無口な妹と、おしゃべりな手

青より蒼し

無口な妹と、おしゃべりな手

 僕の妹はとても無口だ。しかもいつも無表情で、表情から感情を読むのがとても難しい。

 

 それは外でも家でも変わらず、たしかお医者さんが言うにはエーエスデーとかなんだとお父さんが言っていたような気がする。

 僕にはエーエスデーというのが何なのかよくわからないが、それを聞いたお母さんがふと悲しそうな顔をしていたのを覚えている。

 

美羽みう……お母さんに言いたい事があったらなんでも言っていいんだからね」


 っと、お母さんは妹の美羽によく言うのだが、美羽はその度に無表情のまま少し頷いて、そして逃げるように僕の隣へとやって来ては何故か僕の手を握る。


「やっぱり……まだ、ダメか。白兜はくと、……いつも美羽のこと、みていてくれてありがとね」


 お母さんはそう言って寂しそうに優しく笑う。

 けれどそれはよくあることなので、僕は大して気にはならなかった。


 「うん」

 

 そう言って僕は、いつも通り手を握られるまま美羽と一緒にテレビを観ていた。


 最近お父さんがリビングのテレビでインターネットっていうものを使ってはいしん?しているいろんなアニメを観られるようにしてくれたので、僕はアニメのタイトルが並んだ画面を表示する。


 「美羽は何が見たい? これかな?」


 そうやって僕が美羽の好きそうなアニメを選ぶと、美羽が握っていた手を小さく揺らした。

 これはダメって意味。


 どうやら今日の美羽は違う気分らしい、僕の妹はなかなか気分屋さんなのだ。

 しかたなく、僕は画面に表示されたアニメを一つ一つ選んでいき、美羽の反応を待っていた。

 

 すると、あるアニメを選んだ時、美羽が僕の手を強く握った。

 これはいいよって意味。


 どうやら、今日はこれが見たいらしい。


 そうして僕たちは一緒にアニメを見始める。アニメの中では変身した女の子たちが怪人と戦ってピンチになっていた。

 すると、美羽が握った手をガ・ン・バ・レのテンポで揺らし始める。どうやら女の子達を応援しているらしい。

 けれど世の中そんなに甘くないことを、小学三年生の僕はすでに知っていた。

 

 その予想通り、怪人が突如謎の力で強くなり、女の子たちが怪人にやられてピンチになる。

 それになんだか悲しそうに美羽の手の力が抜ける。

 

 周りのみんなは美羽のことを何を考えてるか分からない、怖い、なんていうのだが、僕が知っている美羽は他の女の子達となにも変わらない。普通に女の子向けのアニメや可愛いものが大好きな一人の女の子。それに無口で無表情なだけで、美羽の手は結構おしゃべりなのを僕は知っている。


 だから僕も美羽に負けじとガ・ン・バ・レと手をふる。それが嬉しかったのか、美羽は僕に合わせて一緒にガ・ン・バ・レとしてくれる。そんな時間がなんだか楽しかった。


 そうこうしていると、そろそろ眠る時間になって来た。美羽とアニメを見ていると、一日ってすごく早い。

 

 お母さんに言われて二人でお風呂に入り、歯を磨いて一緒のお布団に入る。

 眠る時は親子四人で川の字で寝るのが僕らのルール。

 右からお母さん、美羽、僕、お父さんの順番。

 

 眠るときでも美羽は僕の手を握ってくる。お母さんも隣で寝ているのになぜか僕の手を両手でしっかりと握り閉めながら僕のほうを向いて眠る。両手で握られると僕の手が美羽の体温であったまって少し熱い。だから美羽が眠ったと思ったタイミングで僕が我慢できなくなって手をゆっくり離したりするのだが、そうすると数分後に必ず目を覚まして僕の手を探しだし、今度は絶対に離れられないように僕の手を自分の胸のところに持ってきて、体全体で僕の手を握り閉めるように包み込んでいく。

 これじゃあ余計熱くなってたまらない。

 だから僕はいつも熱いのを少しだけ我慢する。お兄ちゃんって大変だ。

 

 あと、これは大事なことなので言っておくと、僕はたまにおねしょをしてしまうのだが、それは美羽が手を離してくれないからであって僕は悪くない。

 ――だってお兄ちゃんだもの。妹が泣くようなことはやっちゃダメなんだ。だから僕は悪くない。むしろ正しい。ん? 悪くないよね?


