割が異なるというだけで、部署が違っても連携して同じ事件の捜査にあたることが多かった。それぞれ専門にしている分野が異なるため、捜査時には連携する必要も少なからず出てくるのだ。特に僕が所属する情報分析係はプロファイリングを中心に行う部署のため、ささいなことでも捜査情報が共有されていると作業がしやすい。配属されたばかりの頃はともかく、自然と同じ相手と組んで仕事をするようになるのは仕事の効率化を図るためにもごく自然なことのように思われた。彼女がこのセンターに配属されてから二年近く一緒に仕事をしてきて、段々と互いに遠慮のいらない間柄になってきたと、僕は思っていた。こうして改まって彼女が僕にお願いをするなんてことも、ここしばらくは一度もなかったように思う。だからそんな仰々しい前置きで、一体何をお願いされるのかと内心恐れを抱きながら、僕は彼女の言葉の続きを聞き出すことにした。
「どうしました?」
「私と一緒に、長野へ行ってくれませんか?」
座ったまま、彼女は僕に頭を下げてそう言った。その拍子に、少し甘酸っぱいようなフローラルな香りがふわりと広がる。
予想もしていなかった――いや、できるはずもない内容に、上手く言葉が出てこない。これは仕事の話、で良いのだろうか。それともプライベートの話なのだろうか。これだけでは判然としない。仕事では気心の知れた間柄ではあっても、僕らはプライベートで小旅行をするような間柄ではない。とはいえ、彼女の様子は明らかに何らかの事情を含んでいるように思われた。ひかりさんが僕らの関係をどう思っているかはわからないが、少なくともデートのお誘いのような、浮かれた話でないらしいことだけは確かだった。
「長野、ですか……。それはまた、唐突ですね。とりあえず頭を上げてください。まずは事情を聞かせてもらえますか?」
言いづらそうにしながらも話してくれた彼女の話は、簡単にまとめると、長野県警から捜査協力の依頼があり、ケンカ腰でその依頼を突っぱねたが、所長命令により協力要請に応じなくてはならなくなったそうだ。所長にこの件の担当者として指名されたひかりさんは、一度ケンカ腰で突っぱねた手前、長野県警とは少しやりづらいのだと言う。普段は穏やかな彼女にしては珍しい。一度依頼を断ったのは、何か理由があったのだろうか。彼女に要請を断られた長野県警は、今度は我らが捜査支援分析センターの所長へ直々に依頼したのだろう。そうしたらあっさり要請が通ってしまったわけだから、ひかりさんとしてもあまりいい気はしないだろうし、当然、長野県警側としても彼女を良く思ってはいまい。
「違うんです、聞いてください」
「まだ何も言ってませんが……」
どうやら彼女にはまだ釈明したいことがあるらしい。僕が何かを言う前に、補足的に彼女の行動の意図を説明してくれた。
「長野県警は今回の事件は〝祟り〟の仕業だと言ってるんですよ。だから「そんなわけないでしょ、いい加減にして」という趣旨の返事をもう少し丁寧な表現で送ったんですが、まさか所長がそれを受けるとは思わず……。そもそもうちって、警視庁の下ですよね? 長野県警の依頼なら別に突っぱねても良くないですか?」
言い訳というよりは、段々とただの愚痴になってきた。この事件に対する長野県警の見解にも所長の対応にも、随分とイライラしているようだ。僕も彼女の扱いに気を付けないと、とばっちりを受けるかもしれない。
「今の所長になってから、各都道府県警だけでは扱いきれないと判断された難事件の捜査協力も受けているそうですよ」
各都道府県警の直下にここと同様のセンターを設置していくという計画もあると聞くが、あと何年先の話なのかはわからない。それまでは試験的に現行のセンターで必要に応じて対応するようになると、以前所長本人から聞いた。あの人は一人で何人分もの働きができるから、それでも現場にしわ寄せが行くということは少ないと判断したのかもしれない。現に彼女には、数々の難事件を解決に導いてきた実績もあるわけなのだし。しかしながら、だからこそ今回長野県警の要請を受けたはいいが、何故それをひかりさんへ振ったのかは気になる。受けたのなら自分でやればいいのに。ひかりさんもその話を聞いたことはあったのだろう。思い出したのか苦々しい顔をして、雑に切り替えるように話を本筋に戻してきた。
