黒戸千尋の前頭葉と海馬と三半規管

みつぎみき

第1話 慟哭乖離

 四月、春と言うには暑すぎた。令和の世に地球温暖化を憂わない日は無いと言うことか。制服のシャツが汗で肌に引っ付いて気持ち悪い。


 緩い坂道は高校に繋がる唯一の道。俺を含め生徒たちは暑そうに上っていく。


「ちーちゃんっ。おっはよー」

「いたっ、後ろから叩かないでくれますか那珂さん」

「むぅ……どうしてそんなに他人行儀なのぉ? あれかな~美少女幼馴染に照れちゃってるのかな?」


 分かる分かる、と腕を組んでうんうん頷いている。

 彼女は那珂、つい数日前に高校入学と共にクラスメイトにして席が隣になった女の子だ。そう、つまりだ。


 入学式の日はよく覚えている。まず驚いたのはクラスメイト達が俺を除いて美男美女しか居なかった。肩身狭しと席に着くと、隣の那珂さんが話しかけてきた。


「ちーちゃんおはよう、高校でも同じクラスだね! 小1から皆勤だよ~」

「はぁ?」


 机にでっかいおっぱいを乗せ、極寒の氷すら溶かさんとする灼熱の笑みを向けてきた。長い金髪をツーサイドアップに纏め、童顔の美少女だ。椅子に着いているが足が床に届いていない、つまり低身長。

 でもおっぱいは机の半分を埋めている。勉強できるのか?


「えーと……同じクラスだったの? 気が付かなかったわ」

「えー!? 幼馴染じゃん!? ひっどーい、ちーちゃんが揉んでくれたからこんなに成長したのに~」


 ちーちゃん……俺のあだ名だろうか? 確かに俺の名は黒戸千尋くろとちひろだから変では無いが。

 揉んで、揉んで!? そんな記憶無いんですけど!?


「あ~静かにしろ、体育館で式が始まるからそれ終わったらHRな」

 教室の扉を開け、スーツ姿の女性が入ってきた。


 煙草を吸って教卓前に立つのは担任の比叡。どう見ても中にYシャツを着ていないし、ブラもつけていないので谷間や腹ががっつり見えている。巨乳だしちょっとずれたら先っぽがはみ出しそうだな。てか下のパンツがボディーペイントかと思うほどぴっちり張り付いている。いや、マジでそうかも。


 入学式で壇上に上がった校長は生徒会長(美人)のおっぱいを揉んでぶん殴られた。ヤンキーっぽい男が壇上に上がって番長を名乗りだした。煙草を平気で吸う比叡。歯磨きしてるやつもいる。後ろから胸を押し付けてくる那珂さん(背が小さすぎて俺の腰ぐらいに当たっている)。


 なんだ? 何かがおかしい。

 俺の前頭葉が悲鳴を上げている。






「はぁ……もう何が何だか分かんねーよ」

「ちーちゃん? もう私に惚れすぎておかしくなっちゃったかな?」


 入学式から今に至るまでの悩みに頭痛を覚えているだけだ。

 那珂さんは俺の腕におっぱいを押し付けながら歩く。


「――おっふたっりさん! 相変わらず仲いいね~!!」

「あ、高雄くんおはようっ!」

「……おはよう」


 後ろから走って近づいてきたのは似合わない金髪に染めたサル顔の男。鼻の下が俺の倍くらいある。目線が完全に変態。

 高雄、こいつも自称親友兼相棒らしい。もちろん俺にはそんな奴が居た記憶はない。どうなってんのやら。


「ぐっへっへっへっ、那珂ちゃんは相変わらずでっかいなっっと」

「きゃっ、いや、ちょ、もうやめてよ~」

 高雄は令和に居てはならない顔をして那珂さんのおっぱいを揉んでいる。


 勝手にやってろってんだ。俺は行くぜ。

 二人を無視して坂道を歩いていく。


「死に晒せゴラァ!!!!」

「pぎゃらあああ」

「高雄くーん!!」


 後ろから断末魔が聞こえた。おそらくいつも通りに番長くんにぶん殴られて坂道を転げ落ちたのだろう。


 高校に着き、靴箱から上靴に履き替える。新校舎はとても清潔で土足は許されない。誤って土足で廊下に出ると停学処分が下るらしい(厳しすぎ)。


「お、黒戸か。早いな、ついでだからちょっと手伝ってくれ」

「先生おはようございます。わかりましたけど、荷物教室に置いてきていいですか? 意外と重いんです」

「あのなぁ、教科書とかはロッカーに置きっぱなしにするのが基本だろ」

「おい教師」


 相変わらず煙草を吸っている不良教師比叡はケラケラ笑っている。

 後ろから付いていくが、ケツがプリプリ揺れている。やっぱりボディーペイントだよなこれ?


