【短編】勇者の相続人

常に移動する点P

【完結】勇者の相続人

このドアが開くとは、誰が予想しただろう。当の本人、初瀬勝己自身がいちばん驚いた。

 ドア越しに


「あなたに遺産の引き渡しがあるのです。遺言状に従って執行させていただきたい」

 という男の声がする。


 父も母も在宅のはずだが、と勝己は思う。新手のカウンセラーか、とも思う。

 ドアが引き破られそうなほどに、ガンガンと音を立てる。外側にはドアノブはない、勝己は両親が不在時に特別に内側だけに取り付け直した。自室に引きこもり、いや籠城してはや八年。何人たりともこの部屋には入れない。


 と、勝己はドア越しに、ドアを叩き返して、帰れの意思を送る。

 男は両親に目配せした。事前に取りきめをしたのだ。最悪ドアを破壊していいと。


「リディンスト・開錠」

 男はそう言うと、施錠されたドアが、ドアノブさえないドアが、すうぅっと開いた。


「あなたが初瀬勝己さんですね。初めまして私は、弁護士の相馬と申します」

「弁護士?」

「私の依頼人が、あなたに遺産を相続させたいと言いまして」

「遺産って何の話、それよりどうやってドア開けたんだよ」


 男は部屋に一歩入り込んで正座した。掃除は行き届いていた。両親もその部屋を見るのは何年ぶりかだと、感激していた。


「勝己さんと依頼人とは血縁関係になく、この相続は遺言状に基づきまして“遺贈”ということになります。お金に関するものは、ご両親とともに手続きはさせていただきます。というのも、金銭・不動産等に関わるものは、遺贈対象者の両親に遺贈するとありまして」


 何を言っているのかわからない、というよりも何が起こっているのか、日本語でありながら日本語として勝己は理解できなかった。


「つまり?」

「つまり、勝己さんには金銭以外のものを依頼主より遺贈される形でして。税務関係は千人の税理士がおりますのでご安心を。といっても、ご両親に対してのお話ですね。これは」

「だから、僕に何を遺贈っての、させるっての?」

 勝己が人と話すのは久しぶりだった。その割には饒舌だと、父親が母親とコソコソ耳打ちをしている。


「経験値ってわかります?」

「経験値って、ゲームとかの?」

「そうですね、元々はゲームではありませんが、その経験値というものを、私の依頼主が勝己さんに譲るということでして。もちろん、こちらには相続税なるものは掛かりません。日本の税法では経験値から収税するという取りきめはありませんから」


 相馬はそう言うと、勝己に手を差し出すように言った。勝己は相馬の勢いに流された。断ることもないというか、両親が金銭を相続したのなら、それはそれで親孝行にもつながったようなものだし、経験値を相続するなんて、まぁ儀式みたいなもんだろうと高をくくっていた。


「それでは、リディンスト・相続」

 相馬はそう言うと、勝己の親指をギュッと掴み、数秒ブツブツと呟いた。


「勝己さん、あなたに私の依頼人の経験値の一部を相続させました。全部をここにお持ちするには、私でも難しく。残りは一緒に取りに来ていただきたく」

 勝己は掴まれていた親指をサッと抜き取った。相馬と言う男、年のころでは父親と同世代、五十代後半といったところか。そんないわゆる初老の男に触れられるのは、気味が悪いものだ。いい気はしないものだ、と勝己は思った。


「残り?取りに行くって、そもそも経験値って何なんですか」

「失礼しました、私の依頼人は、更家耕一郎と申しまして、職業はなんといいますか、勇者でございます」

「勇者?」

 先に声をあげたのは両親だった。

「勇者って、あの、勇者?」

 父親が聞く。


「ええ」

「剣とか魔法とか、魔王を倒すとか?」

 母親が聞く。

「ちょっとニュアンスは違いますが、まぁそうだとしましょう」

 相馬は面倒な素振りで答えた。


「これから私と一緒に来ていただきたいのです。そもそも論として、相続すると決めたからにはすべての経験値を受け取っていただかねばなりません」

「どうして?」

「私の報酬は、規定により相続人が受け取った経験値の2パーセントを頂くということになっているのです」

「この、経験値って、溜まるとレベルがあがるとかってやつ?」

 勝己はおそるおそる聞いた。


「経験値ってのは、あったらあっただけいいもの、ではありますが、そこにあるだけで何か特殊な力を手に入れられるというわけでもありません。というか、勇者って概念をすんなり受け入れられて話が早いです」

 相馬は満足そうだった。

「僕は何をすればいいんですか?」

 勝己が核心に触れる。同時に考えた。そもそも、こんな引きこもりに何をさせたいのか、その更家という勇者とやらもどうやって自分に相続させた言って決めたのか?コレは一体何なのか、もしかしたら両親が仕組んだ芝居みたいなものなのか。この相馬と言う男は、ソーシャルワーカーなのではないか、と。


 相馬が勝己の耳もとで

「自分の身は自分で守る、できますね。その椅子を盾にして、下がってください。あとは、隠している包丁で守ってくださいよ」とささやいた。


 勝己は両親が前のめりになっているのが、相馬の肩越しに見えた。さっきからやけに耳が良くないか、と勝己は思った。


 相馬はニコリと振り返った。振り返ってニコリではない。あらかじめ用意されていた表情。振り返ってから勝利を確信するのではなく、振り返る前から勝利を確信していたともいえる。


