罰ゲームで酷く振られた俺の青春は、偽物の彼女とバーチャルの声でしか始まらなかった件

譲羽唯月

第1話 陰キャな俺と、陽キャな彼女は駅のホームで

 坂本季弘さかもと すえひろは、ごく平凡な高校二年生だった。誰もが一度は夢見るような、きらめく青春の日々。それが自分にも訪れると信じて疑わなかった時期もあった。

 けれど、現実はあまりにも淡く、脆いものだった。


 漫画やアニメが描く輝きは、所詮フィクションの中だけの特権。現実の高校生に与えられるのは、むしろ静かな失望ばかりだ。

 放課後の教室は、夕陽に染まって赤く静まり返っていた。季弘の目の前で、西村日向にしむら ひなたが冷ややかに微笑んだ。黒髪のミディアムヘアが、わずかに揺れる。


「……え、別れるって?」


 声が掠れた。自分でも情けなくなるほど弱々しい響きだった。


「別れるって言うか、そもそも付き合ってたことなんてないんだけど? アンタ、頭大丈夫?」

「え……う、嘘……だったの?」

「当たり前でしょ、そんなの」


 日向の言葉は鋭く、容赦なく季弘の胸を抉った。彼女はクラスの中でもそれなりに目立つグループに属し、陽キャ寄りのポジションをキープしている。二軍とはいえ、華やかさだけは本物だ。


 一方、季弘はただの背景。目立たない存在。それがどうして一時期、彼女と近しい距離にいたのか。結果を知った今となっては、全てが茶番だったと分かる。


「私みたいな子が、アンタみたいな影薄いオタク男子を本気で好きになるわけないじゃん」

「……うん……そ、そうだよな……」

「だから、そういう分かりやすいこと言わないでくれる? こっちが恥ずかしくなるわ」


 彼女のセリフに、季弘は唇を噛んだ。何も言い返せない自分が、ひどく嫌になる。

 日向はさらに言葉を重ねた。


「まあでも、一瞬だけ青春っぽい雰囲気味わえたんでしょ? アンタさ、私に十分感謝しなよ」


 沈黙する季弘を前に、彼女は軽く肩を竦めた。


「は、無視? まあいいわ。これでやっと解放されるし。アンタみたいなオタクと偽物のカップルごっことか、正直うんざりだったし」


 最後に小さく吐き捨てると、日向は自分の机に置いてあったバッグをひょいと肩にかけ、弾むような足取りで教室を出て行った。

 背中が遠ざかるにつれ、彼女の態度はみるみるうちに晴れやかになっていくのが分かった。


 あの笑顔は偽物だった。

 季弘は一人残された教室で肩を落とした。


「……嘘だろ」


 膝が震えた。胸の奥で何かが音を立てて崩れ落ちる。全部、騙されていた。最初から、ただの遊びだった。


 陽キャグループの暇つぶし、罰ゲーム、賭け事。自分はただの駒に過ぎなかったのだ。

 悔しさと屈辱が、熱となってこみ上げる。でも、季弘は叫ぶことも、追いかけることもできなかった。


 自分には、そんな度胸などない。そう思ってしまう自分が、一番惨めだった。

 季弘は窓際の席に腰を下ろし、ぼんやりと外を眺める。

 遠く校門に向かう日向の後ろ姿が、仲間たちに囲まれて小さくなっていく。

 あの輪の中には、自分の居場所など最初からなかったのだと思い知らされる。


「……俺みたいなのが、彼女を作って、青春とか……ありえないよな」


 深く息を吐き、季弘は通学用のリュックを肩に背負い、重い足取りで教室を後にするのだった。




 いつもの駅。いつものホーム。景色は変わらないのに、今日はやけに冷たく感じられた。

 ふと反対側のホームに目をやると、そこにいたのは、雪乃ゆきのあや。

 彼女はクラスメイトで、間違いなく陽キャ側に属する美少女。明るい茶色のロングヘアが風に揺れ、制服のスカートが軽くはためく。


 でも今、彼女はいつもの派手な笑顔を封印し、一人で静かに本を読んでいた。

 ブックカバーのついた文庫本を、大切そうに指で押さえながら。

 いつも教室で見る彼女とは、別人のようだった。


 刹那、電車が二人の間を滑り込み、視界を一時的に塞ぐ。

 通り過ぎた後、反対側はもう誰もいなかった。

 なぜか、その一瞬の光景が、季弘の胸に深く引っかかった。




「ただいま」


 玄関で靴を脱ぎながら、季弘は小さく呟いた。

 リビングに入ると、ソファに座ってスマホをいじっていた妹の坂本萃香さかもと すいかが顔を上げた。

 黒髪のショートヘアが、柔らかく揺れる。


「お帰り、お兄ちゃん。今日は早いじゃん」

「まあ、色々あって」

「色々って……なんか闇深そうな雰囲気なんだけど、大丈夫そ?」

「……振られた」

「えっ、ほんとに⁉ 付き合ってた子に?」

「付き合ってたってのも、嘘だった。罰ゲームだったらしい」

「え⁉ 何それ、最悪過ぎない?」


 萃香はスマホを放り投げ、勢いよく立ち上がった。


「そんな奴ら、許せないんだけど! お兄ちゃんのこと、なんだと思ってるの!」


 その本気の怒りに、季弘はほんの少しだけ救われた気がした。


「でも、私、お兄ちゃんの学校のことは分かんないし……でもさ、お兄ちゃんには絶対もっと素敵な人いるよ。絶対!」

「ありがとな、萃香」


 妹は少し考えてから、急に目を輝かせた。


「そうだ! 気分転換しよ! ねえ、この子知ってる?」


 季弘の目の前でスマホの画面を突き出してくる。そこには可愛らしいアバターが映っていた。

 黒髪ショートの透明感のある笑顔。

 名前は春先はるさきゆきね。


「私ね、最近めっちゃハマってるんだよね。小説読んだり、ゲームしたり、イラスト配信したり。個人勢なのに登録者三万人超えてるんだよ? すごいでしょ」

「……へえ」

「声も癒されるし、アニメの話もめっちゃ詳しいの。お兄ちゃんも見てみたら?」


 半ば強引にソファに座らされ、季弘は妹と隣同士でアーカイブを眺めた。

 最初は気乗りしなかったが、ゆきねの柔らかな声と、丁寧に紡がれる言葉に、いつしか心が溶けていく。

 傷ついた心の隙間に、そっと温もりが染み込んでいった。


 それから一週間が過ぎた。季弘はすっかり二次元ライバー”春先ゆきね”の虜になっていた。

 妹と一緒に春先ゆきねのキーホルダーを買い、さりげなく通学リュックに付けていた。


 今日から六月。新しい月の始まり。季弘は、いつものように電車通学をして、学校のある駅で電車を降り、ホームを歩いていた。

 改札に向かう途中、後ろから控えめな声が掛かったのだ。


「……あの、すいません」


 振り返ると、そこに立っていたのは雪乃あやだった。

 朝の光に透ける茶色の髪。いつもより少し静かな表情。彼女は、緊張した面持ちで季弘を見つめていた。


「……雪乃、さん?」

「さ、坂本さん?」


 初めて、互いの名前を驚きつつも呼び合った瞬間。

 現実では交わるはずのない二つの世界が、ほんのわずかに触れ合った。

 季弘の胸が、理由もなく強く鳴った。


 これは、もしかしたら、まだ誰も知らない、新しい物語の最初の行なのかもしれない。

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罰ゲームで酷く振られた俺の青春は、偽物の彼女とバーチャルの声でしか始まらなかった件 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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