因果の不渡り

ヨシ

第一部:王都解体編

第1話:因果の負債



 薄暗いダンジョンの奥底。魔王城へと続く最後の中継地点で、勇者アルリックは、かつての親友でありパーティの参謀であるリアンに、死刑宣告にも等しい言葉を告げた。


「すまない、リアン。これはパーティ全員で決めたことなんだ。君には、ここで降りてほしい」


 アルリックは、いかにも苦渋に満ちた、聖者のような表情で言った。

 その瞳には、戦友を切り捨てる良心の呵責が浮かんでいる。少なくとも、彼自身はそう信じているのだろう。


(滑稽だな、アルリック)


 リアンは、感情を排した瞳でその男を観察していた。

 アルリックが今、なぜこれほど悲しげな顔をしているのか。その理由は簡単だ。彼は自分を悪人だと思いたくないのだ。

 パーティの清廉さを守るために、不気味な裏方であるリアンを追い出す。その冷酷な決断を下しながらも、なお心を痛めている優しい僕という免罪符を欲しがっている。その精神構造が、リアンにはヘドロよりも汚く見えた。


「君の能力は認めている。だが……君のやり方はあまりに冷酷で、僕たちの理想とは相容れないんだ。わかるだろう」


「そうよ、リアン。あなたのやり方は、美しくないの」


 艶やかな金髪を揺らし、魔導師マイラが口を開いた。

 その手には、王都の最高級職人が作った特注の杖『蒼穹の翼』が握られている。それは先日、リアンが費用対効果が合わないと却下したにも関わらず、彼女がアルリックを言いくるめて裏予算で購入させた代物だった。


「私の魔法は世界を照らす光なの。それをコストだの因果の負債だの……。あなたのチマチマした計算を聞いていると、イメージが萎縮してしまうわ」


 マイラは、まるで汚い物でも見るような目でリアンを見下ろした。

 彼女にとって、魔法とは才能の輝きであり、無限のリソースだ。その裏で誰が尻拭いをしているかなど、想像すらしていない。


「悪いけど、天才の私にそろばん係は不要なのよ。私は高みにあるべき存在なの。あなたみたいな、地面を這いつくばる人間とは住む世界が違うのよ」


 リアンは彼女が握りしめる杖を一瞥した。

 美しい装飾が施されたその杖も、適切なメンテナンスと魔力制御ができなければ、ただの棒切れになる。彼女は自分が「高み」にいると信じているが、支えを失えば、重力に従って落ちていくだけだということに気づいていない。


「やり方、か。……具体的にはどの件だ」


 リアンが淡々と問い返すと、背後にいた聖女エレーナが、震える声で口を挟んだ。


「昨日の村のことよ。裏切り者の疑いがあるからって、あなたが裏で何をしたか……。アルリック様は、あの子たちの父親を信じたかったのに」


「彼は魔王軍の密偵だった。泳がせれば今頃、僕たちはこの地下通路で埋め殺されていたよ。君たちが安眠し、朝起きてさあ今日も世界を救おうと笑えるのは、僕が夜の間にドブをさらっておいたからだ」


 アルリックが顔を歪めた。

 彼はリアンが自分の理想のために手を汚すことを、内心では頼りにしながら、表向きには蔑んでいた。自分が手を汚さずに済むようにリアンを使い、汚れが目立ち始めたら正義の名の下にリアンを捨てる。それは、世界で最も無自覚で、最も醜悪な傲慢だった。


「もういい。君をこれ以上連れて行くことは、僕たちの聖剣を曇らせることになる」


「理解した。聖剣の輝きを保つためには、影は少ない方がいい。それが君の、君たちの選択なんだな」


 リアンは抵抗することなく、背負っていた荷物から、いくつかの薬瓶が入った革袋を取り出し、アルリックへと差し出した。


「これは?」


「餞別だよ。魔王城の地下には、僕が計算した限り、君たちの実力では突破不可能なトラップがいくつかある。この秘薬を使ってくれ。これさえあれば、僕がいなくても君たちは生きて帰れる」


 アルリックは一瞬、戸惑いの表情を見せたが、すぐにそれをかつての友の最後の情けだと思い込んだのか、感極まったような顔で受け取った。


「すまない、リアン。最後まで、君の献身に頼ることになってしまうなんて。君のことは忘れない。この薬で、必ず世界を救ってみせるよ」


「ああ、期待しているよ。君たちの旅が、最も劇的な結末を迎えることを祈っている」


 リアンは心の中で冷たく笑った。

 そうだ、最高の場所だ。王都の祝祭、君たちが最も輝き、最も世界に注目されるその瞬間。そこで、君たちが積み上げた全ての汚れを、利息付きで一括返済させてやる。


 リアンは背を向け、暗い通路を逆行し始めた。

 背後で、勇者たちが「彼は最後まで僕たちの仲間だったんだ」と自分たちを慰め合う声が、微かに響く。


 彼らは知らない。リアンがいなくなった瞬間から、聖剣が排出し続ける因果の毒を処理する人間がいなくなったことを。

 そして、今受け取った秘薬こそが、彼らを王都まで生かして帰し、そこで一括して地獄へ叩き落とすための、最悪の命の貸付金であることを。


 ――そして、マイラもまた知らない。

 彼女が誇るその『蒼穹の翼』が、遠くない未来、薄暗いゴミ山の中で泥にまみれ、彼女自身と共に廃棄される運命にあることを。











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