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌朝、おねしょをお母さんに叱られた僕だったが、そんな時でも美羽は僕の手を握っていて一緒に怒られてくれた。なんて優しい妹だろう。この時、美羽の手は僕の手の皮をちょっとつねりながら、その手をなぜか一生懸命自分の方に引っ張っているのだが、きっと『お兄ちゃん皮いそう』、『一緒に逃げよう』という意味に違いない。

 大丈夫だ妹よ、お前が隣にいてくれるならお兄ちゃんは耐えて見せる。

 

 ちなみに、それは見ようによっては僕の方から、美羽が逃げないよう手を握っているように見えなくもないが、そんなことは決してない。だって僕たちは、そう、いっしんどうたい?というやつなのだ。嫌なこともつらいことも一緒に分け合ってこそ兄妹なのだ。なぁ、そうだよな美羽。

 ――いてててて、そんなにつねらないで~。


 そんなこんなで、いつもの朝のしたくを済ませた僕と美羽は、学校へ登校するため、家の前にやってきた集団登校の生徒たちの中に加わった。

「おはよう、小鳥遊たかなし兄妹。今日も熱々だね~」

 そう言って毎朝、手を握って登校する僕たち兄妹を元気よく冷やかしてくるのは、この地域の集団登校のリーダー6年生の女子生徒、柊朝顔ひいらぎ あさがお に他ならない。

「柊先輩はいつも元気ですね~、先輩の方がいつも熱々ですよ」

「おっと、これは一本とられたな~。さすが小鳥遊兄」

 柊先輩はポニーテールに黄色いリボン、ここまでは女の子らしいのだが、男子生徒が着ていそうな「友情・努力・勝利」と書かれたTシャツに、スポーティーな短パンを着ている。どうやらスポーツ選手の子供らしく、その熱い魂はしっかりと受け継がれているようだ。もったいない、普通の女の子の恰好をしていれば可愛いのに、っと思った男子生徒はいっぱいいるらしい。

「それじゃぁ~、皆の者、出発だー、小鳥遊兄妹もさっさと列に加われー」

「は~い」

 僕は美羽の手を引いて列に加わる。

 すると、前の方を歩いていた男子生徒数人がこちらを見てこそこそと笑い出す。


「あいつ……今日も妹と手ぇ繋いで登校かよ、相変わらずだせぇなー」

 

 そんなことを言われて、僕はまぁ、なんというか、何も言えなかった。

 ただ聞こえていないふりをして、いつも通り気にしないよう、美羽の手の温もりに集中する。

 すると、美羽は無表情のままその男子生徒達を睨みつける。

 

 その視線に気付いた男子生徒達は、無表情でこちらを睨む美羽の表情になにか恐ろしさを感じたのか、僕たちを見るのをやめ、昨日見たテレビの内容などに話題をそらし始める。

 僕は驚いた。いや、アイツらがからかうのを止めたことではない。アイツらを睨んでいる時の美羽の手が、今まで感じたことがないくらい痛いほど強く僕の手を握りしめていたからだ。そしてなにより、いつも美羽の一番近くにいる僕にしかわからないだろうが、美羽の表情にわずかな変化があった。

 それはほんのわずかな違い。本当にほんの僅かだが、美羽の表情が引きつったように見えた。

 

 美羽……もしかして怒ってるのか? 心の中でそうつぶやくも、美羽の手はすでにいつものように優しく握られていて、その表情もいつも通り無表情になっている。


 こんなこと、初めてだった。これまでこうやってからかわれたことなんて何度もある、でも、その時美羽はずっと無表情で、握った手の感覚も今とほとんど変わらなかった。


 もしかして、美羽の中で何かが変わったんだろうか――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 学校が終わり、放課後になった。