「まあそんなわけで、私と長野に行ってほしいんです。現場が山村集落で監視カメラなんかもほとんどないですし、警視庁のデータベースだけでは現地の情報も限られています。正直現場の状況的にも私の専門分野ではないですから、私の力だけでは解決なんて到底できないんです。お礼はちゃんとしますから、今回だけ、そのまま首を縦に振ってください! どうか、お願いします……!」
改めて、僕に頭を下げるひかりさん。長野県警とやりづらいというのもあるのだろうが、これは所長にも何か言われたのだろうな。彼女の立場的には、結局解決に導けなかったという結果はどうしても避けなければならないのだろう。ここまで言われれば、さすがに僕も断るわけにはいかない。元より僕は、彼女のお願いを断ろうとは思っていなかったが。
「構いませんよ。では、現時点での捜査資料を共有いただけますか? それから現地へ行く日程を相談しましょう」
「ありがとうございます……! すぐデータ送りますね!」
思わず泣き出してしまうかというくらい安心しきった様子で、ひかりさんはもう一度頭を下げた。その顔を本当に泣き顔にしてしまわないように、僕も努めなければならない。僕だって長野県の土地鑑があるわけではないし、情報が少ない中での捜査になるだろう。一筋縄ではいかなさそうなのは間違いなかった。
ひかりさんは一度席を立って、部屋のパソコンを操作する。するとすぐに、僕の端末に通知が届いた。メッセージに添付されていたのは、長野県警から共有されている事件の捜査資料と、現時点でひかりさんが調べた関連資料だった。
「とりあえず、現状で資料と呼べるものはこんなところです」
事件の概要を見てみると、それは想像していたよりも不可思議で、確かにこれは〝祟り〟の仕業とも思える。しかし殺人事件には必ず犯人がいる。科学の発展した現代で、神や妖怪の類が起こした事件だなんて説明が通るはずがないのだ。
事件の発生は四日前の十二月十二日。当日は現地で〝雪姫祭り〟なるお祭りが催されていたらしい。この〝雪姫〟というのはいわゆる雪女のような存在で、お祭りだけでなく雪姫神社なるものが存在したりと、現地では神格化された存在のようだ。この日の夕方頃から三人の男児が行方不明になり、翌朝に三体の雪だるまの中からそれぞれ遺体として発見された。三人の男児は同じ小学校に通っているが、そもそもこの村に小学校は一つしかなく、彼らは特別親しかったというわけではないようだ。遺体が発見されたのはそれぞれの男児の家の前で、死因は凍死ではなく窒息死であることが解剖の結果明らかになったという。
資料を読んでいて、僕はてっきり死因は凍死かと思っていた。しかし窒息死ということであれば、何らかの方法で殺害してから雪だるまの中に閉じ込めた、ということになるのだろうか。しかし誘拐して、窒息させて、雪だるまの中に閉じ込めて、それぞれの家の前に置いてくるとなると、かなり手間がかかっている。しかも行方不明になった日の翌朝にはもう発見されている。遺棄された場所を考えても、この発見のタイミングすら意図的なものなのだろう。事前に綿密な計画を練って行われたらしいことは想像に難くない。
もう一つ奇妙なことは、ひかりさんが調べてくれた、この地に伝わる〝雪姫伝説〟の内容だ。かつてこの地には双子の雪女が暮らしており、彼女たちは雪を操る不思議な力を使って作物の栽培に寄与し、村人の信仰を得て共生していた。しかし同時にその力は村人にとって脅威でもあった。ある時、村人の一人が彼女たちの怒りを買い、報復されてしまう。彼女たちの怒りを買った村人は、雪だるまに変えられてしまったのだ。この一件から村人たちに一層恐れを抱かれた彼女たちは、年に一度供物をもらうことで、これまで通りにこの村を豪雪災害から守ると約束し、姿を消した。そうして村人たちは、年に一度、十二月十二日に雪姫祭りを開催し、供物として男の子を模した人形を雪姫神社に捧げる儀式を執り行うようになった、というものだ。内容としては、よくある豊穣伝説のようではある。だが、ところどころ今回の事件と似通った部分が出てくるのだ。これが、長野県警が〝祟り〟だと結論付けた理由なのだろうか。
「確かに今回の事件はこの雪姫伝説と似通る部分がありますが……それだけで長野県警が〝祟り〟だなんて言いますかね。警察がそんな非現実的な理由で事件を片付けようとするとは思えませんが」
そうなんですよ、と僕の言葉にひかりさんがため息を吐く。
「しかし〝祟り〟でなければどうやってこの事件を説明するのか、ということだそうですよ。行方不明になった夕方から夜にかけては村でお祭りが催され、人目も多かったはずです。そんな中で、目撃者もなく三人も子どもを誘拐した。さらにそこから発見される早朝までの間に、被害者は三人とも殺害されているわけですからね。犯行が深夜であればほとんどの村人が就寝しているでしょうし、目撃者もいなければアリバイもほとんどの人が無い状況です。当日は雪も降っていて、証拠も多くありません。どちらかと言えば県警としては、犯人の特定は極めて困難――実質的に不可能ではないかということが言いたいのでしょうね」
それで〝祟り〟のせいにしてしまいたいわけか。そんな馬鹿なことがあるだろうか。こちらに捜査協力を要請してきていることも考えると県警ではお手上げ状態なのだろうが、だからといって〝祟り〟だと結論付けているのはあまり納得がいくものではない。
「この捜査資料を見て、八壁さんは気になることはありますか?」
「そうですね……被害者は生きたまま雪玉にされたのか、それともどこかで殺害されてから雪玉にされたのか、ですかね。それによって、犯行時刻は変わってくると思います。とは言っても、生きたまま雪玉にされて、凍死ではなく窒息死になるのかというところは疑問が残りますね。被害者たちはみな裸で雪の中にいたわけですから、低体温症になる方が早いと思うんです。それから、もし犯人がこの雪姫伝説になぞらえているなら、ヒントになるのはそこだと思います。例えば〝雪女の怒りを買った〟と伝説にはありますが、具体的に何があったのか。供物として男の子を模した人形を捧げるようになったのは何故なのか」
恐らく、伝説の元となった逸話があるはずだ。そしてそうした逸話は大抵の場合、実際に起きた事件や事故に基づくものが多い。この事件はもしかしたら、その雪姫伝説の元になった事件に関係があるものなのかもしれない。
「私が調べた限りでは雪姫伝説についてこれ以上の情報がなかったので、詳しいことは現地で話を聞くしかないかもしれませんね」
住民が高齢化して情報のデジタル化が進んでいない山村地域ともなれば、デスクに向かっていても得られる情報はそう多くないだろう。そうした理由からも、ひかりさんは自分の専門分野ではないとわかっていながら現地へ赴いての捜査を考えたのだろう。こうした現地での捜査は本来捜査支援分析センターの業務の範疇ではないが、所長からこの事件の捜査協力の担当者としてひかりさんが指名されている以上、少なくとも彼女を中心にして捜査を進める必要がある。他の部署どころか他県警との連携が必要な捜査など僕も初めてだ。しかし今後は、こうした捜査支援も頻繁に行われるようになるかもしれない。もしかしたら所長が彼女をこの事件の担当者に指名したのは、他部署の経験を経ずに直接ここに配属された彼女に少しでも現場の経験を与え、捜査というものが他部署と連携して行われているということをより意識させるためなのかもしれない。
長野県警には所長の方から話を通してあるらしく、彼らからの捜査情報の共有、現地での捜査協力は約束されているらしい。必要があれば、人員もある程度手配してくれるそうだ。当然僕らは現地の道はわからないし、この雪の時節にレンタカーで慣れない道を行くというのはさすがに無謀だ。となれば、最低でもドライバーの手配は必要になりそうだ。村と一口に言ってもどれくらいの規模なのだろうな。三件の現場も歩いて回れるだろうか。それぞれの現場も車で回らないといけないとなると、ドライバーにも負担をかけてしまうし、現場をどのような日程で見て回るかも事前にきちんと計画を立てておかないといけない。
「早く解決したら温泉に行きましょう! 事件のことばっかり考えてたら暗くなっちゃいますし、せっかく長野まで行くんですから、ちょっとくらいの楽しみがないともったいないと思いませんか? 何かモチベーションが上がるご褒美を決めておけば、こんな難事件でも少しはやる気も出るというものですよ」
