大学転移
酒とゾンビ/蒸留ロメロ
第1話
――異世界症候群!
テレビをつけると、最初に目に飛び込んできた文字がそれだった。
「先生。これはいったいどういったものなんでしょうか?」
「これはですねぇ、この世界とは違う別の世界がどこかに存在するという考えが、まあありまして、要はこの世界での一生を終わらせる。つまり自殺なんですがね、そうすると、そのどこかに存在しうる別の世界に行けるという。まぁこれを彼らのコミュニティーでは“転生”と呼ぶんですが、そういった考えに取りつかれた方の症状を指す言葉。それを“異世界症候群”と呼ぶんです」
「なるほど」
「はい。近年多発しています15歳から30歳前半までの、若者を中心とした自殺ですが。その原因がこの異世界症候群ではないかと、そう言われているんですねぇ」
「なるほど……。番組ではこの異世界症候群について、せまっていきたいと思います」
――。
俺は今朝見たニュースの内容を思い出していた。
――異世界症候群……。
俺もその病気を発症した若者の一人なのだろうか?
人生に絶望しているわけではない。
ただ目的がないのだ。
いくら考えても、それが見つからない。
ただ目的もなく目を覚まし、昨日と同じように家を出て大学へ行くだけだ。
大学に通い始め2年目に突入したが、一向に何かが変わる様子はない。
生きること時代に疑問を持ち始めたのは、いつからだろうか?
こういうのを“世捨て人”と言うんだろうな。
「裕(ゆう)? 今日、飲みにいかないか?」
「昨日も行ったじゃないか」
「だってよ? 昨日は1軒しか行けなかっただろ? 今日は3軒ぐらいハシゴしてさぁ……」
「お前はホントに酒が好きだよな?」
「まあな? 酒とタバコのない人生なんてありえねえよ。でも裕も好きだろ?」
「まあな……」
俺の名前は、瀬川 裕人(ひろと)。
“裕人”の“裕”をとって“ゆう”と呼ばれている。
いつからこう呼ばれるようになったのかは忘れたが、もう馴染んでしまったので変えようもない。
特に嫌悪感のある呼び名でもないから、気にしてない。
そして、隣にいるこいつは俺の親友、橘 和康(かずやす)。
俺はこいつに今、昨日行ったばかりだというのに、また飲みに誘われている。
「おい、裕……」
すると和康が俺の肩を軽く叩きながら、小声で呼んだ。
「ん?」
だが和康の視線は俺ではなく、どこか別の方にあった。
俺はその視線の先を追う。
「なあ、裕? いい加減、告白しちまえよ? 学生でいられる時間ってのは、案外短いんだぜ?」
――片平(かたひら) 詩織。
俺と同じ2回生だ。
俺は彼女に思いを寄せている。
勿論、片思いだ。
彼女を見かけたのは、入学してすぐのことだった。
俺は法学部で、彼女は別の学部の心理学科だった。
おかげで接点は未だに持てていない。
「学生のくせに何、社会人みたいなこと言ってんだよ?」
俺は自分の意気地のなさをごまかすように茶化した。
「俺の兄貴が言ってたんだよ。働きだしたら、出会いなんてないってな? それでよく言われるんだ。学生の内に彼女は作っておけよって」
「はぁ……なるほどな」
片平さんとは、偶に目が合う。
いや、頻度で言えば毎日か。
それもそうだ。
俺が見てしまっているのだから。
多分、気持ち悪いと思われているだろう。
いや……もしかしたら気づいて……。
俺はこの行き場のない悩みを和康に話すことで、負の念を和らげている。
恋愛問題は複数の者に話すと解決するという話を小耳にはさんだ。
学部棟(とう)の待合室で、とある女子がそう話しているのを聞いたのだ。
その女子が言うには、どうやら5人以上に話す必要があるらしい。
だが俺には和康しかいない。
このことについて知っているのは、和康だけだ。
おそらく俺は、この先もずっとこうやって悩み続け、見つめているだけなんだろうな。
そう思う……。
「じゃあ決定な?」
「おい、まだ行くなんて言ってないだろ?」
「また考えてたのか?」
「いや、俺は……」
「お前の悪い癖だな? 片平さんが目の前を通るたびに、まるで病人みたいに苦しそうな表情になる」
実際、苦しいんだから仕方がない。
「いい加減言っちまえよ? いいじゃないか、別にふられたって? それでお前の何かが変わるわけじゃないだろ?」
「俺という人間のイメージに傷がつくんだよ」
「別に誰もお前にイメージなんか持ってないだろ? どうせ俺らの事なんて、誰も知らないんだ。言ってダメならそれまで、そんで直ぐ次の女に切り替えればいい。それだけの話だろ?」
「そう簡単じゃないから悩んでるんだ」
女々しいだろ?