「さっきから、何をウチの子に言ってるの?」

 母親がすくっと立ち上がった。


「リディンスト・封寺」

 相馬のつぶやきとともに、無数の手が現れる。足、腰、肩、腕、頭、が掴みつぶすかのように、母親と父親を引き込む。ドアの先、廊下の壁には深黒い穴が開いており、手はそこから出ている。

 引きずり込まれるのではなく、その手たちは母親と父親をつまんで、肉片にして、穴に放り込んでいた。


「父さん、母さん」

 勝己が震えながら叫ぶが、身体をついばまれた両親は、どちらも馬の顔をしていた。皮膚がむしり取られ、赤肉が露出する。

「さてと、これでいいかなと」

 相馬は手帳を広げて、チェックリストのようなものに印を二か所つけた。

「一体何が…」

「勝己くんが八年だっけ、引きこもっている間に随分と外の世界も変わってしまってね。なんていうか、異形たちが顕現したというか」

 話の筋が見えない、と勝己は相馬に懇願するような目で訴えた。


「ご両親はおそらく三年ほど前に、あの異形たちに喰われたと思う。勝己くんを喰おうとしてたみたいだけど、ほらコレ、封印術が」

 相馬はドアの内側につけられた印を指さした。それは、規則正しい星の文様と四角い図形が並んでいる。


「あ、それは。ネットで見た魔除けというか、ドア開けられたくなかったから」

 その規則正しい文様は、小刀のようなもので彫り込まれている。勝己の几帳面さをあらわしているようだった。


「これをネットで配ったのは、私です」

「相馬さんが?」

「ええ」

「あの、ついでに聞きますが、勇者ってのは?」

「更家耕一郎ですか?」

「そうです」

「あれは創作です」

 手帳を片付けながら、相馬は言った。

「勇者なんていないと?」

「いえ、目の前に」


 相馬は自分を指さした。

「私が勇者の相馬です。厳密には、下の名前が勇者で、フルネームが相馬勇者と言いまして」

「じゃぁ、さっきの経験値云々ってのは?」

「それは本当です」

「私、寿命がまもなくのようでして、手持ちの経験値をどなたかに御譲りしたく」

 相馬は壁の黒穴が閉じたのを確認した。


 勝己の部屋の窓がカチカチと外からの風を受ける。

「あの異形たち、ずっと追ってたんですよ。そしたら、私がネットで公開した封印術、勝己くんが作ってくれてたでしょ」

 勝己はドアに彫った文様を眺めていた。

「それで、異形の居場所が分かったってわけで。あとは、ドア開けますからってあの異形たちをだまくらかしてね。私と勝己くんを喰うつもりだったんでしょうね」

 相馬は立ち上がり言った。


「さて、私の経験値を勝己くんに御譲りする件ですが、契約自体が成立しているので、受取していただきます」

「僕に相馬さんと同じことをしろってことですか?」

「それは、ご自由に。でも、私がこの経験値を持ったまま死んだとあれば、倒した異形たちはいずれ復活してしまいますから」

「つまり、その経験値ってのは、あの異形ってのを封印するためのものでもあると?」

「話が早い。その通り。さて、私と一緒に行きますか?」

 相馬が手を差し出した。

 勝己は頷いた。部屋に引きこもる際に持ち込んだ包丁をタオルで包み、リュックの底に入れた。

 勝己は八年ぶりに、家の外に出た。



「それでは、精算の方をさせていただきますね」

 相馬は駅前の喫茶店ライムに遅れてきたのにもかかわらず、謝罪することなく要件を伝えた。

 男はジャケットの内ポケットから、むき出しの札束を取り出した。相馬は運ばれたコップの水滴を指に湿らせ、丁寧に数える。


「ありがとうございます。確かに、二百と」


 相馬はビジネスバッグから、クリアファイルに入った書類を取り出す。一枚もののペラッとしたその書類は、契約書と大きく上部に印字されている。


「では、ここにサインを。ハンコでもいいですが、お持ちでない?じゃぁ、自筆で十分でございます」


 男は渡された年季の入った万年筆で、更家耕一郎と書いた。


「あと、申し訳ないのですが、異形の方が、思いのほかダメージを喰らっておりまして、そのお心づけといいますか、治療代といいますか、頂けると何かと助かりまして、いえ、その、はい、あ、いいんですか、ありがとうございます」


 更家耕一郎はポケットから同じくむき出しの札束、五十万円分を相馬に手渡した。

「甥が世話になった。ありがとう。あいつは今どこに?」


 相馬はストローを使わず、すすりながらアイスコーヒーを流し込み

「あ、それはご安心を。勇者さまの後継者となるように、今、千葉の行徳ダンジョンで訓練されております。なにせ、経験値だけはしっかりお持ちですから」


 更家耕一郎は、そうか、と言うと会計票を持ってレジに向かった。

「あ、ありがとうございます!」

 相馬は座ったまま、更家耕一郎の方に顔だけ向けて、礼を言った。

 ひときわ大きな背中に、巨大な剣をぶら下げ、盾を置いて、キャッシュレス決済をする更家耕一郎を見て


「キャッシュレスの方が便利だな」

 と、二百五十万円の札束をバッグにしまいながら呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】勇者の相続人 常に移動する点P @shiokagen50

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画