田辺 OF THE DEAD~みんな死ねばいいのに~
酒とゾンビ/蒸留ロメロ
第1話 これは僕の妄想だ
振り下ろしたバットが頭皮ごと頭蓋骨を砕き、中身を
違う……望んでない。そうじゃないんだ。
僕が夢見てきた映画の世界。
それとはまったく違った光景が目の前にあった。
簡単だと思った。
ただバットを握りしめ、相手の頭上目掛けて振り下ろせばいい。
ただそれだけのことだと思っていた。
『アアァァァ……アァァ……ウゥ……』
――仕留めきれてない。
ゾンビは起き上がろうとしている。
恐怖……困惑……
僕はとっさに逃げ出した。
「ハァハァハァ……」
僕はがむしゃらに走り続けた。
振り向くこともなく、ただ逃げる事しかできない。
映画やゲームのようにはいかない。
これじゃあダメだ。
「ハァハァハァ……」
僕はただ、走り続けた。
▽
20××年6月12日(月)
――“『左側の扉が開きます。ご注意ください』”
このアナウンスも聞き飽きた。
人を密室に閉じ込め、このアナウンスを聞かせ続けたら殺せるだろう。
しかし電車通学での最大の苦痛はアナウンスではなく満員電車だ。
この苦痛から逃れるために、近々大学の近所にアパートを借りるつもりだが、場所がなかなか見つからない。
2回生になり、まだ3ヶ月しか経っていないが、学生として何をやり残しているのかが分からない――毎日が退屈でならない。
何か大きな災害や、非日常的な事件でも起きないかとネットニュースを見るが……虐待、汚職、不倫……普段と変わらないニュースばかりだ。
――〈新小岩人身事故、2人死亡〉
人身事故や自殺のニュースを見るのは好きだ。
自殺することが悪いことだとは思わないし、何より他人の不幸や、ストレスを抱えた人の結末というのは、僕のような人間にとっては興味深い。
是非、自殺に至った経緯と共に知りたい。
人生の一切は苦であるという考え方がある。
決して悲観的に捉えているわけではない。
この考えに取り憑かれた僕にとって、自殺はむしろ良いことの様に思えるし、痛みや死が怖くて自分で死ぬことすら出来ない僕にとって、自殺者たちは尊敬に価する。
もちろんこんな「くだらない」話は誰にもしないし、この先誰かに話すつもりもない。
それよりも人身事故で2人死亡というのは、どういう状況なのか?
2人で仲良く心中でもしたのか?時々こうした面白いニュースがあるからやめられない。
▽
昼休み、スポーツドリンクを飲みながら栄養補助食品を片手に、スマホでネットニュースを眺める。
――いわゆるぼっち飯だ。
このビスケットタイプの食べ物は、チョコレートやフルーツといったバリエーションがある。
なかでもポテト味が僕の好物だ。
ニュースを眺めていると今朝の新小岩駅で起きた人身事故についての記事が更新されていた。
人身事故の場合、その詳細は公のニュースには掲載されにくい傾向があるように思う。
しかし普段から様々な情報共有ツールを使い続けている僕には、その気になれば、この程度の情報なら簡単に得ることができる。
目撃者によると、駅のホームで電車を待っていた男性が、急に隣の男性に襲い掛かったらしい。
揉み合いになりバランスを崩した一方が、線路内に転落したところを電車にはねられ死亡。もう一方の襲われた男性は、その場で気を失い病院に運ばれたが、間もなく死亡。
一つ気になったのは、気絶した男性は顔を噛みちぎられていたということだった。
ただこれもどこまで本当かは分からない。
誰かのホラ話かもしれないし、信じる根拠はない。
それよりもただ面白ければいい――それだけの話なのだが。
▽
「田辺君!」
講義が終わり、入居者募集の看板くらいしかない殺風景なバス停で音楽を聴いていると、僕の肩を叩くめんどくさい声がした。
「あっ、橋本さん……お疲れ」
振り返って直ぐ、俺は予想外を装う。
彼女は橋本
茶髪に低すぎない身長、細すぎない体系、そして比較的愛嬌が良い。
どこにでもいそうな女学生だ。
「お疲れ、ねぇ? 何聴いてるの?」
正直こういう質問は疲れる。
何故他人が聴いている音楽を知りたがるのか?
他人の好きな音楽を聞いて、その後どうするのか?
聞くわけでもあるまいし、興味がないなら大人しくしていてほしい。
「まぁ、色々だよ……それよりどうかした?」
女性との会話は特に苦手だ。
「その……今度の土曜日にフィールドワークがあるでしょ? それで田辺君はどうするのかなぁと思って?……」
フィールドワークとは、来週の土曜日に授業で行くことになっている神社とお寺巡りのことなのだが、僕はどちらかといえば行きたくない。
何故ならこれで一つの休日が失われるからだ。
ぎこちなく問いかける橋本さん。
この苦笑いの意味が分からない。
でも“ぎこちない”というのは、つまり話しにくいってことだろ?
