創作怪談。『 』

トウジョウトシキ

創作怪談。『 』

 お初にお目にかかります。ようこそいらしてくださいました。

 知ってのとおり、わたくしはカクヨムコン11短編に応募しておりましてね。

 今週のお題は『手』ということですので、手にまつわる創作怪談を一席ぶたせていただきたいと思います。


 創作怪談なんて怖くない?

 いえいえ、怪談なんてものは全部創作か勘違いですよ。

 だってそうでしょう。本当に怪異に遭遇した人間は、語れるほど命も正気も保てません。

 ですからね、いつもご覧になっている現代ホラーのほうが怖いぞってケチつけてやるつもりでね。

 どうぞごゆるりと、最後までお読みいただけますと幸いです。



 怪談には被害者が必要ですから、主人公は甲としましょうか。

 甲は動画を見るのが趣味でございまして、カクヨムコンに応募する作品を書くときにはいつも裏で動画を流しております。

 今日は一万字書くぞ、なんて意気込んで書き始めても、ついつい動画に目が行ってしまって、結局エディタを白紙のまま閉じるなんてこともよくある話で。


 おっと、耳が痛いと思われましたか?

 悪いことは言わない、料理動画をBGMにすることだけはやめておくことですよ。

あれは深夜に腹が減ってしょうがないですからね。

 昔ながらのどんぶりに炊き立ての白米がこんもりと盛られて、カラっと揚がってザクっと切られたカツレツ。そこにキャベツの千切りなんて添えられて、タルタルソースがタラりなんてされた日には、怪談よりも食欲のほうがよっぽど怖いってもんです。


 まあ、甲は実際のところ料理動画が好きでして、執筆中はいつも料理動画を流しておりました。


 ところで、この甲にはお気に入りの動画投稿者がおります。

 この動画投稿者は乙としましょうか。3回に1回くらいは乙の動画が裏で流れている、そんな状態でございます。


 乙の動画はなんていうんでしょうかね。

 ただ字幕の後ろで調理が映っていて、最後には旨そうな料理ができあがるっていうものなんですが。

 何というか品があり、野菜を炒める音やら炭火の炭が崩れる音やら、環境音にちょうどいい動画なんでございます。


 乙は決して喋りません。顔も出しません。

 動画に映っているのは食材と台所やらと、包丁とまな板とコンロやらと、『手』だけなんでございます。

 とはいえ、料理動画ってのはそういうものですからね。甲も別に気にすることなく見ていたんでございますが、料理ばかりみていると、前述のとおり弊害があると。

 なので、乙の料理以外の動画はないのかと、アカウントに飛んでみたんでございます。

 好きな投稿者の動画なら、料理じゃなくたって好きかもしれませんからね。


 すると、こういうことがわかりました。

 乙は最初、ちょっとした小話をテキストで表示する動画をあげておりました。

 それが十本くらいつづくと、今度は罫線のあるノートに、万年筆で小話を直に書くようになりました。


 この字がまた見事なものでしてね。

 これもまた品があるというんでしょうか。文字を見れば男か女かわかるなんて言説もありますが、達筆の筆はその限りじゃありません。

 紙にペン先が触ったかと思うと緩やかなカーブを描き、シュっと直線が引かれて、瞬く間に文字が完成する、そんな職人芸みたいな文字ではもう男女はわかりやしません。


 言い忘れておりましたが、この乙というのがまた美しい手をしておりまして。

 よく綺麗な手を白魚と例えることがありますが、まあ実際には魚ではありませんので色白でも毛ぐらいは生えておりますが。

 爪は長く節は控えめ、わずかに浮いた血管も男とも女ともとれる、なんていうんでしょうか。シュっとした手なんですよ。


 これをご覧になっているお客様は料理動画、ご覧になりますでしょうか。ちょっと伸びている動画を再生なさるとよろしい。

 塩、油、バター、肉、ラード、そして小麦粉に米にまたラード。

 包み隠さずいいますと、人気の料理動画ってやつはどうしてもカロリー過多なものが多いんです。

 乙の動画も例にもれず、1キロのハンバーグやら天ぷらアイスクリームやら。

しかして乙の手は子のないシシャモのような細さだ。


 ひょっとして捨てているのか?

