応援コメント

なんとでもなる」への応援コメント

  • いつもの様に優しいお話をありがとうございます。

    ご両親のご実家が、まさに私が育った家でした。正月やお盆になると叔父たちが帰省し、多くの従兄弟で溢れかえっていました。私は祖母と一緒に暮らしていたので、毎日会っていました。悪ガキの私でしたが、祖母に叱れた記憶はありません。厳しかった母のスパルタに耐えられたのは、この祖母のおかげだと信じています。

    私の祖母は、米国で産まれたが、産後1ヶ月で、日本へ連れて帰られます。兄が事故死したので、妹しかしなった祖母が婿を取って家を継ぎました。しかし、その婿の祖父は戦死してしまい、五人の子を持つ未亡人になりました。曽祖父がいたので、経済的に困ることなく子供は育ちました。

    従兄弟たちも、ばあちゃんが大好きで、よく実家を訪れていましたが、中学なると、部活や友達との時間が増えて、帰省しなくなりました。息子が、高校生になっても、休みになると必ず実家を訪れていたので、祖母は、私の息子はかなり良い子だと言っていました。

    大好きだった祖母のをことを思い出させて下さったことに大変感謝します。

    もう一つ、私が幼い頃、墓の周りには本当に火の玉がでるというこを、子供たちはよく議論していました。私はどっちかとうと信じていませんでしたが、骨の名から出たリンが雨に濡れて光るとかいう話は満更でもないかと聞いていました。

  • こんばんは。

    わー✨️
    すごく良き作品でした!

    おばあちゃん、とってもおおらかでどっしり構えていて、そこに居てくれるだけで安心しちゃうようなお人柄✨️

    鬼火、見れたらいいなぁ(⁠⸝⁠⸝⁠⸝⁠´⁠꒳⁠`⁠⸝⁠⸝⁠⸝⁠)