だがこれが俺だ。
俺はいつも想像してしまう。
彼女に告白している時の、その状況を。
彼女はいつも2人の友人と一緒にいる。
告白するなら自ずと、その2人にも聞かれることになる。
つまり彼女以外の視線も怖いのだ。
俺は客観的にみられるのが、この上なく嫌いだ。
言動や仕草から判断されることに嫌悪感を覚える。
もし大事なところで言葉を噛んでしまったら、片平さんは?
その隣にいる2人はどう思うだろうか?
告白とはそういうものなのだ。
3対1という構図上、俺は必然的に監視される側だ。
そしてもし、ふられでもしたら?……どうなるだろうか?
「まあ片平さんは、モテるからなぁ……。心理学科の連中が言ってたけど、狙ってる奴らが何人もいるらしい。倍率は高めだな」
だから仕方がないと、多少の同意を示す和康。
そうだ。
もしふられれば、自ずとその男性陣にも話がいくだろう。
そしてそいつらは、こう思うに違いない。
“身の程を知れ”と……。
「ま……高嶺の花だな」
「だろ? だから俺には無理なんだよ」
「でもよぉ? 言わずに後悔するのと言って後悔するのとでは、今後の生き方に大きなさが出てくるぞ?」
「また兄貴情報か?」
「そんなところだ」
するとその時、片平さんと目が合った。
今日はこれが最初だ。
「何だ? また片平さんか?」
「ん?……ああ」
「お前も不憫なやつだな? だけどその気がないなら、もうそろそろやめとけよ? 流石に向こうも気づいて違和感を持ち始めるだろう。そうなったら面倒だ。さっさと諦めて忘れろ。それがバラ色のキャンパスライフを送る秘訣だぜ?」
「解決できない問題は、諦めて忘れろだろ?」
「そうさ。俺たちは大学生なんだ。難しいことは後回しにして、今を楽しもうぜ?」
「……そうだな」
だが俺はそう簡単に諦めきれない。
そんな自分が嫌になる。
悩んで悩んで、結局悩むだけ。
答えは出さない。
悩む自分はどこか魅力的だと、そんなことすら思っているのだ。
時間が経っても中二病が治らない。
「はぁ……俺も異世界に行きたいな。そしたら、この悩みもすべて解決するような気がするんだよ」
「なんだ? 異世界症候群か?」
「そんなんじゃねえよ。ただ、漠然とそう思う時があるんだ。このちっぽけな悩みから解放されてさ? そんで冒険とかしてさ? そんで自由気ままに生きていくんだ」
「ハッハッ……こりゃ重症だな」
「だから違うって!」
俺は思わず、少し大きな声を出してしまった。
だがこの学食は俺の声を遥かに上回るほど騒がしい。
辺りを見渡してみても、俺に視線を向ける奴はいなかった。
「なあ? 明日にしないか?」
「明日? んんん……」
「明日は金曜日だし、いつものアイリッシュパブでもイベントがあるだろうし」
「んんん……」
「今日だと流石に、明日の授業に響くだろ?」
「まあ俺は最悪、明日は休むつもりでいたけどな?」
「お前なぁ?」
そう。
和康は俺と違ったタイプのクズだ。
だから俺たちは一緒にいられる。
「よし! 分かった! じゃあ明日な?」
「おう!」
和康は今日行きたかったらしい。
だが最後は折れてくれた。
その後、和康とは別れ、俺は大学を後にした。
木曜日は大体こんな感じだ。
午前で授業が終わり、学食で昼飯を食べる。
そして適当なタイミングで解散する。
これが俺の日常であり、“バラ色”のキャンパスライフだ。
▽
23時。
俺は一人部屋にこもり、パソコンの画面に向かっていた。
動画配信サイトを開き、昨日と同じような動画を見る。
一度気に入ったものは何度でも見たくなるのが俺だ。
だから飽きるまで見る。
その中には、世界の有名な犯罪者をまとめた動画なんかもある。
内容はどれも刺激的だが、正気を疑わずにはいられないものばかりだ。
だが俺はこう思う。
――殺人は才能だと。
殆どの人間が生れてから死ぬまでに、およそ経験することがない行為。
それが“殺人”だ。
ビールで喉を潤しながら、右手で動画をクリックしていく。
すると、そういう感情が芽生えてくるのだ。
――その先には、どういう感情があるのか?