 保健室に連れてこられると、中に一緒に入る。

「おっす、榛名げんきか」

「あら比叡ちゃん、そちらは黒戸くんかしら?」

「なんで俺の名を知ってるんですか?」


 保健医の榛名先生だ。白衣の下が死語と言っていい童貞を殺すセーターを着ている。高雄曰く下着をどっちも付けていないので見え放題らしい。金髪のユルフワお姉さまだ。


 しっかしおっぱいと尻がデカすぎる。那珂さんよりでかいのはチートだろう。白衣の上から尻の形が分かるのは異常だ。



 な、おかしいだろ? この高校に入学して数日でこの異常事態だ。普通の生徒、普通の人間、普通の感性を持つのは俺しかいない。

 そこで俺は結論付けた。『俺はラブコメの世界の主人公になったのでは?』とな。


 この登場人物のおかしさはそれで説明できる。

 かぁーきちまったな。俺の時代。


「黒戸くん、そこで寝ている二人のこと見ていてくれる? 私と比叡ちゃんはちょっと校長先生に呼ばれててね」

「じゃ、頼んだぞ黒戸」

 二人は去っていった。


 カーテンを捲るとベッドが三つ、真ん中だけ使われていた。

「あ、ああち、ちーちゃ、ん、んっ! ど、どうしたの?」


 いつの間にか抜き去ったのか、那珂さんが布団を顔の半分まで被せて寝ていた。どうも布団の下半身部分が膨らんでいるな。

 榛名先生は二人と言った。つまり――。


 俺は無表情で捲った。

「あ……チーっす!! 元気か相棒!!!」


 脚を広げた那珂の股間にへばり付いて舐め舐めしていた高雄。一瞬のフリーズの後に元気にサムズアップしてきた。


「もう、おまえらが付き合えよ?」

「ち、ちが、うのぉ……んんっ、こ、れは誤解で、ぇ」

 もはや開き直ったのか高雄はむしゃぶりついている。


「ぷっは――ふぅふぅ、あのな相棒……那珂さんはお前が好きなんだぞ!? その彼女になんて言い方だ!! そんな奴を相棒にした記憶はないぞ!?」

「奇遇だね、俺もお前を相棒にした記憶ないわ」


 犬の如く那珂さんの出したものを舐め飲んだ後、俺の胸倉をつかんで青春の一ページみたいなことを言い出す高雄。



 その後三人で教室に向かった。ふらふらと傘を杖替わりにして歩く那珂さん。太ももから足に掛けて何かの液体がだらだら流れているのがやめてほしい。



 ちなみに教室にやってきた比叡の下半身のペイントが一部分剥がれ落ちていたのは言うまでもない。校長だな。



 休憩時間、俺は一人で中廊下にある自販機スペースでコーヒーを買って飲んでいた。ここの高校は敷地面積が広く、こういったスペースが結構ある。

 正直言ってこうして一人で落ち着く時間がないと参ってしまう。


「黒戸千尋だな、少し話をしよう」

 物思いに耽っていると眼鏡を掛けたイケメンが近づいてきた。どっかのテニス部の部長みたいなやつだな。声が渋い。


「はぁ、なんでここの人たちはみんな俺の名を知ってるんだか」

「知っているのは一部の者だけさ、だけ」

 いちいち眼鏡を中指で掛け直すの格好いいすね。


「そこうしゃ? なんすかそれ」

「ふっ……私のような者とだけ言っておこう。そして私は数少ない君の味方でもある、故に君に進言しよう。退……後は分かるな」

 そういって去っていった。うそでしょ?


