ブラックアウト

理宇二弦

第1話 常温

IFR/HOME CLK 07:30 PHASE:π AMP:low


朝、スマホのアラームが鳴り月曜という一番嫌いな平日が迎えに来た。

起きたくない。この無意味な時間と葛藤しながら、うるさいアラームを止める。なんだか胸がざわついている。呼吸が浅く、喉もカラカラだ。

変な夢を見ていたせいだろうか。思い出そうとするとザーッと砂嵐のノイズが入り込んでくる。

なんとかベッドから這い出るとため息を吐きながら部屋を出る。

キッチンでは母親が朝食の準備をしていた。リビングには父親が顔を覆うように新聞を読んでいる。

テレビから朝のニュースが垂れ流されている。

「先日区内の高校で起きた生徒の自殺に関する報道です。クラス内で起きたいじめ問題について--」

活気を削ぎ取る月曜日にさらに重いパンチのニュースが流れる。

コメンテーターの口調がヒートアップしていく。

それに相反するように興味も薄れていく。

冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注ぐ。冷たいはずなのに、温度感覚が麻痺したみたいに常温のようだった。

「続いては今が旬!スイカ特集です!」

いつの間にかトピックが切り替わりテンションの高いBGMが流れる。

どんなニュースにも無反応で会話のないリビングからは効果音だけが聞こえてくる。

パサ。父親が新聞をめくる音が合図。

コト。新聞を読みながら空のコップをテーブルの左端に置く。

コポコポ。それに気づいた母親がコーヒーをもう一杯注ぐ。

ギギ。それを見ればだいたい時間がわかる。椅子から立ち上がり、洗面所へ向かった。

キュッ、キュッ。準備が終わり玄関で靴を踵に押し込む。

バタン。玄関の扉を閉めた。

エアコンの効いた部屋と会話のない静かな朝から一転、外は日差しがジリジリと差し、蝉の鳴き声が幾重にも重なる。

遠くのアスファルトに陽炎が立って、空間が歪む。それは夏の訪れを告げていた。

無関心を装うことで家に引き返したい気持ちを抑える。何も変わらない平穏と“常温”を維持し足を前に踏み出し高校に向かった。

--気持ちわる。

改札を抜け、ホームに着くころにはシャツに汗が張り付いていた。

列に並ぶとアナウンスが流れ、各駅停車が風を押して入ってくる。

車内は冷房が唸りを上げながら強風が体に当たる。

吊り革に手を伸ばし、スマホを開く。

充電を忘れたイヤホンを取り出し、残量は17パーセント。音量は小さめで音楽を流す。

冷房の唸りに混ざって、曲がさらに聞こえにくい。

朝からクラスのチャットに新着が並ぶ。ほとんど開かず、未読のまま指で流す。

AIのアルゴリズムが投げてくるショート動画が際限なく続く。

五駅先の高校の最寄り駅に着いたことを、抑揚のないアナウンスが告げる。

電車を降り、改札を抜けると、日差しと蝉の声はさらに強さを増していた。

蝉の寿命は一週間、というのはどうやら嘘らしい。土の中で五年、地上では充電が切れるまで鳴く——ショート動画で見た。

……自分の残量は、今いくつなんだろう。

あるいは、あと何十年も抑揚のないアナウンスを聞きながら通勤電車に乗って、ショート動画のように際限なく続くのかもしれない。

そんな不毛なことを考えていると気づけば高校に着いていた。

教室に入り、窓側の前から二つ目の席に座る。カーテンの隙間から七月の光が差し、机の面で白く跳ねた。

HRが始まる。二人の文化祭実行委員が前に出て、

「これから文化祭のクラス出し物のアンケート用紙配りまーす。提出は明日のHRまでにお願いしまーす」

と声を張り、プリントが列の間を流れていく。

紙が回る。見出しのインクが指先に黒く移った。

見出しは太字——「文化祭 出し物アンケート」。

空欄:やりたい出し物。

小さく、企画書提出:7/8(放課後)/予算上限:2万円。

さらに、係分担:装飾/広報/音響/会計/受付。

末尾に『【禁止事項】火気(調理室のみ可)/大音量の出力』と小さく刷られている。

「予算、決まってるからな。破産させんなよ。な、臼田うすだ。何ニヤついてんだ」

担任の軽口に、笑いが同じ高さで重なる。

「……あっす」

バド部の臼田と、バスケ部の輪が後ろのほうでざわついた。

「去年さ、南先輩のクラスのお化け屋敷、ウケてたよな?」

「あー確かに。めっちゃ怖かった。衣装とメイク、だいぶこだわってたらしいで」

「準備だるいって」

「カフェは?」

「臼田の女装カフェは?」

少し遅れて、女子の声。

「最悪。きもいって。てか、コノミはメイド似合いそう」

「フミのほうが似合うでしょ。ていうか、二万って安くない?」

対照的に、サッカー部と野球部は輪の外。机を寄せて内輪で盛り上がる。

「そもそも部活で出られねえし。……そういえば来週さ西女さいじょの文化祭行こうぜ」

「うわ、マジで行きてえ。土日やろ? 部活やん」

「そこはサボるだろ」

「そこはな」

二年になって、クラス替えから三か月。

同じ部活内のノリで笑いは起きるが、クラス全体には広がらない。

まとまりのないよそよそしさと妙なぎこちなさだけが、笑いの底に澱む。

「そういえばみねって、一年のとき短編映画つくってなかった?」

体格のいいバスケ部、赤田あかだの声が響く。熱のある空気が一瞬引き、視線が隣の峯に集まる。

呼ばれた峯は、眼鏡を押し上げ、首筋を掻いた。

「いや……あ、でも……」

言い切る前に、同じバスケ部の二瓶にへいが被せる。

「え、すご。もう決まりじゃん」

やがて視線が交わり、薄笑いとくすくすが伝染する。

ざわめきが蝉の鳴き声のように幾重にも重なり、クラスは同調しはじめた。

対象が決まると、クラスに「平穏」が生まれる。ヌルい常温に安堵する。

峯だけが、尋常じゃない汗をかいている。こめかみの汗が、アンケート用紙の白い余白に、じわりと黒く滲んだ。

「教室暗くしたら、たぶん寝る」

隣の峯と前の列だけが振り向く。

スリー、ツー、ワン――

3秒だけ、教室が停止したみたいに静かになる。まるで雪原のように温度が失われた感覚。

すぐに、教室の笑いが戻り、夏へ戻っていく。

二人の文化祭実行委員が揃えて咳払い。「とりあえず、案は三つ。書いて提出で」

朝のHRが終わった。

プリント右上に名前の記入欄がある。アンケートなのに明記するのか......

二年B組/34番/明楽めいら 日々ひび

名前を記入し、項目名に

「特になし」

そのまま無造作にプリントを机の引き出しにしまった。

グシャ。引き出しの中で紙クズとなる音がした。

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ブラックアウト 理宇二弦 @riu2gen

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