第29話 題名未設定

 城下町の古い路地にガラス細工を扱う老舗がある。

 店主は店を二つ所有しており城下町では宝石店のオーナーとして有名だが、その傍ら趣味でこちらの店も経営している。

 ファーブリース家など、上級貴族御用達の隠れた名店だ。


 トーマスは商品棚の前に立ち、父親と母親に挟まれ何かを話しながら値段の高そうなグラスの側面に目を輝かせている


 建物の間の細い路地の闇に隠れ、煌々こうこうと光る店内の様子を窺う者がいた。

 店は表のみガラス張りであり、彼にも通行人にも中の様子は丸見えである。


 グラスを購入した一家は、店の前で待機していた馬車に乗り込みその場を後にする。

 走り出した馬車はその後、繁華街へと消えた。

 同じく闇に紛れ追従する何者かの影もまた、同じ方向へと消えた。


 〇


 トーマスはヘルマン一族の墓標の前にいた。足元の墓石には「スティーブン」と異界の文字で記されている。

 彼はしゃがみ込むと、手に持っていた桃色の花を一つ置いて、しばらく墓石をじっと眺めていた。


「未だに信じられないよ……お前が、もういないだなんて」


 立ち上がった彼は墓標に背を向け、「もう分かってる。仇は絶対に取るから」と寂し気に告げ墓をあとにした。

 周囲の木陰が微かに揺れ、一瞬人影のようなものが通過したかに思われたがトーマスは気づかない。

 それがとある日の。まだ日も上っていない早朝の出来事である。


 本日は肉の日だ。それは単純なもので、肉を食べて今日という日を迎えられた幸せを祝うのだ。

 その後、トーマスは屋敷に戻り身支度を済ませると、家族と共に城下街へ出掛けるのだ。

 行き先は肉の名店「塩のちから」。

 そこでの食事が彼にとっての最後の晩餐になろうとは、トーマス自身、気づきもしない。


 〇


「全部、ミーナが食べてもいいのですか!」

「ああ、もちろん。全部ミーナのだ」


 ここは名店――塩のちから。

 店のカウンター席に座ったミーナは、慣れないエプロンを首元からぶら下げて恥ずかしげだ。

 それらしい服装に身を包みウェイターと化したキリアムの運んできたステーキを見るなり、「うわー!」と目を輝かせた。


「今日は俺からのおごりだ」


 店の奥から活気あふれる店主の声が聞こえた。


「さあ、冷めないうちに」


 ミーナは肉を切り分けるとフォークで刺して口に運んだ。

 キリアムはその様子に満足気な表情を浮かべ、厨房へと戻る。


「キリアム、お前の分もあるからな」

「はい、ありがとうございます」

「今日は年に一度の肉の日だ。いい肉を食べて精を付けろ」

「仕事が終わったらいただきます」


 店内には他の客の姿も複数あった。今日は肉の日であるため、まだ開店して間もない時間だが客の入れ替わりが早い。

 すると店のベルが鳴り、扉が開き入店する客の姿が見えた。

 周囲の客は彼らの姿を見るなり、肉を切り分けていたナイフを止めた。


「ファイブリース様、本日はお越しいただきありがとうございます」

「出迎え感謝する」


 リブレは中腰になり部屋の奥へと手招いた。


「こちらへどうぞ」


 現われたのはファイブリース家当主のラッセル・ファイブリースと、その妻ヴィオラ。加えて息子のトーマスであった。

 3人の姿が奥へ消え扉が閉まると、店内の客はまた肉を頬張り始めた。


 〇


 ウェイターに運ばれてきたのはどれも肉料理だ。当店にはコースメニューはなく、メインのステーキから順にテーブルへ並べられた。

 新鮮な肉を口に運ぶ3人は、それぞれ満足気な笑みを浮かべるがラッセルだけは神妙な様子だ。

 トーマスとヴィオラはその味の美味さに共感し顔を見合わせたが、ラッセルだけは無表情で卓上の空になった皿を見つめていた。


 しばらくして店主リブレが「失礼いたします」と部屋に顔を出す。


「いかかでしたか……」


 リブレは中腰で訊ねた。表情は硬い。


「相変わらず、いいお肉を提供しているのね」とヴィオラ。

「ありがとうございます。これもファイブリース様あっての物種です。でなければ、これほど長く店を続けてこられていません」

「僕も満足です」とトーマス。


 リブレは「ありがとうございます」と頭を下げた。


「リブレ。あのカウンター席にいた少女は誰だ、お前の身内か何かか」

「カウンター席……いえ、彼女は従業員の妹です」


 ラッセルは機嫌を損ねた訳ではない。だが他の客が自分たちの入店と同時にフォークとナイフを止めたことは、ラッセルを含め2人も気づいている。

 ラッセルは少し疑問に思ったのだ。そして考えが過った。


 リブレの店の肉は高級だ。店には城下街に住む平民も訪れるが、それは平民の中でも特に金銭的に余裕のある者たちに限られる。

 今日は肉の日でありその記念日は国民全体に差別なく共有されたものだが、肉にありつける者は限られている。

 外食ともなるとさらに限られるだろう。

 その限られた数の中にいる平民たちは、このような場所で貴族と出くわした際の作法を知っている。が、カウンターの彼女は知らなかった。

 自分たちが入店し部屋の奥へと姿を消すその間、肉を切り分け食べていた。

 それがラッセルには少し気になったのだ。


「彼女がどうかいたしましたか」

「……いや」


 ラッセルは「会計は執事に言ってくれ」と告げると席を立った。後に続いて2人も部屋を出た。

 父を見るトーマスの表情には疑問が浮かんでいた。トーマスにはカウンターの少女は見えなかったのだ。

 特に家族といる間のトーマスは気が緩んでおり警戒心が薄い。普段よりも洞察力が落ちるのだ。


 店の外にまで姿を現し、リブレは中腰と硬い笑顔で3人を見送った。

 彼らが馬車に乗り込み、馬車が店を後にするまでだ。遠ざかる馬車に対ししばらくリブレは頭を下げていた。


 〇


「父上、今回のお肉の味はどうでしたか」


 動き出した馬車の中、無口な父親を気遣いトーマスは訊ねた。


「ヴィオラの言う通り、相変わらずだった。彼の店の味は一級品だ」

「そうでしたか」


 トーマスはほっとしたような笑みを浮かべた。


「それに彼は我々との付き合い方が上手い。彼は分かっている。トーマス、ああいった平民は大事にするんだ。貴族だけでは国は成り立たない」

「はい」


 トーマスは凛々しい表情をした。

 忙しいラッセルは普段、家にいることが少ない。こうして普通の会話をすることも珍しいのだ。

 トーマスは嬉しかった。家族で外食に出かけれらたこともそうだが、同じ空間に3人揃っていられるが嬉しかった。


「母様、また来年も来たいですね」

「来られるわよ」


 ヴィオラは窓の外を眺めながら軽い返事をした。

 気品と美しさを兼ね備えた母親、そして逞しく凛々しい父親。

 トーマスは二人の顔を見つめながら、見えないくらいの小さな笑みで、その瞬間を噛みしめた。


 その瞬間、胸が重くなり呼吸が苦しくなった。

 トーマスは胸を強く掴み、咽込んだ。


「トーマス、どうしたの?」

「ぐっ……母様、息がっ!」

「トーマス!?」

「トーマス……どうしたんだ、しっかりしろ!」


 トーマスは自身の首を掴み、そのまま横に倒れた。顔は真っ赤になり「息が……」と呼吸ができないことを訴えようとしているが声がでない。

 ヴィオラは体を支え、ラッセルは血相を変え顔を覗き込んだ。


「今すぐ病院へ向かえ!」


 ラッセルは馭者ぎょしゃへ声を張り上げた。

 だが既に、トーマスはヴィオラの腕の中で息絶えていた。


 〇


「リブレさん、今日はこれで失礼しますね」


 馬車を見送るリブレの背に、キリアムはそう告げた。

 リブレが振り返ると隣にいたミーナは「おいしいお肉をありがとうございました」とお辞儀する。


「美味かったろ、また来るといい。キリアムが肉を入れてくれるなら、またご馳走してやれるんだがなあ」

「あの肉は……はい、またそのうち」

「今日は助かった。ありがとな。この時期は貴族の客が増えるんだ、特にファイブリース様はお得意様でな。ここを営業できているのはもあの方たち存在がでかい」

「忙しい時はまた呼んでください、手伝います。といっても賃金は要求しますが」

「ミーナも手伝います!」

「ミーナちゃんなら大歓迎だぞ。うちの看板娘にでもなってくれりゃあ、さらに繁盛するかもなあ。だが……可愛い妹を表に立たせる度胸が、兄貴の方にあればの話しだが」


 難しい顔をしていたキリアムを茶化すように、リブレはにやりとした。


「あはは、ミーナには店で薬を売ってもらわないと……」


 その曖昧な答えに、リブレは「まだまだ無理だな」と見透かしたようなことを言う。さらにキリアムの苦笑いは増した。

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この愛らしい妖精を食べれば強くなれますか?(キリアム②第二原稿) 酒とゾンビ/蒸留ロメロ @saketozombie210

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