影待ち

@SKY81

影待ち

エンジンを切ると、車内に静けさが落ちた。

今日も特に何をしたわけでもない。

朝起きて、ネットで細々とやっている作業を数時間。

月に五万円ほどの収入。

働いていると言えるのか、自分でもよく分からない。


三十五歳、独身、実家暮らし。

胸の奥に沈んでいる重たい石は、今日もそこにある。


車を停めた瞬間、玄関前に見慣れない軽トラックがあった。

白い車体に「○○米店」のロゴ。

その横で段ボールを抱えた男が母と話している。


一瞬で誰だか分かった。

中学の同級生、佐伯だ。


「……最悪だ」


思わず呟いた。

佐伯は昔から明るくて、運動神経が良くて、クラスの中心にいた。

俺とは特別仲が良かったわけじゃないが、

“あいつはちゃんと生きてる”という印象がずっとあった。


その佐伯が、今は家業を継いで米の配達をしている。

汗をかいて働いて、家族を支えている。

一方の俺は、今日も家からほとんど出ず、

ネットで小銭を稼いだだけ。


(こんな時に会いたくねぇ……)


車の中で固まったまま、ハンドルを握りしめる。

降りればいいだけなのに、体が動かない。


母が笑いながら何か話している。

佐伯も笑っている。

その横顔は、昔より大人びて、どこか誇らしげだった。


(俺、何やってんだろ……)


胸の奥がじわりと痛む。

自分でも分かっている。

佐伯と比べて落ち込んでいるわけじゃない。

ただ、

“自分が何もしていない”

という事実が、こういう瞬間に突きつけられる。


佐伯が段ボールを渡し終え、軽トラの方へ歩いていく。

このままでは、車の横を通る。

つまり、俺と目が合う。


(やべぇ……)


逃げるようにスマホを手に取り、

通知もない画面を必死にスクロールする。

自分でも情けないと思う。


砂利を踏む足音が近づく。

心臓が跳ねる。


(頼む、気づかないでくれ……)


軽トラのドアが開く音がした。

どうやら気づかれなかったらしい。

安堵と同時に、胸の奥がさらに痛んだ。


(何やってんだよ、ほんと……)


佐伯の軽トラがエンジンをかけ、ゆっくりと走り去る。

その背中を見送りながら、ようやく車から降りた。


玄関に向かうと、母が振り返った。


「あら、帰ってたの? 佐伯くん来てたのよ。中学の時の同級生でしょ?」


「……うん。見えた」


「立派になったわねぇ。お父さんの跡継いで頑張ってるんだって」


母の言葉が胸に刺さる。

別に責められているわけじゃない。

ただの感想だ。

それなのに、心の奥で何かがざわつく。


「……そうだね」


それだけ言って部屋に戻る。


ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。

今日の自分の姿が頭から離れない。


車の中で隠れるようにスマホを見ていた俺。

同級生に会うのが怖くて、逃げるように身を縮めていた俺。


(ほんと、情けねぇ……)


でも、情けないと思えるだけ、

まだどこかで変わりたいと思っている証拠なのかもしれない。


窓の外を見ると、佐伯の軽トラが走り去った方向に街灯が光っていた。

あいつはあの光の向こうで、今日も働いている。

汗をかいて、誰かの生活を支えている。


俺は……何をしているんだろう。


答えはまだ出ない。

でも、今日の気まずさは、

きっと何かのきっかけになる。


そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

影待ち @SKY81

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