 なんて下世話な勘繰りも相まって、甲はさらに動画を漁ってしまうのでございます。


 すると、後の動画では乙はいろいろとやっておりまして。

 やれ陶芸やら、やれ油絵やら。

 それから、一番新しい動画は旅動画でした。

 車載動画ってやつですよ。


 車載動画ってのは、前の景色が見える形にカメラを設置して、旅の様子を見せるってもので、大体四輪か二輪かに分かれるんですが、乙の動画は二輪、つまりはバイクでした。

 バイクの動画で、声が入っていないやつってのは作業にぴったりなんですよ。

 大体はエンジン音で、たまに川のせせらぎやら、鳥の声やら、飯を食べる音やらが混じるだけですからね。

 甲もその動画をクリックして、お? と思いました。出発地点が、自分の家のすぐ近くだったからです。


 こうなったらもういけない。

 乙がどこに行くのか、バイクなんて居住性の悪い乗り物で、動画にあげるほどの観光地が近くにあるのかってね。


 いや、動画としては立派なものだったそうですよ。

 まずは地元の魚の旨い店。大盛のご飯とみそ汁に焼き魚に香の物。

 それから少し走ってスリランカカレー。ここも甲の知っている店だったそうで。


 陶芸の店に寄ってろくろを回し、釣り堀で魚を釣って塩焼きにして、牧場によってソフトクリーム。

 木から木に飛び移る、なんていうんですかね、ああいうアトラクションもやってみたりして。

 山あいにはパン屋もありますよね。そんなオシャレなパン屋によって、カレーパンとサンドイッチ。

 最後には、山間の宿で青い炎に焙られる陶板の肉を日本酒でキュッと。




 そのどれもこれもが見ているだけでほっぺたが落ちそうで。

 近所にこんなところがあったのかと、甲はもう次の休日を確認していますよ。

 小説を書くんじゃなかったのかって?

 こういう時は、取材っていう都合のいい言葉がありますからね。

 甲は車を持っていたんだったかな、それともレンタカーか、あるいは今はカーシェアなんてのもありましたか。あれってレンタカーと何が違うんですかね。

 まあともかく、車で乙の工程のとおりに旅を始めたんですよ。



 旅って言っても、一番遠い場所まで行って100キロ。ガソリンを満タンにしていけば道中の給油も必要ないってくらいですからね。

 甲は日帰りで帰ってこようと思っていたらしいんです。

 魚の旨い店は、近所過ぎて、なんなら車でないほうが都合がいいくらいだ。

 それなんでスリランカカレーの店に行って、乙と同じBセットを。

 それからろくろを回して、釣り堀で魚を。



 ここで違和感はあったんですよ。

 というのも、スリランカカレーがライスもナンも出てくる店で、さらには名前も知らないスパイスのピリっと効いた肉料理と、サーモンピンクのドレッシングのかかったサラダもついてくる。


