第11話 称賛の視線
「うわ!」
台車を押しながら家に戻ると、家の前にミーナとミニークンクの姿があった。
何故かミニークンクは僕の姿を見るなり突然走り出し、飛びついてきた。
「ど、どうしたんだよ……」
見ると何故かミニークンクが起こっている。
『なんで置いていったんだって言ってんぞ』
「置いていった? だってお前、朝から寝てたじゃないか」
ミニークンクはよく寝る生き物だ。
あ……だからフォートくんの近くにいたのかもしれない。
「お兄ちゃま、ニックが家の前をうろうろしていたのです」
「なんか置いていったことを怒ってるっぽいな。でもこれから学校に行こうと思ってるんだけどな~。学校にこいつは連れていけないし……ところでニックってなんだ?」
「ミニークンクの名前です。ミーナが名づけました」
「ふ~ん。じゃあニックでいいか」
『別にいいじゃねえか。どうせ辞めるとか言ってただろ』
「言ったけど……」
「お兄ちゃま?」
「ん? ああ、なんでもないよ。独り言だ」
仮にもニックは貴族三人を襲った張本人だ。
襲ったのはあの三人だけど、おそらくニックが襲ってきたことになってるだろう。
「まあ、別にいいか」
考えるのが面倒くさくなってきた。
辞める学校のことで悩んだって仕方がない。
『キリアム、行くならマグロ切り包丁は持って行けよ?』
「……」
『これはハイドゥインの調合師には欠かせねえもんだ。ハイドゥインはこれを使って戦う。肌身離さず持ち歩いてろ。そんで今から慣れとけ』
慣れるとは何のためだろうか。
これを持ち歩いても魔力がないんじゃ騎士にはなれないし、あの学校はやめざるを得ない。
今となっては馬鹿にされない程度の力があればそれでいいと思ってるし、こんな使いづらそうな大きな物、僕に必要なんだろうか。
「お兄ちゃま、これは一体なんなのですか? 随分と沢山物があるようですが」
「ガラス瓶とか、まあ色々だよ。それと次から医療協会に行った時はハイドゥイン名義で買うようにしてくれ。色々と物がただになる」
「え、ただ? とはどういうことなのですか?」
「なんていうか……その、とにかく学長のリーシャって人が色々と支援してくれるらしいんだ」
「それは本当なのですか!?」
「ああ、一度行ってみるといい。まあ、でもガラス瓶はそれほど必要もないか」
店には常連の人くらいしか顔を出さないし、みんないつも瓶を持参してる。
瓶ごと売ることはあまりないし、クリーチャーと戦闘でも起きない限りガラス瓶は必要ないだろう。
ミーナと一緒に台車を店へ運び、マグロ切り包丁とかいう変な名前の剣を背中に担いだ。
『ポーチの中に0型と輸血針を一本ずついれとけ』
「……」
イゴールはやたらと注文が多かった。
輸血針というのは小型の注射器で、ワインのコルクくらいの大きさの容器に針がついている物だ。
輸血針と言っているが中は空で血は入ってない。
僕は黙ってその二つをポーチに入れた。
『飲むのと刺すのとでは摂取後の効き方に違いがある。針はよほどのことがねえと使わねえが、まあ、一応持ってろ』
そして僕はニックを連れ、ミーナに手を振られながら家を後にした。
▽
門をくぐり校舎に入るまでの間、辺りには昼食を終えた生徒たちの姿が見えていた。
上級生なんかのほとんどは僕のことなんか知らない。
噂はくらいは耳にしているだろう。ただ顔は知らないみたいだった。
でも同級生たちは違う。
校舎に入り一年生が使うこの廊下に来るまでに、何人の生徒が僕の顔を見て薄ら笑みをうかべただろうか。
数えればキリがない。
そして教室の扉を開けるなり、一斉にこちらを振り向く生徒たち。
教室は静まり返っていて、僕はそんな中、ニックを連れて入り席についた。
「ねえ、キリアムくん。それって昨日のミニークンクよね?」
「え……うん。そうだけど」
名前も知らない隣の女子生徒が話しかけてきた。
「その、あぶなくない?」
「全然。攻撃的などこかの貴族と比べれば全然マシじゃないかなあ」
自然と出る嫌味。
だからここには来たくないんだ。
嫌なことばかり考えてしまい、つい悪口が出る。
トーマスくんたちの前では言えないのにだ。
「そう、なんだ。でも、キリアムくんがそう言うなら大丈夫よね」
「え……うん。まあ、まあね」
やけに素直だ。
魔力も使えない落ちこぼれの僕が大丈夫だと言ってるんだ。
大丈夫なわけないだろうに。
『おいおいキリアム、モテモテじゃねえか。この好きものめが』
イゴールはニックとニヤニヤしていた。
ミニークンクのくせに……どこでこんな悪戯な表情を覚えたんだろうか。イゴールが教えたのか?
