悪魔のささやき

北條院 雫玖

第1話 懲戒解雇

 東京の都心部から離れた片田舎に、オフィスを構える真田商事と言う会社がある。

 主な業務内容は下請け工場の営業で、従業員は社用車で各会社へ営業巡り。

 雨宮あまみや亮太りょうた三十二歳は、この会社の古株の一人で、約八年に渡り業務をこなしてきた。が、営業成績は最下位で新入社員にも徐々に抜かされていき役職に就くことはなかった。

 

 入社して日が浅い頃の雨宮は、真面目で好青年と言った印象で、タバコは吸わないしお酒も飲まないし、ギャンブルも嫌う傾向にあった。その上、先輩社員や上司から「仕事終わりに、みんなで飲みに行こう」と誘われても、「あ、俺、酒飲めないんで行かないっす」

 とバッサリ断っていたので、同僚からは好印象だった。営業成績もよく、期待の新人と称賛されるようになる。けれど、調子に乗った雨宮は、自分より営業成績が悪い男性社員には説教をし、女性社員には「俺が指導してやるよ」と上から目線で接するようになる。

 入社三年目にして雨宮は、次第に本性を現し始めた。

 元々自我が強く、自分より年下の社員や同僚には厳しく当たる一方、上司や自分よりも強いと思った相手には歯向かえないので影口を叩くことしか出来ない臆病者でもある。

 おまけに金遣いが荒く、月末の給料を全額使うので貯金はない。

 それなのに口だけは達者で、誰も聞いてもいないのに自分勝手に「営業ってのはな」と過去の自慢をひけらかす場面もあった。

 真田商事には、彼の味方をする者は誰もおらず、むしろ邪険に扱われていた。

 さらに、雨宮が営業に行った会社からはクレームが年々増加していき、彼は営業から外れて窓際社員となっていった。

 やることと言ったら、過去の書類の整理だったり簡単な文章を打ち込む事務作業で、全て雨宮一人で完結できる内容に切り替わった。挙句の果てには、誰からも相手にされなくなり、勤務中にも関わらずスマートフォンのアプリゲームをやり始めた。それ以外でも、営業から戻ってきた社員たちに食って掛かり嫌味を言ったりもして、自分の過去の栄光を自慢げに話す。

 また、相手が何も反論してこないので雨宮は調子に乗り始めて、会社内で悪質なパワハラやセクハラが増加していった。

 不満が爆発した社員は、雨宮の言動を理由に退職する社員が数名いた。

 雨宮は、幾度となく部長から「いい加減、その態度を改めろ!」と叱責されるも当の本人はいけしゃあしゃあと、「へいへい。わっかりましたー」と反省の色が全くみえない。

 次第に、「雨宮を辞めさせろ」という抗議が部長に殺到。会社はその事実を重く受け止め、社長が雨宮を社長室に呼び出して懲戒解雇を言い渡した。

 真田商事は、彼がいなくなったことで会社全体のモチベーションが向上し、徐々に業績も伸びていった。

 

 その一方。仕事と言う名の束縛から解放された雨宮は、しばらくのあいだ遊び呆けた。

 遊ぶと言っても、窓際社員だった頃にハマっていたスマートフォンのアプリゲームだ。手持ちの現金を減らしたくない雨宮は、いつも携帯会社支払いでゲームに課金しており、お目当てのガチャを引いていた。自炊は面倒なので、コンビニ弁当かカップ麺。アパートから出たくない時はデリバリーを注文した。

 時間に縛られず、有意義な生活を続けていくとあっという間に手持ちの金が無くなった。考えた末、両親に電話をして『上司と意見が対立して、ムカついたから辞めた。だから、もっといい会社に再就職するまで生活費を振り込んでほしい』と嘘をついて金を得ようとした。最初は渋られたが、食い下がって両親を納得させた。

 金額は、一ヶ月に必要な費用の20万円。働いていた時期の手取りの給料とほぼ同額。

 家賃、光熱費、車のガソリン代などを両親からの仕送りで生活していく。が、雨宮は何もせずに金が手に入る安心感と快感を得た。同時に、働くのが馬鹿らしくなった、と雨宮は思い始めた。なので、再就職をせずに相変わらず遊び呆けていた。

