第1話 鑑定で見たものは「死」

 カツン、カツン、と冷たい音が大理石の床に響く。


 長い回廊の奥。玉座の前に、俺は一人立たされていた。


「――アルト・フォン・レインハルト」


 父であり、この国の公爵である男が、感情のない声で俺の名を呼ぶ。


「お前を、レインハルト家から追放する」


 周囲の貴族たちが、ひそひそと囁き合う気配が広がった。


「やはりか」


「無能の三男」


「鑑定だけの役立たず」


 その言葉が、針のように耳に刺さる。


 俺の持つスキルは、たった一つ。


 【鑑定】


 対象のステータスやスキル、隠された情報を読み取る能力。


 本来であれば、国や軍、研究機関から喉から手が出るほど求められるはずの希少スキル。だが、何故か俺は“無能”のままだった。


 理由は単純だ。


 ――誰を鑑定しても、何も表示されなかったから。

 ただ漆黒の闇が、視界に広がるだけ。鑑定とは名ばかりの、役に立たない無能スキル。


 俺は自笑した。まるで自分みたいだ。貴族家とは名ばかりで、なんの役にも立てない無能。


「お前の鑑定は欠陥品だ。他の兄弟たちと比べても、才能は歴然。レインハルトの名を冠する資格はない」


 父は冷たく言い放った。返す言葉もない。


「情けで命までは奪わん。だが、もう二度とこの屋敷に足を踏み入れるな」


 それが、最後の宣告だった。


 こうして俺、アルト・フォン・レインハルトは、 17歳にして全てを失った。


 地位も、名誉も、家族も。

 持ち物は、古びた外套と、情けでもらった金貨10枚だけ。


 追放されたその足で、貴族街の外れにある門をくぐる。


 庶民街へと続く道。


 振り返ることはなかった。その資格すらないと、わかっていた。


 頭の奥が、ズキンと痛む。過去の記憶がよみがえる。


この世界、、、、に来てから、17年……)


 俺の心の奥底に、前世の記憶があった。


 ブラック企業に勤めていた、ごく普通の日本人。残業続きの毎日。終電。コンビニ弁当。スマホの光。信号待ちの横断歩道――


 そして、走ってくるトラック。


 気づいた時には、赤ん坊として泣いていた。


 それが、この世界での始まりだった。貴族の屋敷で赤ん坊として生まれ、そして17年が過ごしてきた。


 最初は俺にもなにか特別な力ごあるのではないかと思った。持っていたスキルも「鑑定」で、希少スキルだった。


 だが、転生者に与えられるはずの特別な力は、何ひとつなかった。

 なにも甘くなかった。


 瞬間、またも頭が痛む。


(違和感――?)


 そう思った、その瞬間だった。


 ふと目に入ったのは、道の端に倒れ込んでいる一人の少女。


 ぼろぼろの服。痩せた体。浅い呼吸。


 俺は反射的に、彼女を見た。


 ――鑑定。


 次の瞬間、俺の視界が、初めて「開いた」。


 字が、浮かび上がる。


『名前:ユミル•ナザリア

 状態:重症•軽い栄養失調•毒による呼吸困難

 死因:魔獣による裂傷で失血死

 死亡まで:2時間23分』


「……え?」


 ステータスじゃない。スキルでもない。

 そこにあったのは――


 「死」だった。


 ぞくり、と全身に鳥肌が立つ。

 これが、俺の鑑定……?

 人の「最期」が、見える?


「冗談だろ……」


 だが数字は、冷たく、無機質に、確かに刻まれている。


 2時間22分。


 2時間21分。


 刻一刻と、減っていく。


 俺はゆっくりと、少女へと駆け寄った。


(――助けるのか? 見殺しにするのか?)


 これは偶然じゃない。


 追放された瞬間に、“真の鑑定”が目を覚ましたのだ。


 そして、俺だけに突きつけられた質問。


『お前は他人の運命にどこまで踏み込む?』


 その答えはまだ分からない。


 だがひとつだけ、確信があった。


 ――このまま、黙って死を見ているつもりはない。


 俺は、少女を抱き上げ、走り出した。


 崩れ落ちた無能貴族ではなく、まだ誰も知らない、新しい自分として。

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