「きいとるんか、かずや」


 耳元に持ち上げたガラケーは、いやに重たい。鼓膜を揺すぶる親父の声はいつにも増して震えていた。


「サヤはのう、サヤはのぅ……ええ子じゃけぇ、きっとのう……」


 二回りは離れていただろうか。頭に浮かぶ輪郭のふやけた数字に、自分の数字と、妹の数字を見付けた。十五と三十、段々とくっきりした数字は黒くて、墨で塗ったようでもあった。


 妹は白い肌に浮く、黒い目をしていた。年齢に見合わない芯の通った佇まいは雛人形とも、それとも半紙へ一筆走らせたようにも思っていた。帰省して顔を合わせれば、なにとも言えん顔でおれを見てきては頭をすっと下げていた。


「サヤはのぅ、サヤはのぅ……かずやぁ、わしわのぅ、なんぼも動けんじゃろう。のう、かずや。もうええけえ、こっちはええからぁ、しゃんとせえよお」


 ガラケーの声は、記憶にあるよりずっと粗く。父が絞り出す言葉に殴られたて、どう言えば良いのやら分からんままで。


 おれは確信があった、予感とも言える。慣れないから苦戦して、話す事の順番だって目茶苦茶で。だからどうだ、あれこれはそうだ、厳格な親父だったろうに。おれのガラケーから響く声に、面影はなかった。


 ごそごそ、くぐもった物音。


「……和也さん? お父さんね、無理せんでええよって。そういっとるんよ」


 なにかを啜る音が遠くからしていても、すらっとした声は随分と抵抗がなく頭に滑る。だから、口を開こうとして。冬の空気にあてられた唇が、どうにも乾いて張り付いてしまう。そのわずかな痛みが、声を通す隙間をうめてしまう。


「和也さんも大変やけん、サヤちゃんも、きっと、ええいうてくれるから。だからね、無理せんようにね」


 記憶にある母より小さくて、またしても、おれはなんとも言えんままで、されるがまま。


「和也さん、サヤちゃんはね……」


 母の声が遠い。


 気付けば、あれそれをどうこうしろと。


 ツナギを着た男が指示してくる。そいつと毎朝顔を合わせていた。はっきりとした物言いで、かっちりした若いんだか古いんだか分からん、三十路のおれ。


 そいつは手際良く、淡々とやるべき事を整頓して、過不足なく熟す。いつものように。


「あ、ああ、分かったけえ……」


 着てく喪服がないぞ、どうする、なんて頭の片隅にあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る