 そうして次の日の金曜日、放課後家に帰るとメモがあり母と妹が親戚の家に泊まりに行くと書かれていた。


 俺は言われたとおりに棚を退けた。そこには床下収納の扉があった。普通なら気にしないものだろうが、俺は開けた。すると本当に一人がギリギリ通れる階段があった。


 木製の階段と少し湿った金属の壁を手にし、俺はゆっくり下る。

 数分も掛かり、ようやく金属の両開きの扉に着く。横には認証キーがあり、そこに付箋で暗証番号が貼ってある。

「いや、セキュリティーがばがばかよ」


 しかしフリーゲームの探索風味があるな。あれも暗証番号が簡単な場所にあったりするしな。


 付箋の番号を入力すると、pppp――認証します。と音声が流れ、ゆっくり扉があいた。


 中はさほど広くはなく、壁にモニターとパネル、PCやら何かおかしな機械類、そして中央には大きいシリンダーのような物がある。シリンダーは透明度の高い緑色の液体で満たされており、


 黒髪黒目の典型的な日本人の少女。胸はそこそこ、ちょっと短足気味で腰のクビレがあまりない。素材のいい磨かれていない原石と言ったところか。


 シリンダーの下部分についてあるモニターは真っ黒である。その横にあるスイッチに触れると電源が入る。


『指紋確認、の肉体と一致。「あーあー、あなたはくろとちひろでいいですか?」』

 文字とは別にどっかの音声ソフトのような棒読み音声が流れてくる。


「そうだが……神崎神威?」

「かんざきかむいはそのにくたい、きおくはくろとちひろ。そしてこのしょうじょのにくたいがあなたのほんとうのぼでぃー」


 待てよ落ち着け、こいつの言っていることを整理しよう。

 えーとつまり……俺の本体はこのシリンダーの中の少女で、記憶を神崎神威なる人物に移植? していると言うことか。まったく分からん。


「えー、あー、うーん……え? 俺って女なの?」

「あなたはもともとせいどういつしょうがいでくるしんでいた。そこでしにかけていたこのせかいでだいじなうんめいをもつしょうじょ、むつちゃんにゆずり、あなたはじさつがんぼうがあったかんざきかむいのからだをもらった」

「……ど、どうせならもっとち〇こが大きい肉体にして欲しかったぜ、ははは」


 とりあえず空気を変えようとしたが無理だった。

 でもさー、租チンなんだよなー。空気読めよ、入れ替えたやつ。


「でもさ、記憶的には俺は普通に男として生きてきたような? そんな女だった記憶とか無いんだけど」

「あなたのきおくはいいかんじにくろとちひろとかんざきかむいでまざりあっている。おやといもうとのきおくもちょうせいずみ。こせきもいじった」

「まさか那珂さんや高雄みたいな元々知り合いだろ、みたいに接してきた奴らは神崎神威の幼馴染と親友だったのか?」

「そこがすこしむずかしい、ぜんいんがあなたやわたしのみかたではない」


 そういやあの眼鏡が数少ない味方とかほざいていたな。


「あなたは……というかこのむつちゃんはくさび」

「楔? なんのだ。そういや世界の運命で大事な子みたいに言ってたな」

「このこをちゅうしんとし、いろいろなせいりょくがここに、このにしゅうけつしてしまっている。かぎはあなたとかがとあかぎ」

「加賀と赤城? だれだそれ」

「めがねをあいするへんたいがかが、ばんちょーがあかぎ」


 あの眼鏡が加賀? で番長が赤城か。赤城は隣のクラスだからあんまり知らないんだよな。たまに高雄をしばいているけど。


「まあ全部を信じるのは厳しんだが……俺は何をしたらいいんだ?」

「あつめて、を」

「鍵が俺ら三人で、それの対てきな奴か? それとも下ネタ?」

「かぎはほかにもいる。あなもおなじくいる。ぜんいんそろったらここにあつめて」

「どうやって探せばいい、レーダーとか無いのか?」

「ない、そしてだれがかぎであなかはわたしもわからない。わっちぃdんぁ;」


 んあ? 急に音声が狂ったな。


「え、おい! 返事しろ」

 俺の呼びかけ空しくモニターは砂嵐のように乱れた。


「どうしろってんだよ、なあお前は知ってんのかむつちゃんよ?」

 シリンダーに手を翳し、むつにささやく。返事はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る