だがやらない。
当たり前だ。
思ったところで、するはずもない。
だから“殺人は才能なんだ。
普通の人間はそこに至らないから。
ビールを一缶分飲みきり、次のビールを開ける。
今日はこれで最後にしよう。
明日は和康と飲みにいく約束をしたし。
俺はそれから1時くらいまで、ビールを片手に動画を漁り、時間を潰した。
気づくと、どうやら俺は寝ていたらしい。
目を開けると、俺の前にパソコンとビールの空き缶があった。
そして窓から朝日が差し込む。
「もう朝か……」
さっき寝たばかりだというのに、もう外は明るい。
いや、俺はいつ寝たのか……。
時計の針は9時30分を指していた。
俺は仕方なく支度を始める。
服を着替え、朝までついていたパソコンをシャットダウンする。
そして適当に水分をとり、そのまま家を後にした。
▽
俺の通う大学は田舎の方にあった。
周りには畑しかなく、高いものといえば山くらいしかない。
つまり、大学のキャンパス以外、周りには何もないのだ。
大学の周りに立ち並ぶ住居も、いわば田舎の家――木製の古い民家ばかりだ。
もちろん直ぐ近くには、他府県から来た学生のためのアパートや寮なんかもある。
コンビニだってある。
だがコンビニを除けば、すべてが古びているのだ。
――“何もないが、ある”。
これが田舎というものだ。
だが俺にとっては解放感以外、何もない場所だった。
大学に到着した時、すでに授業が始まって30分以上が経過していた。
今から行ったところで、欠席扱いだ。
俺はその授業をすっぽかし、学食へと向かった。
そして到着すると、適当に朝ごはんを食べる。
今朝は、カレーだ。
どうせ和康と合流したら昼飯も食べることになるが、食べ盛(ざか)りだ。
これくらい俺には軽い。
しばらくすると午前の授業が終わり次々と学食に学生の姿が見え始める。
すると和康の姿も見えた。
俺は適当に手を振り、場所を知らせる。
「なんだ? 寝坊か?」
和康の第一声はそれだった。
「起きたら1時間目がもう始まってたんだ」
「そりゃ、しゃあねえな」
和康はそう言うと笑っていた。
「じゃあ午後の授業に出て、今日は終わりか?」
「まあ、そういうことになるな?」
「ハッハッ! お前、今日何しにきたんだよ?」
「勿論! お前とだべりにきたんだ!」
「ふ……流石、親友! キャンパスライフを謳歌してるじゃないか!」
悲しくなるような会話の後、俺たち2人は昼食を買いに、食堂の列に並んだ。
「じゃあ午後の授業が終わったら、即行な?」
「おう! そのつもりだ」
今日はオールだ。
場所は繁華街。
ここから30分くらいでつく。
まあ15時くらいから飲み始めることになりそうだ。
するとそこへ、今日も可憐な片平さんが直ぐ横を通り過ぎていった。
俺は自然と視線を彼女へ向けた。
「はぁ……またかよ?」
「……」
俺は苦笑いで返す。
だが仕方がない。
仕方がないものは、仕方がないのだ。
もはや反射的に見てしまっているのだから、どうしようもない。
それにしても、相変わらず彼女はきれいだ。
そしてまた一瞬、目が合った。
「まあ今日、酒を飲んで忘れればいいさ。そんなくだらない思いも酒で流しちまおうぜ?」
「……そうだな」
どうせ明日の朝にはまた、思い出すんだ。
目覚めのため息と共に。
するとその時、和康が奇妙なことを言いだした。
「……なあ? なんか揺れてないか?」
「ん?……そうか?」
だが次第に俺も感じ取った。
「ホントだ。揺れてる」
「だろ?」
俺たちは顔を見合わせ、そして少し緊張した。
そして他の学生たちも徐々に気づき始め、学食内が次第に騒がしくなる。
「何だ? 地震か?」