間違ってもそんな状況じゃないと何でわからないんだろうか。
「あ! キリアム!」
そこへうるさい奴が現れた。
「フィートくん」
「昨日はあれからどうしたの!? 先生が君の家までいったんだよ!」
「知ってるよ。別に大したことなんかなかったよ」
崖から落ちて死にかけたくらいだ。
それにエドワードにも襲われた。
どうってことない。
「え、このミニークンクって……」
「ああ、こいつも森でフィートくんを起こしてるミニークンクだよ。ニックって言うんだ」
「へ~、名前まであるのか」
「妹がつけたんだ」
「あれ、キリアムって妹がいるの?」
「いるよ。一つ下にね」
「ふ~ん」
教室に入ってきたときはそうでもなかったけど、フィートくんの目は徐々に眠そうになる。
また寝不足だろうか。
「それより聞いたかい? トーマスたちは謹慎だってさ」
「え、謹慎?」
「うん。まあ、でもそりゃそうだよね。クリーチャーを観察するだけだって先生は事前に言ってたのに、自前の銀剣は持ち出すし、勝手にミニークンクと戦闘なんか始めちゃってさ。おまけに死にかけてたしね。キリアムがいなかったら多分、今頃3人はただじゃ済まなかったって先生が言ってたよ」
全然知らなかった。
トーマスくんが謹慎処分を受けていた。
「じゃあ、フィリップくんやクラインくんも?」
「うん。でも大した罰じゃないよ。今回はワルドナー先生やヨシュア先生の管理不足でもあるしね。班を分けたのが間違いだったって。多分、三人も明日には学校に来るんじゃないかなあ。彼らはあれでも貴族だし、ミニークンクに負けたなんて、できれば広まってほしくないだろうしね。だから先生たちの処遇もきっと軽いよ」
ワルドナー先生も災難だ。
「そうなんだ。よく知ってるね」
「面白そうだったから校長室の前で張り込んでいただけさ。肝心の3人の謝罪は寝ちゃって聞き逃したけど」
「へ~」
「貴族の坊ちゃまの謝る声を聞きたかったよ」
フィートくんには色々と問題がありそうだ。
「キリアムくん!」
そこへワルドナー先生の姿が見えた。
一瞬、死んだものでも見るかのような目をしていた。
「昨日は申し訳ありませんでした。ご無事で何よりです」
「いえ、僕は大丈夫ですから」
「私も森へキリアムくんを探しにいったのですが、色々とその……」
3人の話については立場上、言いにくいみたいだった。
でもフィートくんが知ってるくらいだし、みんな知ってるんだろう。
「ケガなどは大丈夫でしたか? どこか具合などよろしくない時は言ってくださいね。学校側から医療費が出ますので」
仮病でも出るのだろうか。
「大丈夫ですよ。ケガなんかしてませんし、昨日はこのニックをなだめたあと、直ぐ家に帰りましたから」
「ですが夕方ごろに伺った際、おばあさまはまだ戻っていないと仰っていましたよ」
「夕方なら家にいましたよ。おばあちゃんはその、少しボケてるんです」
『ひでえ物言いだな~』
「そ、そうでしたか。それはそれは……それはそうとして、そのミニークンクについて伺ってもよろしいでしょうか? 学内においてペットの持ち込みは校則で禁止されていますが、クリーチャーとなると……まさか、それはトーマスくんたちの言っていたミニークンクでしょうか?」
「はい。ニックです。害はありませんよ。それにミニークンクはもともと大人しい生き物なので」
「……なるほど。一応の確認は取る必要がありますが、とりあえず分かりました。ちなみにその背中のものはなんでしょう?」
「これは……」
『ニックの松葉杖だって言っとけよ』
「……ニックの松葉杖です。昨日の一戦でトーマスくんたちに背中を斬られて、その時の傷がまだ癒えてないんです」
「なるほど……可哀そうなことをしてしまいましたね。分かりました。学年主任の先生には、私からそう伝えておきましょう」
「クンク!」
手を振るニックにワルドナー先生は苦笑いしていた。
ミニークンクは敵意に敏感な分、害のない者には心を開きやすい。
ワルドナー先生は部屋を後にした。
「それにしてもキリアムにあんな才能があったなんて知らなかったよ」
「才能?」
「だってそうだろ? 君は剣も抜かずに、木の実片手にクリーチャーから三人を守ったんだよ! これは才能だよ!」
「……そうかなあ」
そんなこと、少しも思わなかった。
「あれはアモーレの実だよ。ミニークンクの好物で、興奮状態を解消できるんだよ。でもミニークンクが興奮状態になることなんてあまりないけどね」
「そんなこと僕は全然知らなかったよ。ワルドナー先生は知っていたみたいだけど」
「僕は昔からよく森にいくから……」
『キリアム、なんでお前はいつもそんな落ち込んだ面してんだ?』
「……」
声が出せないことを分かっていて話しかけてくるイゴール。
『あれか、劣等感か? だが今はもう気にする必要なんてないだろう、今この教室にいる連中がお前へ向かている眼差しは、少なくとも軽蔑するような悪意のあるもんじゃねえ。言ってみりゃ称賛だ』
「……」
称賛?……。
『気づかなかったか? 教室の外にいた時からそうだったぜ。貴族を助けたことで、周囲の見る目が変わったんだ』
僕は周りを見渡していた。
さっき話しかけてきた隣の女子生徒は笑っている。もう嗤っていない。
他の生徒のそうだ。みんな、僕にいつもの目を向けていない……。
『そもそもお前は落ちこぼれなんかじゃねえ、周りが気づかなかっただけだ。お前の中にはこれまでに学んだ調合の知識が詰まっている。俺の知恵は直ぐに馴染むだろう。そしたらキリアム、お前は強くなれる』
「強く……」
「ん、キリアム。何か言った?」
「……いや」
『魔力を持たねえからこその即効性、そして調合の知識。騎士なんか夢にする必要はねえ、調合師を目指せ!』
まるで誇るかのように腕を組みながら、イゴール僕を見下ろしていた。
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