 美羽は一つ下の学年のため、学校の間はそれぞれ違うクラスで過ごしている。

 手を握っている時の方が多いせいか、なんだか美羽と手を握っていない時間はもどかしく感じる。


 いつも通り僕は美羽が来るのを学校の図書館で待っていたのだが、そこに会いたくない奴らが現れた。

 今朝、僕たちを見てからかってきた同じクラスの男子生徒達だ。

 その中のリーダーみたいなやつが僕に声をかけてくる。

「あっ、白兜じゃねぇか、お前図書館なんかで何してんの?」

「いや……まぁ……別に……えっーと、本を、読んでる」

 普段しゃべることもない相手を前にして、緊張でうまく言葉が出ない。

「ふぅ~ん、なんだ、ってきりまたあの不気味な妹を待ってんだと思ってた。なぁ、なら俺達これから俺んちでゲームやりに行くんだけどお前もこいよ」

「えっ」

 正直、そんなことを言われるとは思ってなかった。またさんざんからかわれるだけだと思ってた。

 クラスメイトの家で一緒にゲーム。それってそういう友達って奴になるってことなのか?

「なんだよ、行きたくねぇのか? お前いつも妹とばっかいるからせっかく遊べると思ったのによ」

 そう、なんだ、こいつら僕のこと遊びに誘おうとしてくれてたのか。知らなかった。こいつらってこういう奴らだったのか。

 正直、行きたい。めっちゃ行きたい……でも、美羽を待たないと。でも、今日くらい――

「いっ――」

 いく。そう言いかけたその時、図書館の扉が開き、そこには美羽がいた。


 それを見た男子生徒達は、

「ちっ、なんだよ、やっぱまた妹を待ってたんじゃねぇか――、もういいや、いこうぜ」

 そういって、男子生徒達は帰っていった。

 僕はただ何も言えず、立ち尽くしていた。


 すると、美羽がてくてくと近寄って、僕の手を握ろうと――

 僕はその手を、思わずはじいた。

 それは美羽に対して僕が初めて行った拒絶だった――。


「あっ、ごめん、美羽、違うんだこれは――」


 僕が弁明するよりも早く、美羽は走って図書館を出て行った。

 

 けれど、僕は動けずにいた。

 

 いや、もう、どうでもよくなってしまっていた――。


 僕は、何がしたかったんだろう――。


 我慢して、いつも通り、いつも通りって――。


 美羽の面倒ばかり見る毎日で、友達と遊ぶこともできず、いや、そもそも友達すらできず……僕は一体いつまでこれを繰り返すのだろう――。


 なんだか疲れ――


「おい、小鳥遊白兜。おまえ、なんで追いかけないんだ!」


 心の内の何かが壊れかけたその時、鋭い怒声が図書館に響き渡った。

 そこに現れたのは柊先輩だった。

 けれど、その表情にはいつもの眩しさはなく、まるで敵でも見るようにこちらを睨みつけている。


「柊……先輩……見てたんですか。なら、わかるでしょ、僕が……僕が悪いんです。でも、別に、何も心配いりません。いや、何も変わりませんって言った方がいいのかな……。こんなことがあっても、美羽は帰ったらいつも通り、何もしゃべらず、無表情で……」


「っ!! バカッ! お前……、よりにもよってお前がそんなこと言うんじゃねぇ! いつもお前の隣にいた妹はお前にはどう映ってたんだよ――」


「なにって、そりゃ……」

 僕は額に手を当て、

「いつも無表情で、何もしゃべらなくて……」

 ゆっくりと額から手をはなす。

 そこには、

「でも、この手で……この手を通して……いろんなことを話した。そうだ――、美羽は、僕にいっぱい、いろんなことを話してくれたんだ――」

 その手に染み付いたいろんな記憶がよみがえる。

 

 一緒に見たアニメのキャラを応援してそのキャラが勝って喜んで、

 僕が男子生徒にからかわれて怒ってくれて、

 なのに僕は拒絶して哀しませて、

 でも美羽と一緒に遊んだり怒られたりした時間は本当に楽しかった。

 

「僕は、ほんとうに何をバカなことを考えてたんだろう。僕は美羽のために傍にいたんじゃない。僕が、僕自身が美羽と一緒にいたかったから、美羽のことが大好きだったから僕は美羽の傍にいたんだ」

 

 ずっと抱えてたもやもやが消えていく。

 そのもやの先にあったのは、いつも僕が感じていた美羽の手の温もり。

 

「先輩。ありがとうございます。おかげで目が覚めました。もう迷いはありません。僕……いや、――俺は、美羽を追いかけます!」


「おうっ、ようやく男の面になったな。それでこそ私が気に入った小鳥遊白兜だ、いけっ、もう止まったりすんじゃねぇぞ」


「はいっ」


 なんだかムズムズするやり取りだったが、それすらも今はもう気にならない。

 今は何よりも一秒でも早く美羽に会いに行く。


 