「どうせ直ぐに止むって」
和康は鼻で笑いながら、食堂のトレーを一つ取った。
だがその時だった。
――微かにしか感じなかった揺れが、一気に巨大なものへと変わった。
俺はバランスを崩し、その場に倒れた。
見ると和康も倒れている。
そして他の生徒たちも次々と倒れていく。
あちこちで悲鳴が聞こえた。
すると次の瞬間、食堂の窓ガラスが割れ、一部の天井が落下してきたのだ。
「裕! 逃げるぞ!」
「逃げるって、どこに?!」
「いいから! ここは危ない! とりあえずここから出よう!」
揺れは大きく、そして長い。
未だ治まってはいない。
俺は和康に言われるがまま、人ごみをすり抜けついて行く。
その時だった。
「きゃあああああああ!」
さらに天井が崩れ、複数の生徒が下敷きになったのだ。
「え?……」
俺は唖然とその惨状を見た。
「裕! 行くぞ!」
和康が俺の手を引っ張った。
瓦礫の隙間から流れてきた赤い液体を横目に、俺は手を引かれながら再び走った。
だが、考えていることは皆同じだ。
俺たち以外の学生が一斉に入口に向かって走りだしたのだ。
だが揺れが大きく、足がいうことをきかないのか?
皆フラフラと足をくねらせ、壁や人にぶつかっている。
中には四つん這いになり、地面を這いずりながら移動する者もいた。
そして次々と天井が落下し、生徒が下敷きになっていく。
その時、大きな爆発音と共に、厨房の方から火の手が上がった。
俺と和康はその爆発音と同時に、なんとか外に避難した。
「なあ?……これってやばくないか?」
外に避難した俺たちは、そこで状況を理解した。
先ほど聞こえた爆発音。
タイミング的にあれは厨房からのものだと思っていた。
だがそうではなかったのかもしれないと、そう思ったのだ。
というのも、遠くに見えているはずの、化学棟の姿が消え、そこに砂煙が巻き起こっていたのだ。
化学棟はこのキャンパス内で一番大きな建物だ。
それが倒壊したとして、音が聞こえないはずはない。
どうやら揺れと合わさり、発生源を誤認してしまったらしい。
するとさらに大きな揺れを感じ、音が聞こえた。
経営学部の学部棟が崩れる姿が見えたのだ。
その横で法学部の学部棟も崩れた。
至る所から人の悲鳴が聞こえる。
もちろん、学食内から聞こえる悲鳴も未だに止まない。
俺たち2人は茫然と立ちすくみながら、後ろを振り返った。
その時だった――
学食の入口の天井が崩れ、それと同時に学食の半分ほどが崩れたのだ。
学食は2階建てになっており、その大半が上から押さえつけられるように、崩れていった。
その光景に俺たち2人は、言葉を失った。
建物が倒壊する音と共に、中から悲鳴が聞こえる。
だが他からの悲鳴が常に聞こえているせいで、感覚がマヒしているのか?
何も感じない。
もう何も考えられない状態だった。
ただ目の前で起きていることを意味もなく見つめ。
次に何が起こるのか?
自分たちはどうなるのか?
それらへの恐怖しかなかった。
何とか食堂から抜け出した複数の生徒たち。
彼らは次第に叫ぶことを止め、ただ姿を変えていくキャンパスを見つめていた。
音が聞こえ、振動を感じる度に、どこかの建物が崩れ、また誰かが死んだのだろうと予想する。
その時、全壊寸前だった食堂の動きが、途中で止まった。
俺たちを含め、食堂前に集まっていた生徒たちは、一定の呼吸だけを繰り返し、その惨状を目に焼き付けていた。
「なんだよ……これ?」
突如、訪れた大地震と共に、俺のキャンパスライフに“兆(きざ)し”がみえた。
――瞬間だった。
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