だったら無理に話しかけなければいいじゃないか。
「あぁ……そういえば、先生がそんなこと言ってたなぁ。もちろん行くよ、何で?」
「別に大した意味はないんだけど、一応聞いておきたくって……それじゃぁまた明日!」
すると彼女はまだ授業があるからと、小走りで行ってしまった。
決して橋本さんが面倒くさい人間だというわけではない。
橋本さんに限らず、僕にとっては皆、面倒臭いというだけだ。
何しろ、俺には得るものがないのだから。
▽
――〈女性に噛まれ、34歳男性重傷〉
大学からの帰り、駅内のテレビに面白そうなニュースが映っていた。
そのニュースを目にした瞬間、「ゾンビラ〇ド」の冒頭のシーンを思い出した。
それは、何者かに噛まれ逃げてきた女性を、主人公が下心から家で保護することになるのだが、その後ゾンビに変化したその女性に寝込みを襲われるというシーンだった。
こう言った「美人にだけは親切」という馬鹿な男の下心を皮肉った場面というのは、ゾンビ映画において少なくない。
テンプレであり醍醐味とも言える要素だ。
「噛み癖のある女はこれだから
「はっはっ! マジうけるー」
すると金髪に奇抜な服装をしたカップルの会話が聞こえた。
その品のない笑い方を見て、口元が歪む。
この種類の人間が言う「冗談」の類は、大抵面白くない。
それよりも気になったのは、どのくらい噛まれたのかということだ。
何かトラブルがあったのだろうが、それにしても噛む以外にやり方はなかったのだろうか?
ただ、人生に一度は女性に噛まれてみたいものだ。
この時の僕は、この事件の意味に気づかない。
ただ日々のくだらない人生に
▽
20××年6月13日(火)16時47分
大学が休みの日は、起きるといつもこんな時間だ。
夕食にしても早すぎるが、夕食という名の朝食を済ませ、その日はレンタル店で借りてきた「ウォー〇〇グデ〇ド」を観ることにした。
最近話題になっていることを知り、借りてみたものの、これがなかなか面白い。
そういえば昨日の事件はどうなったのだろうか?
ニュースでも見なくなってしまったが、あれは何だったのだろうか?
あの違和感も、ゾンビ映画の見過ぎからくる勘違いだろうか?
だって、もし、現実に映画の世界のようにゾンビが目の前に現れたら最高じゃないか!
もし「ド〇ン・オブ・〇・デ〇ド」のように、ショッピングモールで自由にゾンビを切り殺せたら最高じゃないか?!
だけど僕は知っている。
この世界はつまらない。
ファンタジーも何もないこの世界で、そんなことは起こらないと……
▽
気づけば20時が過ぎ、外は暗闇に包まれていた。
テレビから発せられる光が眩しい。
ドラマは、ゾンビに襲撃されるシーンが近づいていた。
そこで俺は、何となく喉を潤そうとコーラをコップに注ごうとする。
――その時だった。
画面の中の女性がゾンビに襲われるシーンと共に、叫び声が聞こえた。
「……え?」
それがテレビから聞こえる彼女の叫び声でないことはすぐに分かった。
声は外から聞こえたのだ。
窓から覗いていることが外からばれないように、俺は部屋の電気を直ぐに消した。
消した瞬間に、むしろ直ぐに消したのはまずかったかと、少しパニックになる。
そして、少し冷静ではなかったかもしれないが、カーテンの隙間からそっと外を覗いてみた。
「……ん?」
人の声が聞こえる。
しかし何も見えない。
長時間DVDを観過ぎたせいで頭がおかしくなったのか?
おそらく誰かが喧嘩でもしているのだろう。
別に珍しいことではない。
ここはそれほど治安の良い地域ではないからだ。
人の声や、ふざけたような笑い声が深夜でもたまに聞こえるのだ。
それは今までに何度もあったし、ここで日常だ。
それよりもただ鑑賞を邪魔されたことに腹が立った。
テレビの前に戻ると、ゾンビによる襲撃後の惨状が画面に映し出されていた。
コーラを一口飲みドラマを巻き戻した後、再びDVDを観始める。
その後も何度か外から叫び声や変な音が聞こえたような気がしたが、時間と共にそれも聞こえなくなっていった。
▽
20××年6月14日(水)
午前10時過ぎ、目覚ましの頭に突き刺さるような音で目が覚めた。
寝起きの悪い中、朝食を食べていると――
「おはよう登。今日大学はお昼からなの?」
父親は俺が幼いころに亡くなった。
それからは母と二人暮らしだ。
「そうだよ。晩御飯は遅くなるかもしれないから今日はいらない」
この日、授業は夕方からだった。
「そういえば今朝早く警察の方がいらしてね、お母さんもびっくりしたんだけど、昨日の夜、近所で殺人事件があったんだって」
一瞬寒気がした。
昨日、人の叫ぶ声を聞いたかもしれないが、あれは僕の勘違いだと思っていた。
まさか……
「それで……犯人はもう捕まったの?」
「それがまだ捕まってないらしいのよ。それでね? 警察の方が気を付けてくださいって。何か見たり、気になったことがあったらご連絡くださいって」
物騒な世の中だ。
ニュースなら僕にとってそれは刺激的で暇つぶしにもなるが、近所となると気味の悪さしか感じられない。
「そうなんだ……怖いね」
「そうなのよ。今朝、竹村さん家のお母さんと電話で話してたんだけど、遺体が散乱してて大変だったらしいのよ、それで、カラスにでも荒らされたんじゃないかって」
母の様子からその惨状や気持ち悪さが感じられた。
竹村学とは小学生から友人である。
母が話したのは学のお母さんのことだ。
「近所って、どの辺り?」
「だから近所よ。すぐそこの角を右に曲がったところ」
だから大変なんじゃないと言わんばかりに、母は強い口調で答えた。
「竹村くんは何か言ってなかった?」
「何も聞いてないよ」
竹村とは中学を卒業して以来会っていない。
連絡なんて来るわけがない。
それにしても、昨夜聞こえた声や物音はそういうことだったのか?
この違和感はなんだ?
考えれば考えるほど良からぬ方へと想像してしまう。
大学へと向かうバス。
窓から見える夕焼けと日差し。
常に頭の中には、昨夜の悲鳴が鳴り響いていた。
映画のみ過ぎ……ゲームのやり過ぎ。おそらくこれが違和感の原因だろう。
これは……僕の妄想だ。
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