さっきまでの沈鬱な面持ちが嘘のように、ひかりさんはにこやかにそう提案してきた。いつもの彼女らしく、僕に断る隙を与えないようにきっちり理由を付けてくる。無事に僕の協力が得られたことで、少し気が晴れたのだろうか。
「そもそも、宿泊先に温泉があるんじゃないですか?」
確かにそうですね、なんて、ひかりさんは俄然目を輝かせる。彼女に限って本来の目的を忘れるということはないだろうけれど、これで解決に漕ぎつけられなかったら僕らも大目玉を食らうことになる。東京から長野までの出張となれば経費もバカにならないだろうし、無駄遣いにはなってしまわないように、何としても真相を暴かねば。
その後、ひかりさんの方で現地へ赴く許可を所長に申請してくれた。既に事件発生から四日が経過していることもあり、所長からは早い方が良いと即決をもらって、早速翌日から現地に向かうことになった。宿や現地までの交通手段の手配も、ひかりさんから申請があってすぐ後に所長の方で済ませておいてくれたらしい。
滞在期間は四日間。滞在中に結論を出す必要はない。情報を集められるだけ集めて、その情報を吟味するのはセンターに戻ってきてからでもいい。この四日間を無駄にしないように、いかに効率よく捜査を進めるか、その段取りをひかりさんと話し合った。
そうして現在、早朝の六時半に、僕たちは新幹線の中にいた。始発での出立になったが、これでも現地に到着するのはお昼前になってしまうのだとか。長野県と一口に言っても場所によってはかなり距離があり、僕たちが目指す旧
僕は昨夜遅くならないうちに資料を読み込んで、そこで気になった点を、現地に着く前に新幹線の中でひかりさんと共有しておくことにした。
〈捜査資料を見ていて思ったんですが、被害者の男児三人は全員姉のいる長男なんですね。しかもそれぞれの姉の学年は同じ、中学三年生です〉
新幹線の席は、二人掛けのシートに僕とひかりさんとで並んで座れるよう手配してくれてあった。とはいっても、捜査状況を公共の場で声に出すわけにはいかないので、支給されているスマホのチャットでやり取りをする。隣をちらと見てみれば、ひかりさんはまだ少し眠そうで、欠伸を噛み殺していた。少し寝かせてあげた方が良かったかもしれないとも思ったが、彼女が返信を打ってくれたので、このままやり取りを続けることにした。
〈例にもよって中学も一つしかありませんから、お姉さんたち同士も同じ学校に通っているわけですね。彼女らの仲がどうだったのかはわかりませんが、もしかしたら犯行の動機はお姉さんたちに関係があったりしますかね〉
僕もそれを考えた。だが、殺害されているのは当人ではなくその弟だという点が引っかかる。しかもそのうちの一人ではなく三人ともが殺害されているのだ。それに、ここまで緻密な計画的犯行を中学生がやってのけるとは思えない。子ども同士の間に起きたいざこざではなく、大人の手が絡んでいるのは間違いないと考えた方が自然だ。
〈しかし、それだと何故弟を殺害するのかがわからないんですよね。雪姫伝説に登場する供物になぞらえるために男児を殺す必要があったとして、それは誰に捧げられたのか。伝説でいう〝雪姫〟に該当する人物が犯人だとすれば〝雪姫〟の怒りを買った何らかの出来事が事前に起きて、今回の事件に至ったと考えられます。しかし怨恨のようなものであれば本人を殺害しようと考えるものですし、弟を殺害して姉が悲しむかどうかも定かではないですから、何らかの復讐だったとしても、これで犯人の気が済むのかは疑問です〉
被害者の姉たちと関わりの深い人物が〝雪姫〟である可能性は全く否定できるものではないが、決定付けるには早計だろう。あくまでもこれは、
〈確かに、動機の面で不十分な仮説と言えそうですね……。もう一押し、何か決め手がほしいところです。〝雪姫伝説〟といえば、雪姫祭りは観光客にも人気らしくて、当日は県外からも人が大勢来ていたようですよ。この観光収入は自治体の財政を支えるためにも重要なもののようですから、少なくともこの日に限っては〝お客様〟に対していつも以上の〝おもてなし〟をしていたんじゃないかと思います〉
ひかりさんの方からも、昨夜のうちに調べたことを僕と共有してくれた。雪姫祭りに関するSNSの投稿を一通り見て回り、投稿された画像に対して被害者の顔写真と照合するプログラムを組んで実行したが、何もヒットしなかったらしい。これは偶然にも観光客がネットリテラシーのある者ばかりだった可能性もあるし、被害者たちは雪姫祭りの会場に現れなかった可能性もある。偶然でも写り込んでいたら何らかのヒントになったかもしれないが、これでは何とも判断しがたい。
〈もしかしたら、大人たちも子どもの面倒を見ている場合じゃなかったかもしれないってわけですね。子どもたちが会場に行っていなかったとしても、現地は多くの観光客で溢れていたでしょうし、それなら人目があるはずの祭りの時期でも、逆に人混みに紛れて誘拐するということは可能かもしれないですね〉
だからこそ犯行のタイミングとして、わざわざこの時期を選んだのかもしれない。そうすると、雪姫伝説になぞらえたのはカモフラージュという可能性もある。この時期を選んだ理由が雪姫伝説ではなく、この村で唯一村の内外の人間が多く入り乱れるタイミングを狙ってのことだったとしたら、先ほど考えた怨恨説は全くの見当違いということになる。
〈そうなんです。そうすると、犯人が村の中の人間とも限らなくなってきますよね。もしそうだったら割りとお手上げな気がしているんですが……八壁さんはどう思いますか?〉
〈村の外の人間の犯行とするには、さすがに手が込み過ぎていませんか? 仮に酔ってタガが外れた観光客の仕業だったとしても、この規模はそもそも単独犯ではないでしょうし、一緒に居たグループの中の誰かしらがさすがに制止させるでしょう。複数人での犯行の可能性は高いとは思いますが、もっと、犯行に加担した全員が明確な殺意を持っていたのではないかと思うんです〉
それくらい異様な事件だ。同じ村の中といっても、地図を見てみれば被害者同士の家はそこそこ距離がある。一人で被害者たちを各所に運んで回るにしては時間がかかり過ぎる。当時は雪も降っていて夜間だったことも考えると、土地鑑もない村の外の人間の仕業という可能性はぐんと低くなるのではないだろうか。とはいえ、被害者の死因がすべて窒息だということを考えると、雪玉にした意味は何だったのか。一日を通して気温が低いので雪がとけはしないのだろうが、それにしても死体を隠すにしては大胆過ぎる。しかも、その雪玉を隠すでもなく被害者の家の前に雪だるまとして置いたのだ。この雪だるまにするという行為は、犯人からの何らかのメッセージだと捉えた方が良いのだろうか。
〈これらがすべて同日の、ほぼ同時刻に行われたらしいということが、せめてもの救いですね。それなら恐らく連続性はないでしょうから、被害者が増えるということはなさそうです。逆に言えば、この三人が被害者である必然性があったという可能性が高いというわけでもありますよね〉
確かにひかりさんの言う通りだ。そう考えても、やはり外部犯の可能性は極めて低いのではないかと改めて思わされた。この三人の男児を被害者に選ぶ必然性が、村の外部の人間にあるとは考えにくい。偶然だとしても、手が込んでいる割りにリスクが高すぎる。ある程度村の情報を知っていたりこの雪の山村に対する土地鑑がなければ、やはり犯行は難しいのではないかと思う。
「見てください、八壁さん。すごい景色ですよ」
そう言って、ひかりさんが窓の外にきらきらした視線を向けた。いつの間にか、都会の風景はすっかり山間部の雪景色に変わっていた。一緒になって景色を眺めていると、急に長いトンネルに入って、反射した窓越しに目が合ってしまう。少し気まずくなって、僕は前を向き直した。
トンネルを抜けてから、再び外の景色を楽しそうに眺めるひかりさんをよそに、僕は一人、思考に耽っていた。山間部の雪は都会の雪とはわけが違う。もし僕がこの先に立ち寄る村で殺人を行おうと考えたとして、数々の不測の事態は避けられないのだろうと思った。いくら計画を立てたとしても、都会暮らしの人間には想像もし得ないことが起こり得る。逆に、どうやったら村の外部の人間に今回の犯行が可能だろうかと考えてみたが、結局それらしい答えには行きつかなかった。
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