 そんな自由奔放な生活は、約四ヶ月にも及んだ。

 しかし、突如として今までの生活に終止符が打たれた。

 母親からの電話で、『もう、亮太りょうたに渡せるお金はない。私たちにも生活があるから、早く就職してほしい。だから、仕送りもこれが最後』と言われてしまう。

 それに腹を立てた雨宮は電話越しに、『うるせぇ! ババァ! さっさと金、振り込めよ! グダグダ言ってねぇでよ!』と罵詈雑言を浴びせるが、今度は逆に父親から怒鳴られる。

『お前! 母さんに向かって、その口の利き方はなんだ! ふざけるな! こっちはな、半年足らずで80万も振り込んだんだぞ! 大体このお金はな、母さんと老後のためにと蓄えてきたお金だ! お金が欲しければ働け! 働きもしないで再就職はどうした! 生活が大変になるだろうからって母さんが言うから。……大目に見ていた。でも、さすがにもう無理だ! お前はもう息子だとは思わん。勘当だ!』と罵られ電話越しに勘当されてしまう。

『ああ! 就職してやるよ! クソジジ!』

 と反論したものの、既に通話は切られていた。


 雨宮は不貞腐れて、自室の布団にくるまった。かと言って、このまま金が無くなれば生活ができない。

「くそったれ。就職すりゃいいんだろ!」

 彼は血走った目で、職業安定所を調べた。場所が分かると勢いよく布団を蹴っ飛ばして起き上がると、自家用車に乗って職業安定所へ向かった。

 雨宮は受付を済ませると、希望条件を伝えて職員と相談する。が、懲戒解雇とその理由が発覚すると再就職は厳しく困難を極めた。ほぼ毎日、根気よく通ったものの、それでも書類選考で落とされてしまい、面接までこぎつけることはできなかった。

 職員からは、「再就職に向けて頑張りましょう」と応援してもらった。が、既に雨宮の心は折れかけていて、もう就職は諦めよう、と内心思うようになる。この日を境に、彼は職業安定所に通うことはしなくなった。でも。

 

 金が欲しい。

 

 金に対する執着心だけが、雨宮の心を支えていた。

 残るは、消費者金融。ダメ元で行ってみるも、無職の身分では審査が通らず金を借りられなかった。思いつく限り何社も渡り歩いたが結果は同じ。雨宮は断念せざる終えなかった。自動契約機を後にして、おぼつかない足取りで駐車場を歩いて自家用車に戻る。運転席に座ると頭を抱えた。途方に暮れていると、ふと闇金が頭をよぎった。

 だが、そんな危険地帯に足を踏み入れる勇気を、雨宮は持ち合わせていなかった。

 もし借りられたとして、もし返済できなかったら自分はどうなってしまうんだろう、と考えただけで身震いがした。もっと安全で、手っ取り早く金を稼ぐ手段はないだろうか、と雨宮は考えるようになる。思考しながら車を発進させて、大通りを行く当てもなく走り続ける。その道中、ふらっと立ち寄ったコンビニの店内で、ATMコーナーが目に入った。つい数日前を思い出す。

 仕送り。

「まさかな」

 自分は父親から勘当されたし、仕送りもこれっきりとも言われたばかり。

 でも。

 雨宮はわらにもすがる思いで、銀行のキャッシュカードを財布から取り出すと機械に入れた。四桁の暗証番号を入力して、残高確認の文字を押す。目を瞑り、『頼む!』と心の中で念じた。

 目を開ける。

 映し出された液晶画面には、202780円の数字が表示されていた。安堵した。首の皮一枚で繋がった。ホッと胸を撫でおろす。雨宮は一部の迷いもなく、全額引き落とした。

 安心したせいなのか、腹の虫が鳴ったので弁当とペットボトルのウーロン茶を購入してコンビニを出ると、自家用車の中で今後の事を考えながら腹を満たしていく。家賃や光熱費などを支払えば、手持ちの金はあまり残らない。