 俺は図書館を飛び出し、廊下を走るなと先生に怒鳴られながらもそれを無視してただひたすら走った。

 幸いにも美羽が行きそうな場所には心あたりがある。

 二人で外に出るたびに美羽が行きたがる家の近所の公園。たぶんそこだ。


 走る、走る、走る。

 普段運動なんてしてなかったせいか、息が乱れる。

 でも、そんなことすら今はどうでもいい、俺は美羽に――

 その時、公園が見えた。そしてその公園のブランコをひどく弱い力でこぎながら無表情で下を見ている美羽がいた。


 俺は本当に何を見ていたんだろう、あんなの、どっからどうみたって悲しんでるにきまってるじゃないか。

 そんなの口に出さずとも、顔に出さずとも、一目瞭然だ。


「美羽ーーーーーーーーーー」


 俺は叫んだ、もう一秒だって、悲しませたくなんてなかったから。

 

 その声に、美羽もこちらに気付いた。


 ああ、ごめんな、ごめんな美羽、今すぐそっちに行くから――


 俺はもう、美羽しか見えていなかった。


 だから、だからなのだろう、俺は、


 

 

 「おにぃーーーーーーちゃん」



 

 

 ボォオオオオオオオン――。

 信号が青だと安心した大型トラックはもう止まることをしらない。

 

 そしてそのまま、通過していった――。俺のすぐ目の前を。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 俺は荒い息をゆっくりと整える。本当にギリギリだった。もし、もしあの声が聞こえていなかったら。俺は足を止めることはなかっただろう……。


 次第に信号が青へと変化し、俺はゆっくりと横断歩道を渡り、そこにいた美羽の元へと信じられないものを見るような眼差しで歩みよった。

「美羽……、お前、泣いてるのか……、いや、それよりもさっきの声――」

 俺がそう問いかけるよりも先に、美羽は俺に飛び掛かるように抱き着いた。


「おにいじゃん……、おにいしゃん……、おにいちゃん……、おにいちゃん……、よかった……、よかった……、死んじゃうかと思った」

 初めて聞くしっかりとした美羽の声、それは年齢相応に可愛らしいきれいな声だった。

 そして大粒の泣を流すその顔は、今まで見てきた無表情の整った顔と比べていろいろとくしゃくしゃになっていたのだが、ずっと俺の心に刻み込まれるだろうと思うほど美しく感じた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、今までいっぱいごめんなさい、私がんばるから、めいわくかけないよういっぱいがんばるから、お兄ちゃんずっと、ずっといっしょに……、ずっといっしょにいて~~~~」


 もう限界だった――。

 

「ごめん……、ごめん……、俺の方こそごめんな……、美羽のこと傷つけて、こんなに心配させて……。でも、大丈夫だから。もうなにがあってずっと一緒にいるから、絶対一緒にいるから」

  

 そう言って俺もくしゃくしゃな顔で泣きじゃくった。

 

 しばらくして――、

 

 二人で抱き合って一杯泣いた俺達はようやく落ち着きを取り戻した。


「美羽、じゃあ、そろそろ帰るか。お父さんとお母さんもいっぱい美羽としゃべりたがってるよ」


「うんっ! 私いっぱい謝っていっぱいありがとうってパパとママに伝える」

 そう言って、美羽は立ち上がり、俺に初めての笑顔を見せてくれた。

 その笑顔が眩しくて、嬉しくて、俺はまた泣きそうになったが、頑張ってこらえる。だってお兄ちゃんだから、妹の前で泣いてばかりいられない。こんどこそカッコいいところ見せてやる。


「ねぇ、お兄ちゃん、一つだけお願いしていい?」

「なんだ?」

「あのね、また、手ぇ繋いでもいい?」

「あたりまえだろ、これまでどおり好きな時に、好きなだけ繋げばいいさ」

 そう言うと、美羽は優し気な笑顔を浮かべ、俺の手を握る。

 そしてこれまでずっと言いたくても言えなかったことを言うように、

 美羽は精一杯の思いを込めてこう言った。

 

「やっぱりお兄ちゃんの手ってあったかいね!」

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