猫の手を借りたい。

子猫

プロローグ

 「猫の手も借りたい。」


 忙しさに追われた人間が、冗談めかして使う言葉だ。

 言葉通り、猫の「手」を借りたいわけではない。誰もがそう理解している。


 ただでさえ、猫の手は頼りないものなのに、ましてや「手」だけを渡されても困るだけだ。


 けれど、私にとってその言葉は、少し違う響きを持っていた。


 もし、私が猫の助けではなく、「手」自体を借りられるのなら……

 役に立たなくてもいい、器用でなくてもいい。

 ただ「」を、少しの間だけ。


 私は、自分の左手を受け入れられない。

 触れれば、そこにあると意識すれば、

 それが自分の身体であることが、どうしても耐えられなくなる。


 だから思ってしまうのだ。

 猫の手でもいい。誰かの手でもいい。

 私のものではない手を、借りられたなら、と。


 冗談のはずの慣用句は、いつの間にか、

 私にとって現実に近い願いへと変わっていた。


 そしてその願いは、

 思っているよりもずっと静かに、

 思っているよりもずっと不釣り合いな形で、

 目の前に現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る