異世界記録

プロローグ

この世界には、神がいる。


ただし、それは一柱ではない。


かつてこの世界には、

空も、大地も、人も、魔も――

あらゆる存在を等しく見渡し、裁き、均衡を保つ唯一神が存在していた。


世界は、その神の意思のもとで成り立っていた。


だが、ある日を境に――

その神は、忽然と姿を消した。


死んだのか。

消滅したのか。

あるいは、世界そのものに拒まれたのか。


理由を知る者は、誰一人としていない。


唯一神の消失と同時に、

世界は静かに、しかし確実に分断された。


今この世界を治めているのは、

かつて唯一神の下にあった、小さな神々である。


彼らはそれぞれ、

山を、森を、海を、国を――

特定の「領域」だけを司っている。


だが、その力は限定的だ。


世界全体を見渡すことはできず、

均衡を保つには、あまりにも脆かった。



この世界では、

誰もが魔力を持って生まれる。


しかし、それは決して平等ではない。


生まれながらに強大な魔力を宿し、

高度な魔法を自在に操る者がいる一方で、

火を灯すことすらできない者も存在する。


魔力に恵まれなかった者たちは、

剣を握り、拳を鍛え、

武術によって生きる道を選んだ。


魔法と武術。

異なる二つの力が並び立つことで、

この世界の均衡は、かろうじて保たれてきた。


――少なくとも、かつては。



神が消えて以降、

世界には明確な異変が現れ始めている。


森に棲む魔物は増え、

かつて安全だった街道は、命を賭す場所となった。


国と国は互いを疑い、

国境には兵が集まり始めている。


戦争の気配は、

もはや噂ではなく、現実として迫っていた。


人々は理解している。


この混乱が、

自然に収束することはないということを。



そして、囁かれ始めた。


――魔王が、生まれつつある。


それは、神なき世界が生み出した存在。

秩序の崩壊が呼び寄せた、必然の象徴。


魔王が完全に誕生した時、

世界は、取り返しのつかない変化を迎えるだろう。


誰もが、そう感じていた。



これは、

そんな世界を記した記録の一頁である。


なぜ一人の人間が、

本来いるはずのない世界へと転移したのか。


なぜ、この時代だったのか。

なぜ、この世界だったのか。


その答えは、まだ記されていない。


ただ一つ確かなのは――

この世界が、すでに戻れない地点に立っているということ。


これは、その始まりの記録である。

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