 もって、一ヶ月の命。

 それまでに、最低でも毎月20万円を稼がなければ生活ができなくなる。だが今の雨宮は、職にも就けず、貯金もなく、両親からは勘当されて頼れる友人や知人もいない。何処からも金を借りられない。

 その状態でどうやって、必要な金額を稼ぐか。

 食べ終わった弁当の空き容器を車内のゴミ箱に投げ入れて、ペットボトルのウーロン茶を一気に飲み干した。その後、エンジンをかけて大通りに出ると街中を走った。

 

 雨宮の頭の中では、もっとも安全で、手っ取り早く金を稼ぐ手段、が堂々巡りをしている。

 すると、道路に面して建てられた何件かのパチンコ店が彼の目に飛び込んできた。けど雨宮は、パチンコなどのギャンブルは一瞬で金が減って、なおかつ勝ち目のない運の要素が強い遊びと認識していたため、過去に一度もやったことはない。が、頭の中で考えている条件を満たしている。

 そう思い、雨宮は道路の左側に車を寄せてハザードランプを点灯させて路駐した。その後、スマートフォンでパチンコについて調べ始めた。等価交換であれば、1万円か2万円で初当たりを引いて、連続で大当たりが続けば元は取れる、ようなことがネットサイトに載っていた。

 悩んだ末、闇金に頼るよりかはリスクが少ないと判断した。試しに2万円まで使ってみて、ダメなら別な方法を考えよう。

 雨宮は今の位置から、近場のパチンコ店の場所を調べるとそこへ車を走らせた。

 

 始めて入ったパチンコ店は色んな音が混ざり合って、思わず両耳を塞ぎたくなるぐらいにうるさく聞こえた。おまけに、パチンコ台のコーナーには、大勢の人で溢れかえっていて台がピカピカと輝いていた。けれど、どの台が良いのか全く分からない雨宮は、しばらく店内を歩いた。座れそうな席はあまりなく、たまたま空いていた席を見つけるとすぐに着席して、1万円札を機械に投入した。

 瞬く間に持ち球は減っていき、同時に1万円札の枚数も減っていく。だけど、リーチがかかり派手な演出を見ている内に、「次こそは当たってくれよ」と熱中し始めた。持ち球がなくなったので、追加でもう1万円を機械に入れた。リーチは来るものの当たりを引けない。

「当たりそうな演出は来るんだよな」

 雨宮はいつのまにか周囲に座っている人の真似をして、右手でハンドルを回しながら左手でスマートフォンを持ち、自分が今打っている台の情報や、パチンコに関する知識を調べるようになっていく。と同時に、自分で嫌っていたギャンブルに段々のめり込んでいく。またもや持ち球が無くなると、迷うことなく1万円を追加した。

 入店する前の、『2万円まで』と自分自身で決めたことを、この時の雨宮はすっかり忘れていた。4万円でも当たらず、5万円を投入したところで筐体がピカピカと光り輝き、大きな音が鳴り止むと7の数字が揃ってようやく大当たりを引いた。

「きた! やっと当たった! ここから挽回する!」

 2回、3回、4回と大当たりを続けて10回目の当たりを引いたところでストップした。

「ああ、終わっちゃった。よし、さっそく換金だ!」

 連チャンが終わったところで残高がまだ残っているパチンコカードを抜き取り、打っていた台を離れて換金しに行くと、5万円ぐらいになった。

 パチンコカードに残っていた金額を足すと、55,000円。

「はは。何だ、パチンコって思ってたよりも楽勝だな。当たりを引いて連荘すれば、短時間で金が手に入るし働く必要もない」

 結果はトントンで終わったので手持ちの金を増やすことはできなかったが、次はもっと稼いでやると雨宮は意気込んだ。

 この日を境に雨宮は、起床したらパチンコ店に行くのが習慣となる。

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2026年1月23日 06:00

悪魔のささやき 北條院 雫玖 @Cepheus

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