独りで死ねば、いいじゃない。

酒とゾンビ/蒸留ロメロ

独りで死ねば、いいじゃない。

「でも心理カウンセラーって、患者がいないと厳しいですよね」


 しばらく腹痛が治らず、色々と病院に通ってみたものの、なんの因果か近所で心理カウンセリングを営むこの男の元へやってきていた。


「他の職だってそうじゃない。向井さんだって、人々が破滅的に寛容にでもなったら仕事なくなっちゃうかもしんないよ」


 俺は管理会社で働いている。

 学生のアパートに設置されている防犯機具などの点検が主だ。

 問題が起きる度にブログラムの確認を行い正常に戻す。内、営業も含まれる。


「いくらなんでもそれはないですよ」


「そうかなあ。僕の場合は簡単だよ」


「簡単?」


「患者がいないなら作ればいいだけだから。すれ違う人みんなに死ねって言って歩き回るんだよ。半年くらいしたらみんな病んで、きっと繁盛するんじゃないかなあ」


 杜撰ずさん極まりない。

 磯谷とはおかしな男だ。

 何が面白いのかケラケラと笑っている。


「例えば、死にたくなる程の罵声を向井さんに浴びせるっていうのはどうかなあ」


「は?」


「廃業だけは避けたいもんね。だからさ、向井さんを僕の教育で洗脳して、誰か殺してきてもらうんだよ」


「いやいや、どういう作戦なんですか」


「だってそうでもしないと廃業しちゃうんでしょ」


 この男には冗談が通じないのだろうか。


「通り魔とかで無差別に人殺しちゃう人ってさあ、高い確率で家庭環境があまり良くなかったりするじゃない。人生は不条理だ、理不尽だって、幼少期に何かしらの鬱憤を抱えて生きてた人が多いんだよ」


「そ、そうなんですか」


「うん。だから理不尽な罵声を浴びせて、向井さんを殺人鬼に変えてみるっていうのはどうかなあ。押し付けがましい教育論でも語って、何度も何度も同じこと繰り返し吐き捨てるんだよ」


「な、なるほど……」


 話の途中だというのに、磯谷はテレビをつけた。

 まったく自由な男だ。


「あ、向井くん、これ知ってる?」


「……あ、例の通り魔事件の」


「違うよ、この番組。僕、毎週見てるんだ」


「……へえ、そうなんですか」


「うん……にしてもこのコメンテーター、こんなこと言うんだね」


 何の気なしにそう呟いたように見えた磯谷の目が、一瞬、どんよりとした暗いものに見えた。


「え……」


「『死にたいなら一人で死んでくれよ』だって……そういえば、数日前にも同じこと言ってるアナウンサーがいたなー」


「いましたねえ」


「知ってるんだ?」


「『だったら自分1人で命を絶てば』でしたっけ?」


「それそれ」


「流行ってますからねえ」


「流行ってるんだ」


「はい、SNSなんかではランキング上位ですよ」

「へえ、そうなんだ。だったら安泰だなあ」

「……何がですか」

「しばらく廃業にならずに済みそう」


 磯谷ははっきりとした表情で笑っていた。


「塵も積もれば山となるって、良くできた言葉だよね。塵なんてさあ、誰も気づかないもんね。山なら見えるけど」


「はあ……」


「でも山になった時点でもう遅いって話でしょ、良くできた言葉だよ」


 根本的に少し意味が違うような気がした。

 だが磯谷の小言の意味がまず分からない。


「安泰だよ。でもまあ、だからってその患者が僕のところに流れ込んでくるかは別だけど」


「流れ込んでくる?」


「にしても、世間の実態が証明されちゃったね。ま、だから僕のような男がいるんだろうけど」


「はあ……実体ですか」


「でも手間が省けたよ。向井さんを罵倒しなくても、このコメンテーターのような人たちが代わりに言って、犯罪者を生産してくれるってことでしょ。だったらここも安泰だよ」


「……」


「良かったね、向井さん」


「はい?」


「僕に殺人鬼にされなくて」


「……ははは。まだ言ってるんですか」


 磯谷という男が分からなくなった。

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独りで死ねば、いいじゃない。 酒とゾンビ/蒸留ロメロ @saketozombie210

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