歌うロボット ー 月輪のレジリエンス
@Egusan
第1話 プロローグ
電動バイクの赤いテールランプが、緑に沈む廃都の闇に流れていく。それを追って、三機の大型ドローンが、高速で超低空を飛行をしていた。
「せっかく電動バイクを選んだのにさ」
電動バイクを操縦しながら、コウカは忌々しげに呟き、
「こんなに
と、肩越しに後方を見た。
後続する運搬用の大型ドローンは、円筒形の制御ユニットを中心に、四基のローターが同心円上に配置されている。その機体の下部から、四本のロボットアームが展開され、二体の棒人間型のロボットを
「ロボットを運んでるからね。これはこれで、しょうがないんだろうけどさ」
運搬型ドローンのローターが発する強い風が、腐葉土に生い茂る草を、がさささがさささと鳴らしている。
「それにしたって、大きな音だよ」
あまりの騒がしさに、コウカは眉をしかめ、前方の暗闇に視線を戻した。
真っ暗な夜道をさらに進み、信号の消えた交差点で、コウカは右に曲がった。その先で電動バイクを止め、
「ドローンは、ここまでだよ」
と、コウカが宣言した。その命令に反応して、三機の運搬型ドローンが空中静止し、六体のロボットを地上に投下した。
かさこそと下草を踏み、棒人間型のロボットが、コウカの周囲に集まってきた。
ロボットの頭部は、薬のカプセルに似た形状をしている。その顔は、目の部分に二本、口の位置に一本、横向きの
「ここから、あんた達は走るんだよ」
扇状に整列したロボットに命令し、コウカは電動バイクのアクセルを乱暴に開けた。
巨木化した街路樹が、空に向かって大きく枝葉を伸ばし、頭上をすっかり覆い尽くしている。夜空に瞬く星々はほとんど見えず、ヘッドランプに照らし出される道路は、まるで緑のトンネルのようだった。
「そろそろだね」
道路の真ん中で電動バイクを停め、コウカはヘッドランプを消した。彼女がバイクから降りると、緑に包まれた闇の中で、束ねた長い髪がさらりと揺れた。
柔らかな腐葉土を踏んで、フロントフォークに取り付けたホルダーから、一振りの日本刀を鞘ごと引き抜く。それを改造したガンベルトにぶち込み、コウカは棒人間型のロボットが追いつくのを待った。
ひゅうううぅと空気を切り裂く音がして、一瞬の静寂の後、轟音が大気を震わせた。それは、海岸で打ち上げられた花火の音だった。
「今日も一発だけなんだね……」
コウカは呟き、真っ暗闇の中で、足音がする方へと目を向けた。
「足元を照らしておくれ」
最初に到着したロボットに命令すると、ロボットは細い目をぴかりと光らせ、コウカの足元を照らし出した。
「それじゃあ、行こうか」
コウカがすっと歩き出し、それに六体のロボットが続いていく。
そこからさらに百メートルほど進むと、二階の窓から漏れ出す明かりが見えてきた。
そこは、かってはファミレスだった建屋で、情報では一階部分の敷地は駐車場で、二階が店舗になっている。足音を殺して建物に接近し、コウカは階段の下で足を止めた。
「自転車だよ……」
コウカの視線の先には、一台の白い自転車が停められている。あちこち錆の浮いたガードレールに、少し汚れた白い自転車は、ちょこんと
「情報になかった誰かがいるんだ……」
「もうここで十分です。対象者の捕獲を命令して下さい」
コウカの呟きを無視して、棒人間型のロボットが小声で提案した。
「あんた達が突入するのは、あたしが中の様子を確認してからだよ」
ロボットの超指向性の囁きに、コウカは慎重な答えを返した。
「中の様子はどうなってる」
「ロボットが一体だけいますが、厨房の奥で充電中です。そこからでは、フロアの様子は分かりません」
建屋の中にいるロボットと視覚を共有し、コウカの一番近くにいるロボットが答えた。
「自分の目で、確かめるしかないね」
そう呟き、コウカは二階の窓を見上げた。その左耳で、短冊形のピアスが揺れた。黒く小さな短冊の真ん中には、金色の菊花紋があしらわれている。
「行くよ」
そう宣言して、二階から漏れるほのかな光へと、コウカはすっと踏み出した。
階段の手摺りに、『立ち入り禁止』の看板が掛けられている。看板の文字は酷く掠れ、ほとんど読み取れない。その前を素通りして、コウカが階段を登っていく。
「な……」
踊り場まで上がったところで、コウカは激しい目眩に襲われ、その場にしゃがみ込んだ。鞘の
「なんだいこれ……」
呟くコウカの視界は、ぐにゃりと歪み、ぐらりぐらりと大きく揺れている。
階段の手摺りを掴み、なんとかそれに耐えていると、店内から一発の銃声が聞こえてきた。まるでそれを合図にしたかのように、コウカの目眩がすっと治まった。
困惑しながら立ち上がり、コウカは身体を軽く動かしてみた。どこにも問題がないのを確かめ、
「ここで待ってな」
棒人間型のロボットに短く命令して、コウカは階段をだっと駆け上がった。
ガラス扉を開いて店内に入ると、また二発の銃声がした。
壁際に設置された公衆電話の前を、コウカは足早に通り過ぎた。通路を左に曲がると、透明な板で仕切られたボックス席が並んでいる。その奥の窓ガラスに、放射状のヒビが入っていた。
「じっとしてろよ。当たらねぇだろうが」
男の怒声が聞こえ、コウカは視線をそちらに向けた。
髪の長い女に向かって、若い男が回転式拳銃を構えている。コウカはその女の顔に、見覚えがあった。ここに来る前に、立体写真で見せられた捕獲対象者だ。
「遠すぎるね」
コウカは姿勢を低くし、できるだけ足音を殺して、男への接近を試みた。
「助けて……」
ボックス席にいる誰かに向かって、助けを求めるかのように、長い髪の女が手を伸ばした。その背後に男が立ち、女の背中にゆっくりと銃口を向けていく。
「危ないっ」
少年の叫び声が聞こえ、女が床にしゃがみ込んだ。それと同時に、連続した発砲音が店内に響き、
「うっ」
と、小さな呻き声がした。
窓際に立つ男が、拳銃のシリンダーを開き、薬莢をばらばらと床に落とした。男がポケットを
「どこ行きやがった」
装填を終えた男が怒鳴り、店内をぐるりと見回していく。その視線が、コウカの上でぴたりと止まった。
「なんだ、おまえ」
興奮した男が、唾を飛ばしながら喚いた。その声を無視して、コウカが足早に男へと近づいていく。
「なんだよ、おまえ」
「あたしは、コウカ。警察だよ」
二度目の質問に答えながら、コウカは左手の親指で鍔を押し、腰に挿した日本刀の鯉口を切った。
「警察ぅ、なんだそりゃ」
初めて耳にする単語に、男が大きく首を傾げてみせた。
「銃を下ろしなさい」
男に命じながら、滑らかな足取りで、コウカが男との間合いを詰めていく。
「苛々させんなよ」
「銃を下ろしなさい」
「近づくんじゃねぇ」
怒鳴りながら、男が銃口をコウカに向けようとした。その刹那、コウカの日本刀が一閃し、男の腕をすぱっと斬り飛ばした。
滑らかな足捌きで、コウカが男との距離を取っていく。その動きの中で、少年がソファーに倒れているのが、視界の隅にちらりと映った。こちらを見つめる少年は、胸に二発の銃弾を受け、ぐったりと横たわっている。その姿に、
− 助けなきゃ。
コウカの胸に、切実な想いが込み上げた。その気持ちのままに、手にした日本刀をからりと捨て、コウカは少年の元へと駆け寄った。
少年の胸に、赤い染みがじわりと広がっていく。
「大丈夫、きっと助かるよ」
少年に声をかけながら、コウカは傷口に掌を当て、圧迫止血を試みた。
「頑張るんだよ。すぐにロボットが来るからね」
少年を励ましながら、コウカが入り口の方へ視線を向けると、六体のロボットが一団となって、店に踏み込んで来るのが見えた。
「こっちだよ」
コウカは大声を上げ、棒人間型のロボットを呼んだ。その瞳には、後悔が色濃く滲んでいる。これが、二十五歳のコウカと、少年アガタとの出会いだった。
歌うロボット ー 月輪のレジリエンス @Egusan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。歌うロボット ー 月輪のレジリエンスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます