手にをはスタンダードキャロウェイ

エリー.ファー

手にをはスタンダードキャロウェイ

 ショーが始まって、直ぐに終わる。

 その間に、手が踊りだす。

 少しの間だけ、観客と手の間に信頼関係が結ばれる。

 そう、本当に少しの間だけなのだ。

 もしかしたら、その手が舞台を降りた瞬間に失われてしまうかもしれない。

 そんな一瞬。

 本気になって愛してしまったら後悔してしまうかもしれない。

 そんな刹那。

 嘘はない。

 すべては観客のために。

 間違いなどは一つもない。

 指は踊りだす。

 捻じ切れてしまうかもしれないほどに小指が回る。

 手は血流の量と共にはち切れんばかりの大きさにまで変化する。

 それさえも、観客のためなのだ。

 料理を運ぶウェイターが手拍子を始める。

 手は、楽しそうに踊る。

 観客の中には立ちあがる者も出て来る。

 そうなると、今度は天井の方でミラーボールが動き出し、ホールは白い輝きで満たされる。

 金色のテープとカラフルな紙吹雪が、他の手によって撒かれることで、パーティーの盛り上がりは最高潮に達する。

 誰もが、この地球上で一番幸せになれる夜がやって来たと信じる。

 それが、手にとっても幸せである。

 そうやって夜が消費されることでしか、幸せを感じられなくなってしまった人々のための時間。

 誰かが囁く。

「あそこで踊っている手は、元々はコールガールだったそうだ。でも、ある時、マフィア同士の会話を聞いてしまって、そうこうしている内に、全てを切断された。残ったのは、手だけ。だから、ああやって、手以外があった時の自分を思い出してステージで踊るんだそうだ。このパーティーはそのために行われているんだよ。だからね。うん、そうなんだ。これは、僕たちみたいな観客のためのパーティじゃなくてね、あの手のために行われているんだ。もちろん、手はそんなことは思っていないだろうね。でも、そういう関係が一番健全だと思わないかい。お互いが、お互いのことを気遣っている。その内、その関係に名前もつかなくなっていて、私たちはショーが起きていることも分からなくなる。そして、感覚が、感情が、思想が、思考、哲学が、細切れにされることで、あの手のために誰かが体を捧げるだろう。そうすれば、コールガールがもう一度この世の中に生み出される。ねぇ、それでハッピーさ。誰もが満足できるエンディング間違いなし」

「全くだ」

「大歓迎だ」

「最高の夜になるよう祈っている」

「お願いをしよう」

「お願いのために生きている」

「神様、どうか。神様、あの手だけになってしまった哀れなるコールガールのために、ご慈悲を。どうか、神様」

 手が躍る。

 手が躍動する。

 手が消えかかるほどに光と戯れる。

 空間が跳ね飛ぶ。

 そのうち、神も観客に混じってやって来て不思議そうに手拍子をする。

 誰にも気づかれないようにコールガールに体をプレゼントする。

 そうして、静かにコールガールは涙を流す。

 足が生まれて、腹が生まれて、首が生まれて、顔が生まれる。

 手だけでも十分だったエンターテイメントは、より一層、魅力的になっていく。

 さようなら。

 さようなら。

 もう二度と、あの手は踊らないだろう。

 いや。

 あの子は、もう二度とコールガールもやらないだろう。

 だから、幸せになれるとは言い切れないけれど。

 でも。

 それもまた、あの子の人生だから。

 神の御手に成り代わるまでの、ほんの一週間のパーティだから。

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