 これだけでも腹がはち切れそうなのに、今は串に刺さった大物のアユを食べている。この後にはソフトクリームも控えている。

 乙はその前に焼き魚定食を食べているはずで、パン屋にもよっている。

 人間、こんなに食べられるものなのかってね。



 ここで引き返せばよかったのに、甲は行ってしまった。

 ソフトクリームというのがよくなかったんでしょうね。冷たくて溶けて、つるっと食べられてしまう。

 流石に血糖値酔いで気持ち悪くなったんで、パン屋は看板を撮影して、お土産用の焼き菓子を買って帰ったらしいんですが。



 山間の宿のある場所は、時代に取り残されたような町でございました。

 いえ、あまり悪くいうわけじゃありません。東京一極集中のこのご時世でございますから、地方というのはどこも苦労しているもの。

 それに、まあ、もち上げるつもりじゃありませんが、殺人鬼だの人狼だのがうろついているような場所ではありませんよ。

 シャッター通りもありますがコンビニは開いている。

 バスの本数は少ないが、民家の軒先には自家用車がある。

 子どもの姿は見えないが、小学校だってある。

 そのくらいの場所でございます。


 さて、甲は日帰りのつもりですからね。

 温泉なのか銭湯なのかわからない、とにかく公衆浴場でひとっ風呂浴びまして、動画に出ていた和食屋で陶板の肉など食らいまして。

 この肉というのが、また格別な味なんですよ。

 濃い色の味噌は砂糖がたっぷり入った甘い味付けで、そこに生姜と山椒のピリッとした辛味があって。

 肉もまぁ、豚なのか、牛なのか、とにかく赤身の肉に白い脂のサシが絶妙でして。噛めば固いがジュワっと肉汁が出てくると、もう残るものはアレしかないですよ。


 甲は女将に空きがあるか聞きましてね。

 名の知れた観光地でもなければ世間様は平日だってことで、今日の宿泊客は誰もいないってことで。

 女将が宿帳を出す間に、厨房が見えたんですよ。

 ほんの一瞬でしたが、切られた肉に手が伸びて、奥に引っ込んでいく。


 その手は、まぎれもなくあの動画の乙でございました。


 なるほど、所帯持ちならたくさん食べれるわけだし、余るほどの料理も客に出していたなら何の不自然もない。

 顔を見ようかなんて思いましたが、その時になんと自己紹介するか。

 変に言ってストーカー扱いされたらたまったもんじゃないし、ファンですといって語れるほど動画も観ていない。なんせ、普段は裏で流してますからね。

 そういうことだったのか、と一人納得して、冷酒をクイっといきまして、その晩はその宿に宿泊しました。


 客室は時代を感じる綿壁で、よく焼けた畳は少し湿っている。

 窓には土埃の跡があり、鏡はカルキで鱗ができている。


 備え付けの冷蔵庫の音がややうるさいし、布団はのしたせんべいかってくらいの薄さ硬さではありますが、もう飲んでしまったのだからしかたない。

 えいやっと甲は寝ましてね。最初は古い家の嫌な臭いも気になっていたんですが、気づいたら雀の鳴き声で目が覚めました。



 朝食は意外なことに洋食でして。

 たった一人食堂でパンを持つと、それがまだ熱いんですよ。

 パンといってもスーパーに並んでいるようなものじゃない、香ばしくて甘い麦の香りがして、そう、動画であの手がこねては叩き、こねては叩きしていたパンのようでございます。

 メインディッシュのハンバーグは、あの動画の中で手が脂まみれのギトギトになりながらこねていたもので、サラダはあの手が爽快な音を立てて切っていた野菜、スープはあの手が潰したジャガイモのポタージュに違いありません。



 若干夢が壊れた後悔はありつつも、まぁ旨いものにありつけたと自分に言い聞かせて、甲は帰宅するのでありました。


 そういえば、昨日の風呂はあまりきれいじゃなかったなと思って、道中銭湯に寄り、何となく服にもダニがいそうな気がしたのでコインランドリーで洗濯しまして。

家に帰ったらもう眠い。

 荷物の片づけは後にして、少しだけとベッドに横たわったら、もう夢の中でございます。





 時間はわかりませんが、真っ暗な部屋で、甲は目を覚ましました。

 甲は一人暮らしですので、自分の部屋でどんな音がするのかは把握しております。

冷蔵庫の音、洗濯機の音、エアコンの音、パソコンの音。

 甲が聞いたのは、まぎれもなく足音でございました。


 恐る恐る、眼球だけでその足音の方に目を向けると。

 包丁を持った中年男が、寝室にいたのでございます。


 甲は叫ぼうとしましたが、なんでしょうね、こういう時に声は出ないと相場が決まっているようで。

 舌が鉛になったかのように動かない中、甲がただ見ているしかできない中、男はずいずいとベッドに寄ってきて。

 口は動かない、手は動かない、足は動かない、動くのは眼球だけ。

 その男が、包丁の出刃を振り上げたとき、やっと甲は気づいたんですよ。


 この手は乙だ、あの動画の手だと。



 ぎゃぁーーーーーーー!



 金縛りから解けた、甲は絶叫しまして。

 身を起こして周囲を見ると誰もいない。

 外からは気のいい隣人が何かあったのかと扉をたたいていて、警察を呼んでもらって、部屋の中をじっくり見分して。


 それでも誰もいないんですよ。


 寝ぼけたのだろうと片付けられて、それでもと被害届は出しましたが、監視カメラにも怪しい人物は映っておらず、甲の部屋にも何の証拠もなく。

 甲は引っ越して、今はシェアハウスに住んでいます。

 大学生やら外国人やらでうるさくて、害虫が出たり異臭騒ぎがしたりしますが、それがいいんだそうですよ。

 うるさいと聞こえなくなりますから。


 部屋の隅から、自分に向かってくる足音が。




 さて、これで怪談はおしまいです。

 カクヨムコンのテーマが手だったから、手の怪異の話だったのかって?

 まあ、そうではありますが、そうではないといいますか。


 そもそも怪異ってのは、世の中にはないんですよ。

 それが、最初は噂になり、文字になり、やがて手を持ち声を持ち。

 足が生えたらもうどうにもなりません。どこへだって行けるんですからね。


 甲のおすすめ欄には、乙の動画がたまに上がってくるそうです。

 すぐにブロックしても、何度も何度も。


 つまるところ、怪談なんてのは創作ですよ。

 最初から最後まで、人が作るものだ。

 やめておけばいいのに、こんなところまで読んでくださって。


 今日は何時にお休みになりますか? ぐっすり眠られるといいですよ。

 私はもう手も足もありますから。

 いいお部屋だ。ところで、首と腹ならどちらがいいですか?


 おっと、答える気がない?


 こいつはお後がよろしいようで。

 どうぞ、また今夜。

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創作怪談。『 』 トウジョウトシキ @toshiki_tojo

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