第10話 オタクの嗅覚と、禁じられたモデリング
翌日の休み時間。僕は教室の隅で、息を潜めるように読書に没頭していた。
いや、没頭しているフリをしていた。
(……大丈夫だ。昨日の今日だけど、みゆきさんに不審な様子はない。周囲の反応もいつも通りだ)
視線の先では、みゆきさんが友達と談笑している。
背筋がピンと伸び、心なしか表情も明るい。ブレザーの胸元が昨日よりほんの数ミリ、タイトになっている気がするが……それは僕だけが知っている「秘密の成果」だ。
「……ほう。見事な『造形』でござるな」
「うわあああぁぁっ!?」
耳元でボソリと囁かれ、僕は椅子から転げ落ちそうになった。
いつの間にか、インキャ仲間の吉田が、眼鏡の奥の目を怪しく光らせて僕の横に立っていた。
「よ、吉田……っ! 驚かすなよ……」
「翔太氏……隠しても無駄でござる。拙者の目は節穴ではない。……高橋殿の『キャラクターモデル』が、昨日から微細なアップデートを遂げている。……そうであろう?」
「は、はあ!? 何言ってるんだよ、意味がわからない……」
僕は冷や汗を流しながら、必死に本に目を戻した。
しかし、吉田は逃がしてくれない。彼はシュタッと指を立て、マニア特有の早口で語り始めた。
「甘いでござる! 拙者は推しキャラのポリゴン数の変化すら見逃さない男。……今日のみゆき殿は、肩のラインが0.5度後方に開き、それに伴いバストの頂点が3ミリ上方へシフトしている。さらに言えば、脇から背中にかけてのシルエットが、かつてないほど『洗練』されている……ッ!」
「……っ!!」
(こいつ……っ! 変態すぎるだろ、なんでそんな細かいところに気づくんだ!?)
吉田はニヤリと下卑た笑みを浮かべ、僕の肩に手を置いた。
「翔太氏、お主……昨日髙橋殿とこそこそ何かしておったな。最近始めたというマッサージのバイトで、一体何を教わったのでござる? そして何をしたのでござる。……翔太氏の腕前は女性の体を再構築する『禁断の錬金術』……いや、『リアル・モデリング』に他ならないでござるな!?」
「ち、違う! 邪推はやめてくれ! ただ、姿勢が良くなるコツを教えただけで……っ」
「ほほう? ならば、拙者のこの万年デスクワークで歪みきった『ストレートネック』と、ゲームのやりすぎで固まった『猫背』も、その神の手で治せるというわけでござるな?」
吉田が、顔を近づけてくる。
眼鏡が曇るほどの熱量。……正直、男のマッサージなんてスキル経験値にはなるけど、快感効果はないし、僕のモチベーションは1ミリも上がらない。
「あ、いや……それは……」
「いいから、やるのでござる! 拙者も、みゆき殿のような『完璧な姿勢(ポリゴン)』を手に入れたいでござる!」
吉田が僕の腕を掴んで引きずろうとしたその時。
「――ねえ、二人で何の話してるの?」
ひょっこりと、噂の「アップデート済み」マドンナ・みゆきさんが顔を出した。
彼女は不思議そうに僕たちを見つめ、それから少し悪戯っぽく微笑んだ。
「高木くん、また吉田くんに変なこと教えようとしてるの? ……私にも、教えてほしいな。昨日の『続き』」
「…………!!」
吉田が「つ、続き……だと……っ!?」と絶望の表情で崩れ落ちる。
みゆきさんは僕の耳元に顔を寄せると、小声で囁いた。
「……昨日のマッサージ、本当に凄かった。……今朝、着替える時にね、鏡見たら自分でもびっくりしちゃった。……また、お願いしてもいい?」
彼女の吐息が耳にかかり、頭が真っ白になる。
「微調整」したはずのスキルは、彼女の心に、想定以上の「深い痕跡」を残してしまったようだ。
【現在の実績】
累積施術人数:6人
ボーナスまで:あと94人
吉田の執念深い調査と、みゆきさんの甘い要求。
僕の平穏なインキャ生活は、スキルレベルの上昇と共に、音を立てて崩れ始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます